486話 ディオの厄日







その日、ディオは浮かれていた。


先日、サクラが店に連れて来たローズ商会の会頭″アス″

商売に興味はないが、アスの元には、あの『サラ・ブレッド』の開発者がいるという。


『サラ・ブレッド』

見た目は指でつまめるショート・ブレッドだが、その一本で腹が膨れ、1日の栄養が取れる機能食品。


どこか懐かしい味のクッキーは、母の手作りを思わせる、あきの来ない優しい味わい。


今や旅人には欠かせない携帯食だ。

値段は少し高めだが、日持ちもするし、非常食としてこれほど画期的なものはない。

これを持っていれば餓死することもなく、ダンジョンに潜る時の荷物を減らせる。

いや、助かっているのは 旅人や冒険者だけではない。

食事の難しい病人や老人、幼児にも、ミルクに砕いてやわらかくし、食べさせることが出来て、手軽に栄養を与えることが出来る。

その市場は計り知れない。


その『サラ・ブレッド』を開発したのが″ミケランジェリ″という男だそうだ。


今まで謎に包まれていた男が、こんな近くにいたなんて……


″ミケは研究者だけど技術者でもあるのよ″


アスはそう言っていた。

技術者ということは、製造の道具もミケランジェリが創ったのだ。


(凄いな、、)


ディオの中で憧れがふくらむ。


どうやって栄養を凝縮した?

何で腹が膨れる?

あの味の秘密は?

魔道具に秘密があるのか?


聞きたいことは山ほどある。


ディオはバターをボウルに入れて 滑らかになるまで練りながら、ウキウキと ミケランジェリに会う日に想いを馳せる。





″コンコン″


店のドアを叩く音。


(何だよ、営業時間前なのに)


ディオはシカトを決め込んで、練ったバターに砂糖を加えた。

使うのはメイプルシュガー。

アスに『サラ・ブレッド』のフレンチトースト味の改良を頼まれ、その試作を作っているところだ。


出来ればミケランジェリには試作を作って会いに行きたい。





″コンコンコン″


(チッ、しつこいな)


今日はギランの配達は頼んでいないから、ディオに必要な客ではないはず。

うん、シカトだ。

集中すれば、ノックの音なんて聞こえなくなる。


ディオはメイプルシュガーバターに卵黄を加え、バニラエッセンスも加えて混ぜ合わせた。





″コンコンコン……″


ふるっておいた薄力粉を一気に加え、ゴムべらできるように混ぜ――


″ゴンゴンゴン……″


生地がひとつにまとまったら、ビニールにいれる。

なじませるため、15分寝かせようと、保冷庫を開けた。


″ゴンっ、、ミシッ″


(え?)


入り口の扉が軋む音がしたかと思ったら――


″バタ――――ン″


ドアが内側に向かって倒れてきた。

この光景は二回目だ。


「おや、随分もろいドアですね」


ディオは生地を寝かせるべく保冷庫の扉を開け、中に仕舞おうとしたままフリーズし、入り口の倒れたドアの方を 顔をひきつらせながら怪訝な顔で確認した。


そこには、片足を上げたエルフの――

イシルの姿があった。


「この間ちゃんとたてつけたのに……」


イシルは倒れたドアを持ち上げて立たせると、再び蝶番を直し、たてつける。


「今、お前が蹴ったんやろ」


ディオの言葉をスルーして、イシルは何処からともなく新しいネジを取り出し、きゅるきゅると蝶番を絞めてゆく。


「古くなってるんですかね?扉。今度新しいのを持ってきますよ」


「……聞けよ」


お前のせいやないか!


「何しに来たんや」


ディオはパタンと保冷庫を閉め、嫌そうな顔をイシルに向ける。


「何って、アルバイトに――」


「募集してへん」


イシルの言葉をバッサリぶった切るディオ。


「そんなこと言わないで、一人じゃ大変でしょう、お手伝いしますよ♪今保冷庫に入れたのはクッキーの生地ですか?」


イシルは髪をまとめると、手を洗いながら、嫌がるディオに構わずエプロンをかけ、キッチンへと入る。


「……サクラはどないしてん」


「サクラさんは今日 お出掛けです」


サクラは2週間ぶりに神に呼ばれて 現世へと行っている。


「だから、お菓子を作って待ってようと思いましてね」


(なんや、サクラのためにお菓子作りに来たんや)


「家で作れや」


イシルがじとーっと、恨めしそうな顔でディオを見つめる。


「なんや」


「いや、ここのでないと、、」


「オレの菓子?」


「ええ」


イシルがむっつりと不機嫌そうに眉をひそめディオを睨む。


「ここのお菓子を、それはそれは美味しそうに食べるんですよ、サクラさんは」


ギリッ、と、悔しそうに唇を噛む。


(うわ、オレの菓子へのヤキチや)


「菓子なんか作れんでも、お前やったらモテモテやろが」


「サクラさんがするのは 君のお菓子の前だけですよ。あんな、幸せそうな、とろけるような顔――」


甘いマスクに綺麗な肌。

流れる金の髪に、透き通る翡翠色の瞳。

長い睫に、切れ長の眉。

なんと言っても、すらりと長い手足に、華奢に見えて男らしい体躯、、

ディオが羨む体型だ。


そのイシルが、ディオにヤキモチをやいている。

ちょっと、気分良い


「お前、サクラの彼氏ちゃうやろ」


「ええ」


「デレデレやな」


「ええ」


「アホみたいやで?」


「ええ。でも、恋愛って、そういうものでしょ?」


僕も、初めて知りました、と、イシルが照れる。


「アホでいたいんですよ。だから、盗ませて下さい、お菓子の秘密を。ダメ、ですか?」


イシルが お願い、と、ナチュラルに上目使いでディオを拝んだ。


「勝手にせいや、オレは教えへんで」


「ありがとう、ディオ」


イシルがディオに笑顔を向ける。


(負けるわ///)


男なのに ナチュラルにオレを誘惑すんなや!






◇◆◇◆◇





サクラは神に呼ばれ、二週間ぶりに現世にやって来た。


(ふふふ///)


四月の終わり、糖質制限を初めて五ヶ月。


体重75.3kg→74.8kg


75kg切りました!

五ヶ月で5kgの減量です。


そして、HbA1cも、6.6%→6.1%と、基準値(6.2%)以内に!

神に褒められた!


サクラは診察を終えて買い物へと向かう。


ご褒美はなに食べよう、、

久しぶりの現世ごはん。

白米を楽しむために 定食とか?

しょうが焼き、焼き魚、味噌炒め、、どんな定食がいいかなぁ~


昼飯に想いを馳せながらウキウキ歩いていると、聞き覚えのある声に呼び止められた。


佐倉サクラさん!!」


和小物やさんの如月だった。


「あ、如月さん」


白米に想いを馳せながら、歩いていたら、どうやら如月の和小物やさんの前を通りかかったようだ。


「ひどいですよ!通りすぎるなんて!」


「え?え?」


いや、特に今日は如月さんとこで買うものはなかったよ?


「約束したじゃないですか!次はきっちり話を聞いてくれるって」


はてな顔のサクラの前に如月が小指を立てた手を すっ、と出した。


「小指の約束――」



――

――――

――



如月がサクラの小指に 自分の小指をからめ――


″ゆーびきーりげんまん″


「約束、破ったら……」


″うーそついたら″


「心臓を捧げてもらいます」


″ゆーびきった″



――

――――

――



(あっ!)


そうだ、前回はオーガの村のイケメン祭りに行きたくて 如月さんに適当に相づち打って振り切って帰ったんだった。


「よもや忘れたとは――」


如月がふふふ、と 不気味に嗤う。


(怖い怖い怖い!)


ドロドロと背後によろしくないものが見えそうですよ如月さん。

目が据わってますね、心に闇がおありですか!?


「覚えております!はい!記憶にございます!!」


サクラはとりつくろい笑顔を浮かべ、店先ではなんだし、如月の店に入って話を聞こうと、店を見た。


「あれ?閉まってる」


「ええ、今日はお休みにしました」


「へ?」


「店を閉めて朝から佐倉サクラさんが通るのをずっとここで待っていたんですよ」


いや、仕事しろよ。


「そ、そういえば今日は作務衣ではなく普段着ですね、如月さん」


「変、ですか?」


「いえ、似合ってますよ」


サクラの社交辞令にふふふ、と 如月が照れて笑う。


「今日はサクラさんと 昼を食べながら、ゆっくりお話ししようと思いましてね」


ぴこん、と、如月が、小指をたてて見せつけるようにサクラに示す。


「そう、ですね、、」


逃げられない!


″今度食事でも″

″今日はこの辺で、また、ゆっくり″


よく使う挨拶みたいなものなのに、、


その場かぎりの調子良いこと言うんじゃなかった……



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