485話 マグロづけ丼







サクラがリビングに降りると ハルが来ていて、ランと話をしていた。


「お帰りなさい、サクラ。邪魔してる、、です」


相変わらず敬語がおかしいね、おハルさん。

萌えポイントではあるけれど。


「ただいま、ハル。そして、いらっしゃい、何かあったの?」


ハルがこの家まで来るなんて珍しい。

何か事件でも?


「いや、ラン様と入れ違いで 明日から休暇にはいるから挨拶に来ただけなんだです」


「へぇ、休暇はどこか行くの?」


「えっ!?」


何気ないサクラの質問だったのに、ハルがギクリと身を強ばらせた。


「あ、えと、、ちょっと遠出を……」


ハルがランをチラチラと見る。

ハルはこういう隠し事がヘタだ。

ランに嘘がつけない。


(……マリアンヌのとこに行くんだな)


ハルの様子に、ランはそれがわかってしまった。

マリアンヌ、ランの母親で、サン・ダウル王国第三王妃だったひとだ。

ランに呪いをかけた張本人。

ランに呪いをかけた後姿を隠しているが、今もいろんな国で人助けをしているのだろう。

行く宛のないハルを ランの元に連れてきたのもマリアンヌだった。


「じゃあ、僕はこれで、、」


居たたまれなくなった様子で、席を立とうとするハルに イシルがキッチンから顔を出して ハルに呼び掛けた。


「ごはん食べていきなさい、ハル。もう出来ますから」


「えっ?いいの?イシルさん」


「一人分増えたところでたいして変わりませんから。簡単なものですが」


ハルが気にしてランをチラリとまた見る。


いいんだ。

マリアンヌには、呪いを解いたら会いに行くから。


ランは気づかないふりをして、ハルに声をかけた。


「食ってけよ、夜通し走るんだろ」


ランの許しが出て、ハルの顔がパアッと輝く。


「うわぁ、嬉しいな、イシルさんのごはん美味しいからなぁ、この間のあれ、、『爆弾おにぎり』すっごい美味しかった!のであります!」


こういうとこ、ハルはサクラに似ているなとランは笑ってしまった。


「夜通し走るなら おにぎりも作りましょうかね」


「うは///僕、手伝う!」


「私も――」


「サクラさんはまずお風呂すませていらっしゃい、本当に簡単なものだから、大丈夫ですよ」


「……わかりました」


(イシルさんとハルがイチャイチャ料理するの、見たかったんだけど、、見透かされた?)


サクラはしぶしぶ風呂へと向かった。





◇◆◇◆◇





晩御飯は 本当に簡単なものだった。


うつわに麦を盛り、上におかずをのっけただけ、簡単だけど、とっても美味しい丼もの。


「ハーフリングの村では肉ばっかり食べてましたからね。ヨーコに魚をもらっておきました」


イシルがランの前に丼を置いた。

食卓を飾るのは 醤油の色に染まったマグロ。

漬けマグロの丼だ。


しかも、マグロは今さっき漬けたものじゃない。

表面がしっとりとしていて、味が馴染んでいるようにみえる。


「もしかして、この家に帰る前に漬けたんですか?」


「ええ。帰ったら何もないと思って、猪熊亭のキッチンをお借りして仕込んでおきました。お裾分けしたら、喜んでキッチンを貸してくれましたよ。ハーフリング村で魚なんて珍しいですからね。骨董市の打ち上げで みんなで食べると言ってましたから、あら汁をつくってあげました」


旅先でまでもご飯のことを……

なんて気のまわしようですかイシルさん!


「ランのはそれですが、僕たちのはこっちですよ」


サクラの目の前も丼が置かれた。


「うわあっ!」


こちらはまた、ダイナミック!

漬けマグロの上に トロロがかかり、オクラがのっかり、その横に添えられているのは――


「納豆!!」


マグロのねばねば丼。


ランが物凄い嫌そうな顔をしている。

対してイシルはウキウキ顔。


「爆弾おにぎりに入っていた納豆をハルが気に入ってくれましてね♪」


どうやらハルのリクエストのようだ。


「すみません、ラン様」


「いいけど、、近寄るな。それと、数えんなよ」


「はい」


全員が席に着き、ハルを交えて懐かしき我が家での夕食開始。


「「いただきます!!」」


まずはずはまぜないで、マグロの漬け丼として楽しむ。

しっとりとして、艶やかに醤油漬けされたマグロは、赤く半透明に輝いている。

なんという!美肌ですな!


″あむっ、もぐっ″


しっとりと しなかやかマグロが舌の上に触れる。

漬けマグロは噛むと少し粘りけがあり、マグロの方からねっとり舌に吸いついてきた。


「くふっ///」


濃厚な口づけですよ!

サクラの舌をマグロの味がからんで放さない。


おしょうゆと、生姜の香りで、マグロの味を引き上げて より濃くマグロの旨みを感じさせてくれる。


なんか、鉄分、取ってるって感じ。

ランも満足そうにかきこんでいる。

ランは早速二杯目の麦をよそいに行き、自分で漬けマグロをこんもりと乗っけていた。


つけあわせは ホウレン草と水菜のおひたしとアサリのお吸い物。そして、生姜の酢漬けだ。


水菜はしゃきっとはごたえがあり、ホウレン草も葉は柔らかく、緑の味が濃いですね。


サクラは生姜の酢漬けを口にいれる。


″しゃくっ″


「んー!?」


ビリビリする!

お寿司屋さんの甘い生姜を想像していたら、あんなもんじゃない!!


(か、からい)


少し厚目にスライスされた生姜は、甘酢につけてはあったが、生姜の辛みが全面に出ていて、刺激が凄い。


(私、殺菌されてる!)


だけど、スッキリと口の中はリセットされた。


″しゃくっ″


口の中がおちつくと また食べたくなる不思議な味

生姜の繊維がちゃんと感じられる厚さ。アリです。


あら汁は食べられなかったけど、アサリ汁も美味しいです。


″ズズッ″


アサリを茹でてだしを加えたシンプルなお吸い物は、にじみ出たエキスで、白く濁り、余すことなく アサリの旨みをサクラへと伝えてくれる。

身もぷりっとして、ぷつんと噛めば濃厚な海の香りを運んでくれた。


(さて、混ぜるか!)


ねばねば丼はやはり混ぜねば。

見た目はどうあれ、三つのねばねばを混ぜてこそ、その魅力が最大限に引き出されるのだ。


(いざ!)


″グリグリグリグリ……″


サクラは少し空気をいれるようにして 丼をかき混ぜる。


ぐるぐる、だけど ふわふわ。


″はむん、もぐっ、、″


口いっぱい、いろんな味がする。

漬けマグロを包み込む白いトロロが、やさしさを加え、納豆が力強くそれを引っ張り、ガツンと苦味を加える。

そこにオクラの青さがコリコリと、さらに乗り、味も食感も異なる美味しさで埋め尽くされる。

お口の中がワンダーランド!


「くふふ///」


サクラもイシルもハルも笑顔。


「これに卵の黄身とか入れてもまた美味しいんですよね~」


サクラの言葉にイシルがすくっと立ち上がり、卵の黄身を持ってきた。


「白身は明日、常備野菜を作るときに使いますから」


イシルさん、明日は1日おかず作りなんですね?


ポトリと 三人の丼に 卵の黄身が落とされた。

黄色い目玉がこんにちは。

潰してしまうのは勿体ないが、美味しくいただきます!


″ぐるぐるぐる……″


「お醤油足しますか?ハル」


「じゃあ、少し」


「サクラさんは?」


「私はこのままで」


漬けマグロの醤油気で十分美味しい。

ああ、なんて贅沢な卵ごはん!!


″はむっ、ズルッ″


卵の黄身の濃厚さが加わり、まったりとしたコクがたまらん!


ずるずると食べてしまいそうになるのをがんばって噛む。

がんばって噛むけど、口の中で、、逃げる粒々たち。


麦のつぶつぶ

納豆のつぶつぶ

オクラの種のつぶつぶ……


「ふふふふふ、、つぶつぶ、、」


ハルがねばねば丼を噛みながら なにやらうっとりと嗤いを浮かべ出した。


″スパーン!!″


「いてっ!」


「だから、数えんなって」


ハルは4杯目のおかわりをしに立ったランに頭をひっぱたかれた。


「痛いなぁ、もう」


ランはプイッと そっぽを向くと、イライラと席に着いて 丼をかきこんだ。


イシルは納豆好き仲間が増えたのが嬉しいのか、ひっぱたかれたハルの頭をくりくりと撫で、″おにぎりにも入れましたからね、納豆″と、楽しそうだ。


(くそっ、オレの場所なのに、、納豆が食えないだけでこんな、、(;ω;)))


半分八つ当たり。

母、マリアンヌのことよりも、こっちの方が寂しかった ランだった。
















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