204話 友達以上恋人未満







いつもの場所でイシルはサクラを待つ。

シズエも、サクラも現世から戻ると、森の中のこの場所に来る。

始まりの場所。


「すみません、イシルさん遅くなりました!」


何時もの時間より遅れてサクラがわたわたとイシルに駆け寄ってきた。

重そうな荷物を引きながら、最善の早さで自分を目指してくるサクラがいじらしい。


決して『好きだ』と言ってくれない『僕の彼女』。

本当は好きなくせに、異世界では恋愛しないとイシルを振った 意地っ張りな彼女。


「どうしたんですか、そんなに慌てて」


慌てなくていいのにと言う代わりに、イシルはいつもとかわりない様子で サクラからショッピングカートを受け取り、その手を握る。


「いえ、遅くなってしまったので、イシルさんに心配かけるかと」


「帰ってくるのがわかっているので、心配はしませんよ。久しぶりの現世実家なんですから、気にせずゆっくりしてくればいいのに」


サクラが帰ってきたら結界が揺らぐからすぐにわかる。

それから迎えにきても十分間に合うのだが、それは言わない。


待ち合わせが 楽しいから。


サクラのことを思いながら待っているのが楽しい。

自分のために帰ってくるサクラの気持ちが嬉しい。

自分を見つけたときのサクラのちょっとはにかむ顔が見たい。


「待たせるの嫌なんですよ。もう、イシルさんが待ってるから、早くのに、如月さんは話が長くて……」


イシルは、なんだか気持ちがくすぐったくなり、笑う。

サクラが自分に早く会いたい、と。


「どうかしましたか?」


サクラは気づいていない。

『早く帰りたい』を『早く会いたい』と言ってしまったことに。


「いえ。『如月さん』って、医者ですか?」


「かんざしを買った店の人ですよ」


「かんざし?」


「これです」


サクラはくるりと頭の後ろをイシルに見せた。


「これは……美しいですね」


ふわっと、サクラの首もとから爽やかな、少し甘い香りが漂った。

おや?とイシルは思う。

サクラは香水なんかつけていなかったはずだ。


「サクラさん、その香りは……」


女性がつけるには少しすっきりした香りだ。


「練り香水なんですけど、香りキツかったですか?店員さんがつけてたんですけど……」


店員の――

『如月』の香りが移った?


「かんざしは次のパーティーのアイテムです。アスに『大人っぽいもの』って頼まれてて、悩みましたよ。それで店員さんに相談したら、髪を結って使い方教えてくれたんです。親切で丁寧でなんですけど、かんざしの職人さんみたいで、語りだすと止まらない人で……」


――『如月』は男だ。

サクラと同じ世界の男――――


イシルは地面がなくなったような感覚に襲われた。


「イシルさん、大丈夫ですか?なんか、顔色悪いですよ」


不安を押し込め、サクラを見る。

サクラはいつも通りだ。

得にその男をどうこうと思っているわけではないのだろう。


「大丈夫です。それより、アスにその髪見せたほうがいいでしょう、アスのところに行きましょうか」


「そうですね」


サクラの髪を触り、香りを移すほど近づいた男――――


練り香水っていうんですよ」


「……不思議な香りですね」


嫉妬は感じない。

そんな次元じゃない。


「『雪の香り』らしいです」


「雪、ですか、、」


絶対的敗北感。

戦う前から敗けが決まっている。

イシルはに勝つことは出来ない。

この世界の中でなら 誰にもサクラを渡したりしない、だけど……


「イシルさんにも――――」


だけどの男は違う。

一生涯サクラと共に歩むことが出来るのだ。

一年で離れてしまう自分とは違う。

もしもサクラがその男を選ぶと言えば、自分は身を退くだろう。

サクラとイシルには限られた時間しかないのだから。

その先に 共に進むことは出来ないのだから。


「――――ですよ……イシルさん?」


「え?ああ、僕は香水はつけないので、結構ですよ、商品ですよね?」


イシルは別の思考にとらわれ、サクラの言葉を聞き逃したが、イシルにも香水をつけるかサクラが聞いたようで、やんわり断った。


その香りを嗅ぐたびに サクラのそばにいる現世の男を思い出してしまう。

サクラには現世の生活がある。

わかっていたはずなのに、現実を突きつけられ――――


(動揺しているのか、僕は)


イシルはチラリとサクラを見る。


(ああ、そうか)


イシルは思い至る。

サクラはずっとこんな気持ちだったのかと。


イシルのまわりには サクラと違い、イシルと同じ世界にいる女性が沢山いる。

サクラはそれを今まで目の当たりにしてきた。


サクラがイシルをシャナやアイリーンとくっつけようとしたのは、今イシルが思ったのと同じように、イシルがこの世界の女性を選ぶと言えば身を退く気だからだ。

ずっと、現実を突きつけられていたからなのだ。


シズエとは違う。

サクラが誰も選ばないのは自分のためじゃない、相手のため。

だからサクラは異世界では『恋愛しない』のだ。


イシルは立ち止まる。


「イシルさん?」


こんな不安定な中にサクラはいたのかと、

それでも、好きでいてくれるのだと、

イシルは胸がきゅうっ と 苦しくなった。


「大丈夫ですか、本当に、ちょっと変ですよ?」


心配顔でイシルを見上げたサクラに イシルは腰を折って顔を近づけると、無防備なその唇に キスをしようとする。


サクラが驚いて一歩後ろに下がる。


「なっ///なななななんですか!?急に、、」


「何って、『お帰りなさい』のキスですよ」


いつもの自分を取り戻す。

いつでもサクラを受け止められるように。


「はぁ!?」


挨拶です」


「嘘ですねっ!」


「本当ですよ、シズエが言ってました」


「シズエさんが?」


「はい。『行ってきます』のキス、『ただいま』のキス、『お帰りなさい』のキス……」


「一日に何回キスしてるんだシズエ殿は、、」


「『ありがとう』のキス、『ごめんなさい』のキス、『おはよう』のキス、『おやすみ』のキス……」


「うーわー///キスキス連呼しないで下さいよイシルさん、セクハラで訴えられますよ!?」


サクラは両耳をふさぐが、イシルが笑いながらその手を掴み、聞かせるために耳から引き剥がす。


「『お疲れ様』のキス、『美味しかったよ』のキス、『可愛いね』のキス、『会いたかった』のキス『寂しかった』のキス……」


「わかりましたから!!」


了解を得られたので『おかえり』のキス、を サクラの額におとす。


「もう///いいですか?」


『見つめていたい』のキスを瞼に。『僕だけを見て』ともう一回。


「何の挨拶ですか///」


「当ててください」


『そばにいたい』のキスを頬に。


「う///」


そして、、


唇にそっと


――――『好きだ』の キス


「っ///」


言葉に出せないから 唇にのせて伝える。


「『ただいま』のキスはしてくれないんですか?」


「何言ってるんですか!!シズエ殿のところは夫婦じゃないですかっ///こっ、、恋人じゃないんだから……」


「そうですね」


「まったく、恋愛しないって、言ってるのに」


「そうでしたね」


「白々しい……」


恋人になれなくても、彼氏にしてくれなくても イシルは 態度で『好き』をぶつけ続ける。


サクラが好きでいてくれる間は


サクラが不安にならないように――――









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