205話 ろくなことしない二人







「何コレ、どうなってんの?」


アスはサクラのかんざしを見て目をキラキラさせている。


「触ってもいい?」


アスが珍しく聞いてくる。

それもそのはず、イシルが一緒にいるからだ。

サクラにではなくイシルに聞いている。

イシルの目の前で不用意にサクラに触れようものなら今度はフルフェイスのマスクを被ることになりかねない。


「……仕方ないだろう」


アスはイシルの許可が出たのでサクラの髪に刺さっているピンを抜いていく。

小さな花のついたピンは、飾りのためと、後れ毛を差し込むためのものだというのがわかる。

ピンを抜いただけでは サクラの髪がほどけなかったからだ。


アスは最後に 大きな飾りのついたぎょくに触る。


″スッ……″


「わぉ!」


玉には二股に別れた棒がついていて、それを引き抜くと、するり、と サクラの髪がほどけて落ちた。


「凄いわ、これ一本で止まってたわけ!?」


アス、大興奮である。


「どうやってつけんの、コレ」


「あー、私、一本軸なら出来るんですけど……」


サクラはリュックから一本軸のかんざしを出すと、自分の髪を少し掴み、くるくるっ と上に捻りあげた。

そこに、横にかんざしを差し込み、巻き込んで捻り回転させると、折り返して差し込む。


「こうです」


「んー、もっとゆっくり……」


「私、髪短いから、アスのをやりましょうか?」


「それじゃああたしが見えないじゃない」


「ですよね」


「誰か呼ぶ?髪の長いの」


「誰か?」


「誰か――」


サクラとアスは 同時にイシルを見る。


「何ですか?」


ととっ、とまずサクラが寄っていってイシルの腕を掴んだ。


″ガシッ″


「サクラさん?」


サクラがにっこり笑う。


″グワシッ″


アスも背後からイシルの両肩を掴む。


「何だ、アス」


アスもウフフと笑う。


嫌な予感がする。

この二人の息が合う時はろくなことが起きない。


「大丈夫です!イシルさん、痛くないので」


「え?僕?」


サクラがイシルをグイグイ引っ張る


「イシル~協力してよ~あんたのサラッサラの髪がまとまるなら誰の髪だってまとまるんだから~」


そう言いながら 逃げ腰のイシルの肩をアスが後ろからソファーへ向かってガンガン押す。


「だって、ソレ、女性用ですよね?」


イシルは拒否するが二人は退かない。


「かんざしに男も女も関係ないですよ~ここでだけですから!誰にも見られませんし」


サクラもグイグイソファーまで引っ張り、アスがイシルの肩を上から押し、イシルを無理やりソファーに座らせた。


「さぁ~キレイにしましょうね~」


アスが楽しそうにイシルの髪に触ってくる。


「触るな!」


「あら、それじゃあ練習にならないでしょ?」


「お願いします、イシルさん」


「他の野郎オトコ呼ぶ?子ブタちゃんが触るけど……」


「……」


イシルは渋々アスに身を任せる。


アスが ソファーに座ったイシルの髪をほどいていく。

サラサラのイシルの髪は髪紐をほどくと、サラリと流れるようにほどけた。


「いつみてもウットリするわぁ///」


サラッ、とアスがイシルの髪を撫でる。


何て美味しい絵面えづらなんだ!

イケメンがイケメンの髪を撫でている!!


ニヤニヤするサクラにイシルが不服そうに横目で睨んだ。


「……サクラさん、顔がよこしまですよ」


「え?あ、すみません」


おっとイケナイ。

心の声が駄々漏れだった。

だからイシルさんは嫌がったのね。


「子ブタちゃん、やってみてくれる?」


「はい」


サクラはアスと交代してイシルの髪を手で束ねた。

櫛なんて必要ない程サラサラだ。

うっ、ずっと触っていたい。


「まず、後ろの下の方で髪を1つにまとめて、右まわりにくるくると ねじります。そしてここに、かんざしを差し込む」


サクラはねじった右側斜め上から、えりあしに向かってかんざしを挿した。


「右まわりにかんざしを180度まわして、かんざしをひっくり返して折り込んで、毛束の内側に挿すと……」


″サクッ″


「とまった!」


イシルは後ろ髪を夜会風にまかれ、毛先を流すように垂らしている。


「終わりましたか?」


サクラもアスも返事をしない。


「サクラさん?」


イシルが振り向く。




「……美人だわ」


「美人ですね……」


サクラもアスも うっとりとイシルを見つめる。


「……もういいですか?」


イシルがかんざしに手を伸ばし、するり、と引き抜いた。


″パサリ″


かんざしを引き抜くと 流れるように髪が落ち、ざんばら髪のイシルがこちらを見ている。


″ごくり″


少し乱れた髪がゾクゾクするほど美しく、息をのむ。

その長い髪をイシルが襟足に手を入れかきあげ 整えた。


「うわ///」


イシルの一連の動きがつやっぽすぎて サクラは言葉を失い釘付けになってしまう。


「ヤバイわね、///」


アスも同様のようだ。


「私よりイシルさんに挿してもらったほうが売れるんじゃないですか、かんざし」


「かもね」


「バカなこと言わないで下さいよ」


イシルが拒否する。


「アスも結ってみてくださいよ、イシルさんの髪」


「まだやるんですか」


「練習です」


「悪いわね、イシル~」


アスはサクラに言われてイシルの髪を楽しそうに結う。


「……お前の触りかたはイヤらしいんだよ」


「あら、感じちゃう?」


「……」


おおっ!リアルBL!!


「サクラさん、顔」


「あ、はい」


サクラは緩む口元を引き締める。

機嫌を損ねたら練習させてくれなくなる。

気を付けよう。


アスは束ねたイシルの髪を、捻りあげ、かんざしを差し込み、巻き込んで折り返し、中に挿し込む。


「上手いですね!」


「結構簡単ね」


イシルは諦めたのか、げんなりしながらも練習に付き合ってくれている。


「この髪の流れがいいわね」


アスとサクラはああだこうだと出来栄えの確認をする。


「襟足の後れ毛がなんとも言えないですね~」


「うんうん、うなじがね……」


「うなじが……」


「……」


アスは何を思ったのか、後ろからイシルの前に手をすべらせると、イシルのシャツのボタンに手を掛けた。


「なっ!?何だアス!!」


イシルが手で払うが、アスは諦めず絡みつく。


「ん~、ちょっとを良く見たくて……」


「やめろっ!」


イシルが抵抗する。


「子ぶたちゃん、イシルの手を握って」


「え?」


「ドレスを作る参考にするんだから、イシルの手、握ってて。イシルはあんたの手は払えない」


「アス!!」


サクラはアスに言われたとおりイシルの両手を握った。


「サクラさん!?」


「すみません、仕事で……」


「目が笑ってますよ!!」


うん、見たいだけだ。

アスに絡み付かれるイシルを。


(やっぱりこの二人の息が合うときはろくなことが起きない!)


アスは 楽しそうに ぷつん、ぷつん、と イシルのシャツのボタンを外す。


「やめろ!アス!!」


腕を振り上げようとしたイシルより先にアスがイシルに脅しをかける。


「アンタが暴れると子ブタちゃんが怪我しちゃうわよ~」


イシルはサクラの手は弾けない。

イシルは身をよじって抵抗を試みるが、がっちりアスにおさえこまれている。


「卑怯者!」


アスはボタンを三つ程外すと、グッ、とイシルのシャツの襟を後ろに引っ張った。


(うおおっ///)


サクラが心でおやじのような叫び声をあげた。

キレイな首筋、うなじに落ちる後れ毛――


「ヤバイわ、ムラムラする」


花魁さんのようだ!!

色っぽい!!

大人っぽい!!

あでやかだ!!

しかも怒った顔が悩ましいっ!!


怒った顔……


「あ……」


怒ってる!!


サクラは思わずイシルの手を離した。


手を放されたイシルはシャツの前をあわせて睨んでる。




「あ、ヤバイ」


「え?」


「逃げるわよ!」


アスに言われて サクラは イシルが身を整えている間にアスと共に部屋を飛び出した。


「やるわね子ブタちゃん、かんざしいいわぁ~」


ラ・マリエの廊下を走りながらアスがサクラを誉めてくれた。


「かんざし、武器にもなるしね」


「え、武器ですか?」


「貴族令嬢の護身用よ、これはウケるわ!」


いや、必殺◯事人じゃあるまいし!そんな危ない使い方するために持ってきたんじゃないんですけど!?


「こっちよ」


アスはイシルがまだ来ていない事を確認すると サクラを部屋へと誘い、隠れる。

そここは、ぽよんちゃんの部屋だった。








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