194話 白猫のタンゴ 4




シャナさんは綺麗だ。


サクラは花畑の外で シャナの作業が終わるのをじっと待つ。


雪見草

寒さに強く、六角形の白い花が 雪の結晶のように見えることから名付けられた、冬の花。

寒さの中、風にそよぎ、揺らめく姿は頼りなく見える。


白い花の中でたたずむシャナは、その花のように儚げにみえた。

華奢な肩、細い腰、すらりと長い脚……

女のサクラの目からしてもうっとりする。


そして、いつもどこか寂しそうな目をしているひとだ。



サクラは今でも思っている。

イシルの隣に似合うのは、きっと こんな人なんだろうと。


シャナは蝶を使って花の蜜を集めているようだった。

手に持つ扇をひらりと翻すと 蝶が舞う。


(綺麗……)


きらきら、ひらひら、夢見気分でいると、シャナがこっちを見た。


(あ、見つかった)


シャナがその場にしゃがみ、サクラに向かって手を差し伸べる。


「おいで」


どうしよう、シャナとは話したことはない。

蜜の採取が終わるのを待って、こっそり後ろからついて帰ろうと思っていたんだけど……


(そうだ、今私、猫だった)


人見知り関係ナシ!

喋らなくていいんだもん。


サクラはシャナに近づくと、差し出された手に鼻を近づける。

ふわん、と いい香り……

白檀のような、甘くて爽やかな香りがする。


シャナは サクラが警戒していないことを感じ取ると、ゆびでちょいちょいと、と耳の後ろや顎の下を撫でた。

母猫が子猫を毛繕いしてやるような手付きで。


(気持ちいい)


サクラが目を細め、気持ち良さそうな顔をすると、シャナは頭、背中をそっと撫でてくれた。


(動物、好きなんだ、シャナさん)


サクラを怖がらせないよう気遣ってくれてるのがわかる。


「抱っこさせてくれる?」


「ニャー」


サクラは シャナにわかるよう、その華奢な手に 頭をすりっと擦り付けた。


「ありがとう」


シャナはサクラを抱き上げると、その胸に抱える。


(うわあぁ///)


世の男性諸君よ、申し訳ない、ワタクシごときが美人の胸に顔をうずめてしまいまして、どうも御馳走様です。


「綺麗な白い毛並み……飼い猫なのね」


シャナが抱えたサクラの頬を手で包み、親指でサクラの額を撫でる。

その瞳が寂しげに陰る。


「お前、どこから来たの?飼い主が心配しているわよ」


なんだろう、シャナは自分の心をつぶやいている。


″何処にいるの?心配しているわ″


そんな風に聴こえる。

サクラの向こうに 別のものを見ているようだ。

猫を飼っていたのだろうか?

シャナは心配する飼い主の目をしている。


「ニャー」


「ごめんなさい、思い出して」


シャナの目元が少し濡れているのがみえた。


「私ね、従魔と一緒に旅をしていたのよ」


シャナはポツリと話し始める。


「私はマーキスに乗って 東の大陸、ロータス(蓮)の国から来たの。何処だかわからないわよね?」


「ニャー」


「ロータスは東にある大陸よ。旅は楽しかったわ。空から見る景色はまた格別なのよ」


空から、てことは、鳥かな?


「海を渡ってここまで来たけど、マーキスとははぐれてしまって」


でも従魔って喚べば来るんじゃないのかな?

何か来られない事情があるのかな?

羽をケガをして喚んでも来れない、とか?

何処か人が行けないようなところで療養中、とか?


「マーキスは私が卵から孵したの。私にとって家族なのよ」


卵から……

シャナさんは 家族と離れてしまったんだね、それは、寂しい。

だからいつも あんな悲しそうな顔をしてるんだ。


サクラはシャナの肩に手をついて背伸びをすると、慰めるようにシャナの顔に頬をすりつけた。


「慰めてくれるの?優しい子ね」


シャナはサクラを抱き締め、その温もりに癒される。


「大丈夫、もうすぐ、会えるわ」


きっと、と。

そうか、じゃあシャナさんにも もうすぐ笑顔が戻るんだね。


「シャナ!!」


感傷に浸っていると、突然鋭い声がして、シャナとサクラは 驚いて顔をあげ、声の主を見た。


(イシルさん!?)


珍しくイシルが肩で息をしている。


(うっわー、やっぱり探してくれてたんだ!)


イシルの顔が険しい。


(むちゃくちゃ怒ってる?)


「イシルさん、どうしたんですか?珍しく慌てて……」


「その子を、帰してください」


「え?」


イシルの硬い声にシャナが戸惑いを見せる。

イシルは念を押すように もう一度シャナに向かって言葉を吐く。


「その猫は僕のです。帰してください」


言葉ではお願いだが、醸し出す空気は有無を言わさぬ命令だった。


「ああ、はい」


シャナはイシルに気圧されながら、腕の中にいる白い猫をイシルにかえす。

イシルはシャナから猫を受けとると、安心したのか、ようやく緊張をゆるめた。


シャナにはきづかれなかったようだ。

この猫がであることを。

気づかれていたら、そのまま連れていかれてたかもしれない。

イシルはそれを思うと気が気じゃなかった。


「イシルさんが取り乱すなんて、珍しいですわ。大事な子なんですね」


「ええ、とても」


イシルは腕に抱いたサクラを見つめる。


「無事でなによりです」


イシルの切なさと安堵の混じった瞳が サクラの心をえぐっていく。

こんな顔させてしまうなんて……

罪悪感がおそってくる。

いっそ怒ってくれたほうがましだった。


(うぅ、ごめんなさい)


「二の道の奥まで一旦行ってしまいましたよ。そこから三の道に抜けてしまい、見当違いな場所を探していました。ハロルドが資材置き場に居て、さっきまでランと一緒にいたけど、喚ばれたようだって言うから慌てました」


「ナー……」


「ランに会ったら木の上から降りられないでいる子猫と大きな白い猫に会ったって言うじゃありませんか、それで、走り去ったという道をたどって来たら、今度は村の人が、白い猫がギルロスの頭にしがみついてたって言うし、一体貴女はどれだけの人にその身を預けたんですか?」


シャナが聞いてて、クスクスと笑う。


「まるで人と接するように猫と話すんですね、イシルさんは」


「ああ、すみません、この子は村に慣れていなくて本当に心配していたんです。帰ってこられないんじゃないかと。ありがとうございました」


イシルはいつもの調子に戻ったようだ。


「しつけるの大変ですよね」


「まったくです。ちっとも僕の言うことなんか聞いてくれなくて困りますよ。怖がりなくせに、好奇心が旺盛で、他人がほおっておけないお人好しなんですよ。おおかた、子猫を助けようとして上ったはいいが、下りられなくなったと言ったとこでしょうねぇ」


「よくわかってますね、その子のこと」


「愛してますから」


(///)


「わかります。私にも、家族みたいな子がいますから」


(ああ、家族愛のほうね///ビックリした)


「優しい子ですよね、この子、私の事も気づかってくれましたよ。」


「優しすぎて困っています。だれかれかまわずすぐに近づいていくんだから、危なっかしくてしょうがない。危機管理というものがなさすぎるんですよ。変に愛想がいいし、考えナシだし、無防備で、他人の心ばかり汲み取って、自分の心はいつも後回し」


あいすみません、それが現世の教育でしたから。

日本の教育は″″精神。

良くも悪くも、美しきかな。


がつぶれないか心配になりますよ」


イシルはサクラを見る。


「いっそ 家に閉じこめてしまいたいですね」


イシルさん、真顔でそのセリフは怖いですよ?





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