193話 白猫のタンゴ 3






ギルロスは 村長への書類を持って二の道から一の道への抜け道を助けた白猫と共に歩いている。


″……ヒソヒソ″


「……」


″……クスクス″


助けた白猫はギルロスの頭の上にはりついたままで、すれ違う村人は皆、笑いを堪えている。


頭にぷにぷにと当たる肉球はキモチイイが、これじゃあ見世物である。


「……お前、下りる気はないのか?」


「にゃっ!」


下りるなんてとんでもない!


(ここではぐれてしまっては お家に帰れないではないか!!)


もしギルロスが走り出してしまったら サクラの足では追い付けない。


(振り切られてなるものか!)


サクラはむぎゅうと手に力を入れ、ギルロスの頭にしがみつく。


「いででっ、わかった、わかったから爪たてんなよ」


「にゃ、、」


(あ、ごめんなさい)


サクラはギルロスの頭を掴んでいる手の爪をしまってしがみつき、落ちないようギルロスの頭にアゴをのせ、ギルロスの肩に踏ん張る足に力を入れた。


警備隊の赤い制服は リズが作ったのだから 裂傷耐性がついているはず。

こちらは遠慮なく爪を食い込ませてもらう。


ギルロスは サクラを頭にのせたま 一軒の小さな家の門をくぐる。


「ヨランダ、いるかい?」


「はいはい、おや、ギルじゃないか、、」


出てきたのはヨランダと呼ばれた小さなおばあさん。

おばあさんは ギルロスをみてぎょっとした顔をした。


ギルロスは頭に白いもふもふをのせたまま、何事もないかのようにヨランダに話しかける。


「棚がグラグラするって言ってただろ、部品持ってきたんだ」


「ああ、悪いね、わざわざ」


「いや、村長のとこに行くついでだよ」


「一人だとそのままでもいいかと、つい後回しになっちまってね、助かるよ」


ヨランダは 旦那さんが亡くなってから 一人でこの家に住んでいるらしい。


ギルロスは古い金具を抜き、棚をはずすと 持ってきた新しい金具と板で補強し、棚を取りつけていく。


「で?その頭の上のはなんだい?」


「帽子だ、気にするな」


ヨランダが『帽子ね』と笑った。


サクラはギルロスの頭の上でその様子を眺める。


(ギルロスさん器用だなぁ)


戦士なのだから、はやらないのかと思っていた。


ギルロスは棚の他にも 扉の立て付けやヨランダが届かないような高い位置にあるランプがわりの魔石の交換をしていった。


「ありがとうよ」


「これも仕事のうちだよ」


警備隊って、そんなこともするんだ……

ギルロスさんだけなのかな?

やっぱり いい旦那さんになるよ。


「お礼じゃないけど、これ持っていきなよ」


ヨランダがギルロスに紙袋を差し出す。

見ると、中には真ん丸なコロッケが入っていた。


「うちのはコロッケに麦とチーズを混ぜてつくってんだよ、お昼に食べな、腹持ちするよ」


麦とチーズ……

ライスコロッケだ!


(うわ~、何味だろう!?)


スタンダードにケチャップ?

それともコンソメでリゾットタイプ?

ジャガイモにまぜこんでるのかな??


「旨そうだな、麦入りは初めてだ。この前シストールのとこでカボチャで作ったヤツをもらったが、あれも旨かったな」


カボチャのコロッケ!!

うわ~美味しそう、、考えただけでヨダレが……


「今度、とうもろこしで作ろうと思ってるのよ」


コーンのコロッケ!!

いいですね!

ジャガイモコロッケの中にたっぷりコーンを入れても美味しいけど、コーンコロッケは是非ともクリームソース、、ベシャメルで作って~!お願いしまっっす!!


「にゃっ!にゃっ!にゃっ!」


サクラはギルロスの頭の上で ヨランダにクリームソースをオススメする。


「……お前、何興奮してんだ?」


「ふふ、話に参加してるみたいだね」


(あ、今猫だった、残念。)


「サクラちゃんには感謝ね、こんな美味しいもの教えてくれて、凄いわ」


(うわ~恥ずかしい///)


それよりも凄いのは、この村の人達だ。

サクラが教えたのはスタンダードな『コロッケ』のみ。

人から人へ伝わり、独自のものが出来上がっていく。

そのになっていく。


(コロッケ、作ってよかった)


新しいものを排除せず、受け入れ、前に進む。

『コロッケ』も『サクラ』という異物も。

神に送られたのがこの村でよかった。


「じゃあまた来るよ、コロッケごちそうさん」


ギルロスはコロッケをもらって、ヨランダの家を後にした。




◇◆◇◆◇




ゆら、ゆら、


ギルロスの歩みに揺られながら のどかな畑道を歩く。


なんだか懐かしい気がする風景。


高い目線。


お父さんに肩車してもらったら、こんな感じなのかな……


ひらり


サクラの前を蝶が飛んでいく。


(冬に、蝶?)


″うずうず″


ああ、まただ。


″うずうず″


また体がうずうずする……


「うにゃっ!」


サクラは衝動的に手を出した。

ひらり、蝶はサクラを嘲笑うかのように サクラの手をすり抜ける。


(このっ!)


サクラは足をふんばり、蝶に片手を伸ばす。

サクラの手がシャシャッと空を描く。


「こら、暴れんなよ」


蝶はひらひらと舞うと、サクラの鼻の上にとまった。


(わたしの鼻は花じゃないっ!)


「にゃっ!」


サクラはギルロスの頭から手を離して蝶をパシッと両手で捕まえた。


「にゃふっ?」


(あ、手離しちゃった)


蝶には逃げられ、ギルロスの頭から後ろに――――


(落ちるっっ!!)


「まったく、世話が焼けるな」


サクラは落ちることなく、大きな手に支えられた。


(あ……)


あたたかい手。


「ちゃんとつかまっとけよ」


……この人の手はあったかい。

言葉も、あったかい。


きっと、心も手のように大きくて あったかい人なんだろう。


強くて、勇ましくて、カッコいい。

おまけにイケメンボイスのギルロスさん。


(何でこの村に居るんだろう……)


ランがいるから?

ランは何者?

ギルロスもハルもランのためにやってきたの?

もしかして、ランは……


(超お坊っちゃま!?)


サクラから逃れた蝶は、花畑へと飛んでいった。

花畑には見たことのない白い花が咲いている。


(あ!)


花畑の中に見覚えのある人物がいた。


(シャナさんだ)


シャナは今日、たしか花の蜜を集めに行ってると言っていた。


(これは!)


シャナの後をついて帰れば絶対にメイの治療院に帰れるではないか!


ギルロスはこれから村長の家に行く。

一体いつ帰れるかわからない。

イシルも心配してるだろう、早く安心させたいし……


「にゃにゃにゃにゃっ!」


サクラはぺしぺしとギルロスの頭を叩く。


「何だよ、忙しいヤツだな、下りたいのか?」


「にゃっ!」


やれやれ、と、ギルロスは頭の上のサクラを地面におろした。


「にゃっふん、にゃっふん、にゃっふん」


サクラはペコペコと何度も頭を下げてギルロスに礼をすると シャナのいる花畑へと走っていく。


「……猫に辞儀された」


ギルロスはボサボサの頭を くしゃっと撫でる。

猫を頭から下ろしたら急に寒さを感じた。


「ぬくい帽子だったな」


連れて帰ってもよかったのに、残念だ、と。










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