192話 白猫のタンゴ 2
″えーん、えーん″
白猫になったサクラは メイの治療院を出ると 声のする方へ二の道を奥へと進む。
(子供の声なんだけど……)
閑散期の麦畑はあまり人がいないが、この辺は民家の方が多いから 子供が泣いていれば誰かが気づきそうなものなんだけど……
パンを焼いてくれる赤い屋根のマーサの家が見えた。
その手前を 一の道の方へ折れる。
″えーん、お母さん……″
(あっ!)
声の主を発見した。
木の上だ。
「ミー、ミー、」
(子猫!!)
泣き声の主は 人の子ではなく、猫の子だった。
(猫になったから、私、猫語がわかるんだ)
サクラは木の下まで近づき、声の主に呼び掛けた。
「どうしたの?」
青い目のキジトラの可愛い子猫が木の又からサクラを見下ろす。
「ぐすっ、犬に追いかけられて、上ったんだけど、降りられなくなっちゃったんだ……」
「そっか、ちょっと待ってて」
サクラは爪を木にひっかけてひょいひょいっ、と、木に上り、子猫の所まで上っていった。
木登りも楽々~
「ありがとう、おばちゃん」
うん、まあ、お姉さんじゃないね。
サクラは子猫を咥え、下りようとして――――
「うわっ!高い!」
高さ的には大人が手を伸ばせば届く高さだろうが、猫になったサクラからしてみればかなり高く感じた。
……下りられなかった。
行きはよいよい帰りは怖い。
子猫を咥えてなんて尚更無理だ、一人でも危ないのに。
「……おばちゃん、何しに来たの?」
「……何しに来たんだろうね」
子猫にでっかいため息をつかれてしまう。
「ごめんよ」
二匹共々木の又で途方に暮れる。
あ、そうだ、
「案ずるな少年!まだ奥の手が残っている」
「どうするの?」
「出来れば使いたくなかったんだけど、仕方ない。見てなさい」
サクラには喚べば来てくれるヤツが一人いる!
困った時のラン頼み。
サクラは心を集中させてランを呼んだ。
(ラン、助けて、ラン!)
キラキラと光の粒が集まり、人の大きさに膨らんだかと思うと、木のそばにランが現れた。
「わあっ!人が来た!凄い!」
「どうだい!」
サクラはドヤ顔だ。猫だけど。
「あれ?サクラに呼ばれたはずなんだけど……」
ランがキョロキョロ辺りを見回す。
「ニャーゴ!ニャーゴ!ナー!!ナー!!」
サクラの必死の泣き声にランが木の上を見た。
(ラン!助けて~、下りられないよ~!)
ランがこっちをみて笑う。
「ぷっ、すっげー泣き声、必死だな」
ランは木の下まで来ると 手をのばし、木の又から子猫をかかえ上げ抱っこする。
「ミー、ミー」
「ほらよ」
ランが下ろしてやると 子猫はとととっ、と 走っていってしまった。
よかった、迷子ではないようだ。
ランは子猫を助けると、そのまま サクラに背を向けて歩きだした。
(あれあれ?ラン君?私は!?)
「ナ″ー!ナ″ー!ナ″ーゴ!ナ″ー!」
「何だ、お前も下りられないのかよ、成猫のくせに」
しょーがねーなと戻ってきた。
(ランは、私だって気づいてないのか……)
ランはサクラに手をのばし、両脇に手を差し込んで抱き上げた。
″ずっしり″
「うわっ、お前 太ってんな、だから下りられなかったんだな」
ランがぷぷっ、と笑う。
(悪かったわね)
サクラがランを睨む。
「あはは、ブサイクな顔~」
ランはサクラを抱えたまま、反対の人差し指で、両目の間あたりから両耳の間に向けて指の腹でそっとなで上げた。
「機嫌直せよ」
優しい瞳……
サクラの額をスーっと撫で、額の広い部分を円を描くようにゆっくりクルクルっと撫でる。
(なんだこれ、キモチイイ)
ランも猫になるからか、気持ちいいところをよく知っている。
ああ、自分では毛繕い出来ない場所か、納得。
「ここも 気持ちいいだろ?」
頬をスリっと、ヒゲの付け根からヒゲが生えている方向に、指の腹でゆっくりなでる。
ランはそのまま、顎の下へと手を滑らせる。
(ふにゃ~リラックス~猫ちゃんがスリスリするのって、このせいかな~)
「お前、可愛いな」
あははとランが無邪気に笑う。
(お前も可愛いな)
動物を前にすると ランってこんなに屈託なく笑うんだ……
いつものすました笑いじゃない、無防備な笑顔。
最近たまにみせる笑顔。
ランはサクラの前足をさすりおろすような感じで、腕の付け根から足先に向かって撫でおろす。
そして、肉球を刺激するように親指と人差し指でにぎるようにしてきゅっ、と揉む。
(おおっ!ツボ押し)
「……おかしいな、お前本当に猫か?」
「にゃ?」
「……なんか、ムラムラする」
(えっ!?)
「メスだからか?」
ランの手がサクラのしっぽの付け根の、
「にゃふっ///」
(ピーンチ!!)
猫は背中側のしっぽの付け根を″ポンポン″と叩かれると″ひゃっはー!!″となってしまうらしい!
身の危険を感じたサクラは 全体重をかけて ランのみぞおちに ドロップキックをぶちかました。
″どすっ″
「うげっ」
ランが怯んだ隙に サクラは全速力でその場から走り去る。
(あぶねぇ!!)
助けに来てくれた事に感謝しながら、サクラはランを置き去りにして メイの治療院へと帰る。
(えーっと、こっちから来たよね?)
辺りを見回す。
幸い 麦畑は閑散期なので 猫の視点でも視界が開けていてよく見渡せた。
(あ!マーサさん家の赤い屋根がみえる!)
サクラは帰るためにマーサの家の赤い屋根を目指した。
◇◆◇◆◇
マーサの家まで行けば二の道に出る。
ハズだった。
(げっ!)
結論から言えば、それはマーサの家ではなかった。
同じような赤い屋根の別の家。
(やっちまった)
迷子の迷子のデブ猫ちゃんだ……
『猫って便利~、近道だと思い細い通路を 赤い屋根目指して一直線♪』
なんて此処まで来たもんだから、自分が何処にいるのかさっぱりわからん!
も一回、ランを呼ぶか?
「あ、猫ちゃんだー」
サクラが道の真ん中で途方に暮れていると、子供の声がして、ふわっと体が浮いた。
「にゃふん!?」
顔は見たことあるが、どこの子だろう。
「まっしろ、ふかふか~」
ぎゅうっと抱き締められる。
(くっ、苦しい……)
「僕も!」
他にも子供が……
「にゃあああ!?」
(シッポをひっぱらないでぇ~)
興奮状態の子供恐るべし!
(保護者はどこぢゃ~!!?)
「コラ、ダメだろ、そんなに乱暴に扱うんじゃない」
イイ声が頭の上からふってきて サクラは子供達の手から救出される。助かった!
そしてこの声は……
抱き上げてくれた男を見る。やっぱり!
(ギルロスさーん!)
子供がサクラを触ろうとギルロスに『ちょうだい』と手を伸ばしてくる
(ひいぃっ!)
サクラは抱えてくれてるギルロスの腕をよじ登り、肩まで上ると がっしり頭にしがみついた。
「あーん、猫ちゃーん」
(ムリムリムリムリ!!)
「怯えちまってるじゃないか、嫌がることはしちゃダメだ」
「ごめんなさーい」
「猫ちゃん、ごめんね~」
「いいか、ドワーフはただでさえ力が強いんだ。ちゃんと加減を覚えて、弱いものは優しく触るんだぞ」
「「はーい」」
「よし、良い子だ」
ギルロスは子供達の頭をくしゃっと撫でる。
ギルロスはやっぱりいいお父さんになれる。
子供の扱いが上手いな。
お母さんらしき人がやってきて、子供達は母親と一緒に大人しく帰っていった。
後にはたたずむギルロス、そして頭にしがみついたままのサクラ。
「……お前は、下りないのか?」
ギルロスがサクラに聞く。
「ナー」
(ギルロスさんについていけば家に帰れる!)
ギルロスはサクラを頭にのっけたまま、巡回を続けた。
因みに、ランはサクラに喚ばれる前、三の道の塀前の資材置場(ギルロスが倒れていた場所)で ハルと二人でサボっていたようです。
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