186話 cherry´s始動 6 (エピローグ)
アスは、肩からアスの上着をかけたままのサクラと一緒に料理台をまわり、小声でサクラに話しかける。
(子ブタちゃんって意外と接待上手いのね。順能力にびっくりだわ。これ、食べる?)
サクラはアスの『食え食え攻撃』をかわしつつ小声で返す。
(もう食べられませんよ。
仕事モードは疲れるけど。
(
(あい)
「いやー、サクラさん、災難だったね」
噂をすれば影。ダリア商会会長のジャンがサクラに声をかけてきた。
たしか、あのベールもダリア商会の布だったよね、謝っとこう。信用第一、と。
「すみません、ジャンさん、ベールを汚してしまいました」
「ん?ああ、いいんだよ、本来の
うん、やっぱりこの人はいい人だなぁ。
真摯に接すれば信用を失うこともないだろう。
『さすが大物はちがいますね!!』と言いたいところだが、
「そういっていただけると 助かります。あ、そうだ、よろしければ、これを」
サクラはジャンに コンパクトサイズの小箱を渡した。
マルクスに言って、サクラのリュックからもってきてもらったものだ。
サクラは開けて ジャンにみせる。針と糸が入っていた。
ソーイングセットだ。
「針に糸が通しにくいと仰っていたので……」
地味にイライラするんだよね、糸が通らないと。
サクラは ソーイングセットから 針と糸、そして 人の顔が書かれた銀色の
「それは何だい?」
ジャンは 糸通しを見て 不思議そうな顔をした。
(やっぱり無いんだ、糸通し)
「針の穴に この銀の針金部分を差し込んで、、」
針の穴に差し入れた針金部分に糸を入れ、引き抜く。
スルッと、簡単に針に糸が通った。
「成る程!簡単な仕組みなのに、何て便利なんだ!」
ジャンは凄い発見だと云わんばかりに目を輝かせる。
糸通しでそんなに感激していただいて ちょっと申し訳ない。
サクラは針と糸と糸通しをソーイングセットに仕舞うと ジャンに差し出した。
「これを、私に?」
「もし よろしければ、ですが」
「貴女は、本当に……」
ジャンは、感極まったようにサクラの手を取ると サクラの前に片ヒザをついて座った。
「ジャンさん!?」
「サクラさん、私は貴女が気に入ってしまった。貴方の力になりたい」
ジャンは片膝をついた姿勢でサクラの手の甲にキスをした。
うーわー!!!
なんだこれー!!!
たかが糸通しですよ!!?
サクラはアスに助けを求める視線をなげるが、アスは首をすくめて笑うばかりだった。
お、手、上、げ、
と。
◇◆◇◆◇
サクラは ラ・マリエに用意してもらったサクラの部屋でシャワーを浴び 楽な服に着替えると どっと疲れが襲ってきた。
ソファーに座ると そのまま寝てしまいそうになる。
ウトウトしていると 部屋のドアがノックされた。やっと帰れる。
「はーい」
立ち上がり、ドアを開けるとマルクスではなくアスが立っていた。
今日はアスが送ってくれるのか。
「子ブタちゃん、眠そうね、今日は泊まっていったら?」
眠そうなサクラにアスが気を使ってくれる。
サクラのおかげでジャンとの信頼も深まりホクホクといったところだ。
『糸通し』は 生産、販売するようで、アスはあの後すぐにジャンと執務室で話しに行き、サクラもパーティーから解放された。
糸通しに そんなに需要があるのかと思ったが、一般家庭は勿論、貴族の貴婦人として、裁縫は必須なのだとか。
「いえ、帰ります」
疲れてるからこそ 自分のベッドで寝たい。
なのにアスはドアのところで通せんぼだ。
「イシルのところに、帰りたい?」
アスがちょっと寂しそうにサクラに聞く。
「はい」
「帰したくないんだけどなぁ……」
「明日も仕事ですから」
「休みだったら泊まっていく?」
「いや、帰る」
休みなら尚更帰る。
タクシー使ってでも帰る。
「ん、もうっ!」
なんだ?帰してくれよ、眠いんだよ~
「子ブタちゃんは
ん?ボクニンジン?ニンジンの種類かな?
「イシルの苦労がわかるわ」
失礼な!
「私、ニンジンはちゃんと食べるよ?」
「……そうね あんたはそういうコだわ」
そう言って アスは 諦めたようにサクラを魔方陣の部屋へ送り、またね、と、扉を閉めた。
アスが扉の外で魔力をこめて、サクラは森の家の魔方陣へ送ってもらい、イシルの家の玄関を開けると、玄関にイシルの上着が掛かっていた。
「イシルさん、また出かける気だったのかな?」
もしかして、迎えに来てくれようと?
キッチンでカチャカチャ音がする。
片付け、してるのかな。
来る気配はない。
ランもまだ帰っていないようだ。
(むふ///充電させてもらおう)
サクラは イシルの上着に近づくと むぎゅっと抱き締める。
(むふふ///イシルさん充電~~~)
放課後 好きなコの席に座ってみる小学生のように。
(ああ~癒される~)
しばしイシルの上着を堪能してからキッチンへと入る。
案の定 イシルが洗い物をしていた。
「イシルさん ただいまです~」
「おかえりなさい///」
イシルの顔が赤い。
「顔赤いですよ?大丈夫ですか?」
「貴女が可愛いことしてくれるから……」
「?」
「いえ、何か食べましたか?」
「はい、パーティーで少しつまみました」
「そうですか」
「でも……」
疲れているからか、眠いからか、ちょっと甘えたくなった。
「イシルさんの お味噌汁が飲みたいです」
イシルの顔がほころぶ。
「具は何がいいですか?」
イシルがサクラを甘やかすように優しく聞き、サクラは控え目に答える。
「……お豆腐」
「わかりました」
イシルはすぐに味噌汁を作ってくれた。
お豆腐とネギのシンプルな味噌汁。
ふわん、と 味噌の香りが優しくサクラを包む。
「いただきます」
「どうぞ」
″ズズッ″
イシルの作る味噌は『田舎味噌』麦味噌だ。
麦味噌の甘さと芳ばしい香りが 温かさと共に疲れた体に染み込んでいく。
「ふはぁ///」
お豆腐が口の中でふわふわとくずれ、喉を通り 胃の中に落ちる。体の中からほかほかとして 満たされる。
「美味しい///」
目の前では イシルが 美味しそうに味噌汁を飲むサクラを見て微笑んでいる。
ああ、疲れなんか、眠気なんかどっか行っちゃうよ!
昔あったCMソングが 頭に流れる。
♪ぴゅうぴゅう北風吹く夜は 湯気の向こうでかわいい妻が あんたの帰りを 待っている~おかえりなさい燗もついてる 鍋も温かい~♪
「好き、です」
サクラはさらに続ける。
「、、イシルさんの作るお味噌汁が……」
ゴニョゴニョと。
イシルはクスリと笑う。
先程見てしまったサクラの行動を思い出して。
自分の上着に抱きつくサクラを思い出して……
「はい。毎日作って差し上げますよ」
お望みならば、一生でも――――
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