185話 cherry´s始動 5 (大成功?)
サクラは、椅子から立ち上がるとソロソロと料理台へと歩いていく。
その様子を見て、すっかりサクラに感化されたソフィアが心配そうに呟いた。
「ヒールで歩くことに慣れてらっしゃらないのね」
ソフィアの呟きにルーシーもゆっくり歩むサクラを見て フンと鼻をならした。
「所詮にわか仕込みなのよ。あんな歩き方じゃ、社交界ではいい笑い者ね」
ルーシーが毒づいたが、これにはエリザもそう思う。
物心ついた頃からから良家の女子として教育を受けてきた。
読み書き計算はもちろん、刺繍、薬学、家庭管理の勉強から乗馬、チェスといった嗜みまで多岐にわたる。
話術やマナーや振る舞いといったセンスアップのレッスンもいわずとながだ。
何の努力もせずにやすやすとやられてはたまらない。
だが、表にはださないでおく。
「いいんじゃない、社交界デビューするわけでもないんだし」
エリザから同意を得られなかったルーシーがむすっと膨れっ面を見せたかと思うと、あ、そうだわ、と 何かを思い付いた様子をみせた。
目の奥が嗤っている。
この顔は、何かよからぬことを思い付いたわね……
「何をするの、ルーシー」
エリザが聞くと、ルーシーは目を細め意地悪そうな笑みを浮かべた。
「え?サクラ様はヒールに不慣れなご様子ですので、
ルーシーは馬鹿丁寧に御託を並べると 一層意地悪な笑みを深めた。
――――足を引っかける気だ。
ルーシーが軽やかにサクラに近づく。
数歩先にいるサクラは料理台の料理を楽しそうに眺めている。
(呑気な顔して……)
嫉妬でルーシーの顔が歪み、眉間にしわが寄る。
一歩前に踏み出る。
ルーシーの目の前をトレイにワイングラスを乗せた使用人が通りすぎ、一瞬視界が遮られた。
黒服のせいか、まるで舞台の幕間のように暗くなる。
(あれ?)
場面が切り替わるように視界がもとに戻ると、目の前からサクラが消えていた。
キョロキョロ見回すと左側にサクラが見えた。
ルーシーは向きを変え、気を取り直してもう一歩。
″スッ″
今度は目の前を 料理を持つ使用人が通りすぎる。
白いコック服。
今度はハレーションを起こしたように 視界が白くぼやけた。
コック服の調理人が通りすぎ、視界がひらける。
またもやサクラがいない。
(どこ行ったの?)
探してみると 今度は右側にサクラがいた。
(イライラさせないでよ)
ルーシーは今度こそと、サクラに挑み、二歩、三歩と進む。
「お一ついかがですか?」
目の前に、キラキラと輝くケーキが現れた。
顔をあげると、ケーキよりさらに甘い笑顔を向けた男が立っている。
「っ///」
プチケーキを皿に乗せた使用人が声をかけてきたのだ。
「いらないわよ」
ちょっとあの黒髪の警備隊員に似ていて好みのタイプだったが、今はそれどころではない、サクラだ。
「失礼いたしました」
使用人がルーシーの前から去る。
(ここの使用人達は 無駄にイケメンすぎるのよっ///)
気を取り直してサクラに向かうために前を見ると……
サクラではなく エリザとソフィアが見えた。
不思議そうな顔でこちらを見ている。
(何で?サクラは??)
ルーシーが バッ、と振り向くと、サクラは後ろ側にいた。
(どうなってるの!?)
サクラが移動しているわけではない、どういうわけか、ルーシー自信が向きをかえているようだ。
サクラまで数歩なのに、その短い距離がたどり着けない。
(よくわからないけど、邪魔されてる?)
ルーシーはつかつかっと、足早にサクラへと歩み寄る。
あと二三歩の距離にサクラがいる。
サクラの前に足を出せば ひっかかってすっころぶ不様な姿が見られるだろう。
目のはしに使用人が見えた。
ルーシーは咄嗟に考える。
(今度は邪魔されないわよ!)
ルーシーは料理台のグラスに目を止め、そのグラスを手に取ると、よろけるふりをして 中身を――――
使用人がルーシーにたどり着く前に グラスに入ったワインをサクラにぶちまけた。
″バシャッ″
「キャッ!!」
サクラの悲鳴が聞こえる。
(やったわ!)
「すみません、酔ってしまったみたいで……」
ルーシーは使用人に支えられ、言い訳をしながらサクラを見た。
「!!?」
サクラの前には ワインで胸を真っ赤に染めたマルクスが立ちはだかっていた。
サクラ自身には まったくかからなかったのだ。
「マルクスさん、大丈夫ですか!?」
驚いたサクラがマルクスの前に回り込み、ワインで赤く染まったマルクスの胸を見ると、自分の肩にかけたベールを掴み、何のためらいもなく マルクスの胸に押しあて、濡れたマルクスの体を拭きだした。
ザワッ と会場の視線がサクラに集中する。
今までベールで隠されていた サクラの背中に。
それは、見てはいけない 秘密を見てしまったような、ドキリとした感覚。
「サクラ、もういいよ」
すぐにアスがサクラの後ろから近づき、自分のジャケットをサクラの肩にかけ、サクラの肌を隠した。
「でも、、」
マルクスは自分を拭いてくれるサクラを見て、やんわりと押し返し、アスに委ねると、一礼し、その場から立ち去った。
去り際に、サクラが自分を拭いてくれたベールを握りしめ、サクラにだけしか聞こえないような小声で″ありがとうございます″と言って。
◇◆◇◆◇
メイド達がやってきて、テキパキと片付けをし、何事もなかったかのように、元通りにパーティーは進んだ。
そして、事はルーシーの思惑とはまったく逆の方向に進んでしまった。
マルクスにとったサクラの行動が『美談』になってしまったのだ。
「なんて純粋な心の持ち主なのかしら」
「中々咄嗟にとれる行動じゃないな」
「優しい方ですわね、サクラ様は」
そして アスのとった行動が さらに拍車をかけた。
アスはサクラの肩に上着をかけたまま ベスト姿でサクラと料理台をまわっている。
「いいですわね、肩に上着をかけてもらうって……」
「憧れのシチュエーションですわ、お芝居の中のようね」
「体型に自信がなかったけど、わたくしもあのドレス作ろうかしら」
「そうですわよ、女性らしい丸みって魅力的でしたわね、私も……」
使用人のために 高級なダリアの布をためらい無く使った事に加え、メイド服から華麗なるドレスへの変身が マダム達の共感をを引き出し、好感度をあげ、勇気を与えたようだ。
「何だって言うのよ」
ルーシーが悔しさで拳を握りしめる。
こんなはずじゃなかったのに
「いかがですか?」
ルーシーの前にプチケーキの皿を持った 先程の使用人が立っていた。
相変わらず 甘い笑みをうかべてルーシーを見つめる。やっぱり、好みの顔だ。
「いただくわ」
ルーシーは小さなチョコレートケーキを一つつまんだ。
口に入れると、少しの苦味のあとに甘いチョコレートの味がルーシーの心を癒すように広がった。
「……美味しい」
ルーシーがぽつりとこぼす。
「貴女様の
ふふふ、と 使用人が嗤う声が頭に響いた。
ビクリとルーシーが使用人を見る。
「え?」
ルーシーが顔をあげると、もうそこに 使用人の姿はなかった。
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