179話 ドリームキャッチャー







ドリームキャッチャーを知っているだろうか


輪の中にクモの巣状の網が張ってあり、羽やビーズなどで飾られている道具。


枠のサークルは死や再生、永遠など命の循環、太陽や月を表し、中のネットは悪い夢を捕まえ、いい夢を通す網である。


飾りの羽は、ふわふわ落ちるように、いい夢がゆっくり眠っている人の意識に入るこむようにという意味で、複数のビーズは 蜘蛛や朝露を意味し、沢山の夢が捕まり、消えることを意味する。


よい夢だけが網をすり抜けて羽によって運ばれ、悪い夢は、網や羽にからめ取られ、夜が明けて太陽の光を浴び、朝露とともに消えてしまうという、ネイティブアメリカンの魔除けのお守りだ。


イシルが今、サクラに渡そうとしているのが まさにドリームキャッチャーだった。


「これは夢の中の魂の安全を祈るお守りです」


手を広げたほどのサイズの丸い枠の中に編まれた白い糸には 翡翠と水晶がちりばめられ、知恵のシンボルであるフクロウの羽が枠を飾る。

それがついをなすように二つある。


「綺麗……」


そしてもう1つ、イシルは亜空間ボックスから小箱を取り出す。


「お弁当箱?」


「はい、コロッケが入っています。」


「コロッケ……」


「これを、こうして――――」


イシルは弁当箱をついになったドリームキャッチャーで両挟みにすると、まわりを紐で固定して中に閉じ込めた。


「お弁当箱入れ、ですか?」


「そんなとこですね」


お洒落な弁当入れだが、これでは弁当箱が縦になってしまい、実用的ではない気がするんだけど……


「このお守りの網の部分は エンシェントドラゴンの髭で編んであります。夢の中から持ってきたものなら 夢の中へも持っていけるでしょうから」


「もしかして、これ、、」


イシルは 夢の中にコロッケを持っていきたいというサクラの願いを どうにか叶えようとして考え、これを作ってくれたのだ。

じゃあ、この弁当箱の中身は……


「その中にはコロッケが入っています。時間停止の魔法がかけてありますので いつでも出来立てが食べられま、、す!?」


イシルが言い終わる前に サクラがイシルの胸に飛び込んだ。


「う///わっ」


抱きつかれたイシルが動揺して顔を赤くするが、サクラはかまわず イシルの背にまわした腕に ぎゅうっと力を入れる。


「最高です、イシルさん」


ドリームキャッチャーはどうみても手作りだ。

いつ作ったんだろう、イシルは今日、朝から村に行ったはずだ。

じゃあ、その前に?それとも夜中に?

イシルが自分のためにこれを編み上げている姿を思ったら きゅうっ、と 胸が熱くなった。


ヒミツ道具をありがとう!ド○えもん!!


「いえ、、まだ成功するかどうか……」


サクラがみずからの意思で抱きついてくるなんて初めてだ。


いきなりのことにイシルがサクラを抱きしめるタイミングを失ったまま呆然としていると、サクラはすぐにイシルから離れて イシル手作りのドリームキャッチャーを嬉しそうにながめた。


「あ……」


イシルが我に返る。


ソファーでは クラゲのクッションの上で寝ていた黒猫姿のランが、その様子に一度体を起こしたが、サクラの行動は歓喜のハグであり、すぐにサクラがイシルから離れたのを見ると 再びクッションに頭を伏せた。


(チャンスを逃したな、ザマミロ、イシル)


ランはご機嫌に クラゲクッションをふみふみ、ゴロゴロしだす。


「これを持ったまま寝ればいいですかね?」


「どうでしょう、本来なら枕元に飾るものですが」


「早速今日試してみますね!」


「僕も一緒に行ければ良いんですけどね」


「ですね~」


イシルの呟きに生返事で返したら睨まれた。


(いやいや、イシルさんがラプンツェルさんに会ったら 私がイシルさんを覗き見したことがバレてしまうじゃないか!!)





◇◆◇◆◇





「サクラさん、晩御飯はどうします?」


「あ――……」


最近サクラは夜食べると胃が気持ち悪くなって寝られないと、あまり食べない。

朝と昼は食べているので大丈夫だと本人は言う。

体重を減らすために無理をしているわけでもなさそうだし、しばらく様子をみて、次回の検査の時に神に相談すると言っていたから、あまりイシルが口をだしてもしょうがないのだが。


「薬も飲まなくてはいけないでしょう?」


「そうですね……」


この日サクラはヨーグルトだけで良いと言う。

イシルはヨーグルトと一緒におからクッキーを数枚と胃薬も渡した。


「クッキーは食べられたらでいいですよ。夜中にお腹空いて食べるより 今少し食べたほうがいいですから」


「はい、ありがとうございます」


怪我ならすぐに回復魔法で治せるのにもどかしい。

サクラは現世あっちの薬を飲んでいるから 異世界こっちの薬草もあまり飲ませたくはない。

反応してどんな作用をおこすかわからないからだ。


サクラが食べないと言うので、夜ご飯は簡単に済ませた。

ランは肉さえ焼いてやれば文句はない。

勿論野菜もつけるが。


食後は三人でまったり過ごし、サクラはお腹がすくこともなく ドリームキャッチャーを持って部屋に入った。


サクラはドリームキャッチャーをベッドにぶら下げて 眠りにつく。


(そういえば、ラプンツェルさんにはいつも逢えるわけじゃないんだよね)


とあえるのだろうか……


(『夢で会う』、、現世だと、枕に写真を引いて寝るおまじないとかあるけど……)


ここに写真はない。


(名前を逆さまに唱えるんだっけ?)


ラプンツェル……るぷぇ……るぇんぷ……るつえん……言えねぇ!!

イシルさんなら簡単なのに。言わないけど。


(三回名前を唱えて……いや、これはカシマさんの撃退法だったかな……)


とろとろと、眠りに落ちて行く……


うん、胃も痛くない。


夢と現実を往き来する。


だがこの日、サクラはラプンツェルには会えなかった。








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