178話 ランとお出かけ(エピローグ)







ランがギルロスに会いに行ってしまった後、サクラがちょっと買い物がしたいと言うので、サクラとイシルは ラ・マリエの一階にある婦人用品店へとやって来た。


「何が必要ですか?」


さっきここの前を通った時、サクラはちらっとみかけたものがあったのだ。


「えーと、、あれです」


そこは特設コーナーが設置してあって 水槽にいた魚達を 布を使って再現した物、つまり、ぬいぐるみがこんもりつまれていた。


「これは……」


その中からサクラが選んだのは、まあるいフォルムに短く丸い脚をぽこぽこつけた 水クラゲをデフォルメしたクッション。


サクラがかかえてむぎゅっと抱きしめる。


″ふよん″


「う~ん!気持ちいい」


柔らかいのに弾力がある。

なんともいえない触り心地。


「イシルさんも 触ってみて下さい」


イシルもぷにっと押してみる。


″ふよよん″


「……きもちいいですね」


サクラのほっぺみたいだ。


「ランにあげようかと思って」


「僕が買いましょう」


イシルの申し出をサクラはやんわり断る。

そうそう何でもかんでも買ってもらってばかりではよろしくない。


「大丈夫ですよ~、の収入から引いてもらいますから」


サクラはアスに協力することで 化粧品の売り上げの半分をもらうことになっているのだ。

そこから天引きしてもらおう。


「イシルさんちょっと待っててくださいね」


サクラがクラゲのクッションをかかえて店員のところに行くと、マルクスがやってきて、クラゲのクッションは家に届けておいてくれるとのこと。

気が利くね!マルクスさん!

てか、いつもすぐやって来るの凄いな、助かるけど。


(ん?)


サクラが何気にイシルを見ると、イシルはその間、真顔でぬいぐるみの山を見つめていた。


(イシルさん?)


ぬいぐるみの山の中から、を見つけたようで、手を伸ばす。


″もふっ″


(あ、撫でた)


″もふもふっ″


(ぷっ、無表情で……シュールな光景だなぁ)


″もふもふもふっ″


(やめられなくなってる……)


イシルは表情かおにださないが、サクラにはイシルが癒されているのがわかる。


(……イシルさん、かわいいな)


イシルの意外な一面を見れて、サクラもほっこりした。





◇◆◇◆◇





ギルロスは昨日夜勤だった上、朝からやって来たイシルに付き合い、警報についての話をして、組合会館の自室で寝ていた。


「ギル、差し入れ持ってきてやったぞ~」


いつも手ぶらなのに、珍しくランが差し入れを持って部屋にやって来た。


「昼、まだ食ってないんだろ」


ギルロスはのそのそと起き上がる。


「なんだ、気が利くな 雪でも降るんじゃないか」


「うるせぇ」


ラルゴは今日は 四の道、職人通りに行ってて、組合会館にはギルロス一人のはず。


「下で食うか?」


「いや、ここで」


ランはベッドサイドの小テーブルに どんっ、と鍋を置くと、ずいっ、とスプーンをギルロスに渡した。


「鍋ごと持ってきたのかよ」


蓋をあけると、ふわん、と酸味のあるいい香り。


「お前にも食べさせようと思って」


アクアパッツァだった。


(ああ、食えたんだな)


昨日 リベラとヒナが『ラ・マリエ』で休日を過ごし、リフレッシュして帰って来た時に、大きな水槽の話をしていた。

美しさはさることながら、その水槽にいる魚を好きに料理してもらえると。


その話しへのランの食いつきようが凄かった。

どんな魚がいるのか、貝はいるか、海水なのか、味の再現度はどうか、誰が作るのか……


ああ、が食べたいんだなと ギルロスは思った。


マリアンヌが――――

ランの母親がよく孤児院をまわって作る魚料理。


王宮では料理をさせてもらえないマリアンヌが、一度だけ ランに作ってやったことがあった。


あれが、ランとマリアンヌの 最初で最後の旅だった。

ギルロスは護衛の一人としてついていったから覚えている。


ギルロスはランからスプーンをもらうと鍋から直接スープをすすった。


香ばしく焼かれてから蒸し煮にされた魚からの出汁が 骨や皮からしみだし、貝のうま味と野菜の甘味とあいまって何とも言えない濃厚な味になっている。

そこにニンニクの香りがしめあげ、トマトとケッパーの爽やかさが加わる。

海の味だ。

食べると その当時のことが思い浮かぶ。


「うまい」


白身魚に手をつける。


″ふわん″


スプーンでも十分なほど身離れのいい白身の魚は ふっくらとしている。


これが、ランのおふくろの味。


「マリアンヌは……」


ランが口をひらく。

前屈みで鍋に口を寄せてたギルロスは 目線だけをあげ ランを見た。


「母上はオレを守るために オレに呪いをかけたのか?」


ギルロスは答えない。

ただ黙って ランを見つめ返す。


「そうか」


ランは一人納得する。

ランに監視がついていたのも、王宮からではなかったんだ。

あれは、母の手の者だったんだ。


「ローズの街で 母上と一緒にいるを見た」


ギルロスは動揺しない。

ローズの街で 会ったという報告は受けている。


「母上の居場所を知っているんだな」


やはりギルロスは答えない。


「邪魔したな、ゆっくり食えよ」


ランは言うだけ言うと部屋を出ようとした。


「聞きださなくていいのか?何処にいるか」


今まで黙っていたギルロスがランの背に問う。


「母上は、オレにと言ったんだ。だから――――」


ランが振り向く。


「呪いを解いたら会いに行くよ」


そう言って 笑った。


「オレは愛されていたんだな」


吹っ切れたような 良い笑顔で ランはギルロスに笑いかける。


「お前にも」


「なっ///」


ギルロスは スプーンを落っことしそうになった





◇◆◇◆◇





「はい!ラン、プレゼント」


ランが家に帰ると サクラから両手サイズの包みをもらった。

ご丁寧に、リボンまでかけてある。


「なんだこれ」


「開けてみてよ」


リボンをほどき、ランは サクラから渡された包み紙をガサガサとあける。


″ふよん″


「……クラゲ?」


「クラゲ型クッション。かわいいでしょ」


にひひとサクラが笑う。

クラゲ型クッションの見た目はスライムにぽこぽこ足がついたようなフォルムだ。


″ふよん″


手触りがすこぶる気持ちが良い。

今日見たクラゲとは別の意味で癒される。

背にあてるより ずっと抱えていたくなる……

サクラの優しい気持ちごと。


「サンキュー」


包み紙は もう1つ。


「そっちは自分のか?」


「ああ、これは……」


サクラはもう1つを手に取ると


「イシルさんにも、プレゼントです」


イシルに渡した。


「僕にもですか?」


「はい。開けてみてください」


イシルは受けとると 丁寧にリボンをほどき、そっと包み紙をあけた。


「これ……」


中からでてきたのは アザラシの抱き枕だった。

沢山のぬいぐるみの中から イシルが無表情でナデナデしていたヤツ。

サクラがこっそりマルクスにこれも一緒に家に届けてくれるよう お願いしたのだ。


アザラシの抱き枕は 触ると、ふかっと短い毛が手に優しくあたり、ぽっちゃり、ぼってりしている体型がなんともかわいらしい。

愛嬌のある瞳がイシルを見つめかえしている。


「ありがとうございます」


「なんだ、サクラ 自分のは買わなかったのかよ」


「あ――……忘れた」


「ま、サクラはいらないか」


サクラの背後に立つランが サクラの脇からするりと手を差し入れ、背後から抱き締め、肩にアゴをのせる。


「……」


「オレが抱き枕になってやるからさ」


(いや、この状態、抱き枕になってるのは私のほうだし)


″スパ――――――ン!″


「うにゃーん!」


当然 サクラの結界に弾かれる。


うん、通常運転。

いつもの、ランだ。



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