166話 ラ・マリエ 2 (エリザの場合)







エリザはラ・マリエのサロンに 家庭教師兼世話役のモリーナと一緒に本を選びに来ていた。

ソフィアもルーシーも 今ごろは部屋で勉強中だろう。


家庭教師のモリーナは、エリザが自発的に『薬草の事が知りたい』と言ったことに対して 嬉々として本を探してくれている。

その間エリザはソファーに座り、ペラペラと薬草図鑑をめくっていた。


(薬草のことを全く知らなければ イシル様に怪しまれるわ)


動機が不純だが、何にせよ、学ぶ気持ちが出たことは喜ばしい限りだ。

ふと、入り口方面から聞き覚えのある声がして エリザは目を向ける。


(アス様!)


ふんわりとした豊かな金髪をなびかせてアスが入ってきた。

同じ館にいても その姿を目にすることは滅多にない。


(ラッキー!ご挨拶しようかしら……あら?)


アスは一人ではなく 女性を伴っていた。その女性は――――


(サクラ!?)


またあの女だ。

警備隊のギルロス、ハル、ランと仲良さげに話し、イシルの家に厄介になっているというサクラ、その上アスまで……


(一体どうなってるの!?)


アスとサクラは大ホールへ向かっている。

エリザはちらっと、モリーナを見る。


(まだ本を選んでいるわね)


エリザはアスとサクラが大ホールへ入ったのを見ると、自分もこっそりついていった。


大ホールの両開きの扉は いつでも客を迎え入れられるよう開け放たれており、両脇には ドアマンが控えていて、エリザを迎え入れる。


(ここの従者はイケメン揃いだけど……)


ちらっとドアマンを盗み見る。


(ちょっと冷たい感じがするのよね。従者としては自分の感情を出さないで優秀なんだろうけど、なんだか人形みたい)


エリザはホールの中に入り キョロキョロとアスの姿を探す。


「アス様は……いた!」


エリザは二人の姿を 中央の料理台のそばに見つけた。

しかし、すぐにアスはサクラを置いて 従者と共に行ってしまった。


「なんだ、アス様はサクラを案内して来ただけなのね」


エリザがサクラを観察していると 恰幅がよく、身なりの良い男がサクラに近づいてきた。

貴族じゃない、あれは――――


「ルピナス商会の会長じゃない!まさか、サクラはコネがあるとか!?」


そうではなかった。

ルピナスの会長は サクラに給仕してもらうようだ。


「ああ、サクラは働きに来たのね」


納得がいった。

そういえばサクラはバーガーウルフの制服のままだ。

森で仲間とはぐれた哀れな女をイシルが保護をし、警備隊が助け、アスが仕事をあてがう。

エリザの中でそう構築された。


「ふふん、そういうことね」


ルピナス商会の会長はグルメで有名で味にうるさい。

サクラが失敗でもして アスに恥をかかせないかとヒヤヒヤしながらエリザは見守る。


サクラは選びながら料理の味を想像しているのか、その顔は楽しそうにほころんでいる。


「笑ってる場合じゃないのに、のんきな女ね」


サクラが料理を選び、手を伸ばしたその時 エリザは不思議な光景を目にした。


″ザッ″


(え?)


ホールにいるラ・マリエの従者達が 一斉に サクラを見たのだ。


酒のグラスをトレイに乗せて運ぶ者も、

ローストビーフを切り分けている者も、

椅子席に客を案内している者も、

開け放たれた扉の外にいる従者までも――――


(何コレ……)


エリザはサクラと従者を交互に見る。

サクラは料理を皿に取り分けているところだ。


牛フィレ肉のパイ包み焼き……

こんがり焼かれたサクサクのパイに 脂身のない赤い肉の断面がほどよくレアに仕上がっている。


噛むと パイのサクッと香ばし小麦の香り。

キメ細かくて柔らかい赤身の肉は、肉質が細かく、繊細で、しっとりなめらかな舌ざわり。

意外とサシがはいっているのか、甘みもある。

そこに赤ワインソースの心地よい酸味と奥深いコクが 肉の旨味とからまって――――


″ゴクリ……″


従者が 喉をならす。

……食べた?


……

従者達の顔がほんのり色づく。


(何がおきてるの)


悦びに震えながら従者達はそれぞれの仕事に戻る。

何故か、サクラが皿に料理を盛るごとに ゴクリと喉をならし、その顔が生き生きとしていく。


まるで ゼンマイ仕掛けの人形に息が吹き込まれたかのように、徐々に色づき、幻想的で、美しく、不思議な現象――――


「ここにいらしたんですねエリザ様」


「ひゃあ!!」


突然声をかけられて、エリザは飛び上がった。

夢から覚めたような気分だ。


「モリーナ!」


「勝手にいなくなっては困りますよ、さ、戻りましょう」


「え?いや、あの……」


(今のは、何だったの?)


エリザはモリーナに引きずられるように連れていかれる。

ドアマンの横を通る時、エリザはドキリとした。

ドアマンがほほえんだのだ。


さっきと雰囲気が全然違う!

何?何なの!?素敵!こんな従者欲しい!!


さ・ら・に!


「あ!!」


正面からやって来たのは――――


「イシル様!!」


愛しの愛しのイシル様が こちらにむかってやって来るではないか!!


「ああ、エリザさん 奇遇ですね」


エリザに気がついたイシルは、挨拶をすると、エリザが抱えている本を見る。


「薬草図鑑ですか?勤勉ですね」


「いえ、そんな///」


そう言って イシルは モリーナに頭を下げると 大ホールへと入っていった。

エリザはぽーっと、その後ろ姿に見惚れて見送る事しかできなかった。


「……そういう訳ですか」


エリザの様子を見ていたモリーナがくすくすと笑う。


「っ///なにがよ」


「いえ、では頑張って勉強しなくてはいけませんね」





◇◆◇◆◇





「子ブタちゃん、これも食べて~」


「いや、アス 自分で食べられるから……」


ただでさえアスと一緒にいることで、あの女は何者かと注目を浴びているのに、さっきからアスはひたすらサクラの口に料理を運び悦に入っている。


「いいの、はい、あぁ~ん」


「あー……あむ、もぐっ」


意味のわからぬ押しの強さに負けて サクラがアスの手から料理を食べる。

食べたとたん、アスはサクラと一緒に顔をほころばせた。


「「んふっ///」」


アスがサクラの口に入れたのは 鯛のクリーム煮。

ふっくら柔らかく仕上げられた鯛の身にからむソースは 生クリームに鯛の旨味がしっかり入り、バターが香る。酷深く、芳醇な香りとミルクのまろやかさを感じる……これは、燻製バター!?


「「ん~」」


咀嚼し、嚥下する。


「「ほう///」」


何故か会場全体が吐息で震えた。


「幸せ……」


アスもサクラの隣でその余韻に浸る。


″ゴスッ″


「あいたっ!」


鈍い音がして アスが頭を押さえてしゃがみこんだ。

イシルがやって来たのだ。


「サクラさんに何してくれてんだ」


「イシルさん!?」


脳天チョップしたよ、この人……


「イシル イタイじゃない」


「痛くしたんだよ」


涙目になりながら前屈みでイシルを見上げるアスにイシルは一瞥をくれると、自分の内に隠すように イシルはサクラの肩を抱き寄せた。


「人前であんなことさせるなんて いい見世物じゃないか!まったく、うらやま……けしからん!」


「これも商戦のうちなのよ~」


「問答無用」


さあ、帰りましょうと笑顔でサクラを促すと 実に意外な言葉が帰って来た。


「あ、イシルさん 私約束があって……」


「約束?」


「はい、さっき、飲む約束を……」


「誰とですか!?」


イシルはびっくり、このどいつだとまわりを見回す。

目からビーム出そうで怖いな!


「かわりに僕が断ってきますから」


「いや、私が誘ったんですけど……」


「ああ、なんだ、アイリーンですか」


イシルがちょっとホッとする。


「いいえ」


「……サンミ?」


「いいえ」


はて、他にサクラから飲みに誘うような相手がいたかな……

思い付かず、イシルが怪訝な顔でサクラに問う。


「誰ですか?」


「マルクスさんです」


「マルクス?」


復活したアスが横からすっとんきょうな声で聞き返した。


「はい、笑顔の練習するんです。ウイスキーの『一』の口の形は笑顔の形だから、お酒が好きなら笑顔になれるかなぁって。あ!アスにも買ってきたんですよ、ウイスキー」



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