167話 ラ・マリエ 3 (BARにて)
ラ・マリエにあるBARの一席。
サクラはマルクスのとなりに座り マルクスに笑顔を向ける。
「マルクスさん、大好き」
マルクスはそれを受けて笑顔を返した。
まだ慣れないそのぎこちない笑顔に、サクラはマルクスの頬に両手をそえ、再び 笑顔を向ける。
「だ・い・す・き」
マルクスも、もう一度 サクラに笑いかける。
「ダイ、スキ」
イシルとアスはサクラの現世のお土産のウイスキーを片手に 同じテーブルに座り、それを見守っていた。
サクラがマルクスとしていた約束、それは、笑顔の練習。
酒の味ならわかる悪魔だから、好きなものなら笑顔になるかもと、酒を飲みながらの練習『ウイスキー、ダイスキー作戦』だ。
酒を飲むのなら、ラ・マリエに新しく作ったのBARで飲もうと アスが提案して 現在に至る。
それにしても、イシルの顔が苦々しい。
「サクラさん、そんなに連呼しなくても……」
「え?」
サクラは先程から『好き』を連発している。
マルクスに向かって……
「頬から手を離して……」
「ダメですよ、手を放すとマルクスさん笑いすぎちゃうんです。自然な笑顔は『好き』の口の形の、この程度で十分なんです」
サクラはマルクスの懐に入り込む形で見上げながら 手でマルクスの頬を包み、 ほほえみながら『好き』を連呼する。
その言葉、イシルには言ってくれないのに。
「マルクスさん、、」
ああ、近い!近すぎる!!
「ウイスキー、大好きー」
「ウイスキー、ダイスキー」
酒が入ってるからか、ウイスキーの味を思い出してか、マルクスの笑顔が少し柔らかい。
それがイシルをイライラさせる。
マルクスの変化を感じてサクラも嬉しそうに、ふんわりほほえみを返し、更にイシルの気分を降下させる。
わかっている。
わかっているんだ、サクラの発する『好き』に意味なんてないことは!
だけど……
「お願いだから その手をはなしてくれ……」
(イシルが面白い……)
珍しく情けない声のイシルを肴に アスは酒を飲む。
今日のイシルはしょっぱくて酒に合うな。
「まあまあ、イシル、相手は
アスのかける言葉にイシルは冷ややかに返答する。
「
「あ――……」
アスのフォローは逆効果だったようで睨まれた。
そうだ、マルクスは比較的新しい悪魔だ。
外見はアスが
「サクラ、ちょっと休憩しなよ、ナッツでも食べてさ」
身の危険を感じたアスがツマミのナッツをサクラに差し出し、イシルに助け船を出した。
イシルは面白いが仕方がない、これ以上続けたら きっととばっちりをくらうから。
「そうですね」
ようやくサクラがマルクスから手を放した。
イシルもほっと息を吐いた。
「もう諦めたら?マルクスにはまだ無理だって」
アスがサクラを説得にかかる。
イシルがマジでキレる5秒前だ。
「そんなことないです!今日私を抱きとめてくれたとき、すっごい素敵な笑顔だったんですから!」
「抱き……なんですって?」
サクラの天然失言にイシルがピリリと 反応した。
ああ、もう知らない、とアスのほうが間に入るのを諦めた。
その方がイシルが美味しくなるから、いっか♪
とばっちりは甘んじて受けよう。
「あ、いえ、私が人にぶつかりそうになった時、かばってくれたんです」
「それだけですか?」
「それだけですっ!」
「サクラさん……」
「イシルさん、邪魔しないから一緒にって約束でしたよね?」
「ですが……」
「はいっ、この話しはおしまいっ!」
サクラは余計なこと言ったと、誤魔化すようにナッツを口に入れ、強引に話を切った。
意外~サクラって結構頑固なんだ~イシル黙っちゃったし。
いるよね、大抵のことには協調性があるのに、最後の最後だけ絶っっ対引かない厄介な奴(笑)
おつまみはミックスナッツ。
クルミ、カシューナッツ、アーモンド、ピスタチオ、マカダミア……
″カリッ……″
弾ける香ばしさと共にほんのりスモーキーな木の香り……
アーモンドだ。
サクラがアーモンドを口に入れると、アスも、マルクスも、その味覚にとらわれた。
甘味と旨味、どちらもしっかり。
ゴリッ、ゴリッと 歯応えも抜群。
BARにいる人の姿をした悪魔達に活気が漲る。
アスが イシルの隣でウイスキーを飲みながら ニンマリ笑う。
ナッティー(ナッツのような)と言われるウイスキーはナッツとよく合う。
お互いが邪魔をせず、旨味を深めてくれる。
″コリッ、ポリッ″
カシューナッツ……
香りは淡白で、癖がない。
ポクポクとした独特のやわらかな食感で、ほんのり甘味を感じる
このまま食べても美味しいが、味や油脂、香りのバランスがいいから、キャラメリゼ、醤油バター、蜂蜜ローストなんかにしてもいい。
悪魔達が サクラの思考にリンクして、うきうきと軽やかに動き出す。
「イシルさんも、食べてください、ウイスキーに合いますよ~」
そう言ってサクラがナッツをつまむ。
本人はアイスティーだが。
″ゴリッ……″
ナッツの王様、マカデミアナッツ。
水分量が多いのか、ごりごりとした食べ応え。
旨味が濃厚で、かなり油脂感が強く、クリーミーな味わい。
ああ、チョコレートと一緒に食べたい……
サクラの舌が 悪魔達を翻弄する。
また、ひとつ。BARにいる悪魔達に しっとり、上品な装いが増した。
″コクッ、ポクッ″
くるみ
若い木を連想させるような香り。淡白な味わい。
薄皮のちょっと渋いのがアクセントになっている
ローストされていて、カリッとした軽い食感がクセになる。
結構腹持ちするのよね……
更に 悪魔達の客をもてなす姿に 落ち着きと重厚さが加わる。
″パキッ、もぐっ、″
そして、緑の宝石、女王 ピスタチオ。
包まれている殻をとり、緑色の実を口に入れる。
他のナッツのような軽さはなく、ねっとりと、バターのように口に残る独特の青臭さ。
コクがあり、アボカドのような、やさしい風味を味わう。
ピスタチオはこの殻に入っているのがいい。
一つずつ取り出して食べると食べすぎないしね。
悪魔達が 艶々と輝きだす。
サクラは次のナッツを手に――――
″ぱくっ、″
「ん?」
柔らかい。
「んー///」
スモークチーズがまざっていた。
ナッツとチーズは相性抜群!
嬉しい誤算に サクラの顔がほころぶ。
そして、ウイスキーとスモークチーズも王道中の王道!
同じ薫製香を持つ仲間!合わないわけがない!
チーズのスモーキーな香りがウイスキーの芳醇な香りと味わいをより一層引き立る。
チーズもウイスキーも燻製感はにているが、特徴が強いから、お互いに負けることなく良さを引き立てる間柄だ!
悪魔達が、一斉に笑顔になった。
「マルクスさん、それです!」
サクラがスモークチーズを口にし、ウイスキーを口にしたマルクスは いい笑顔をしていた。
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