159話 アイリーンの婿取物語 3







「は?」


サクラは銀狼亭でアイリーンの話を聞いて、間抜けな声を出した。

あの時の アイリーンと同じように。


「は?だよね、ホントに、あー!最悪」


アイリーンはがくんと項垂れると ゴンっとテーブルに突っ伏せた。

痛いよね、今の。いい音したよ?


「返事は、したの?」


テーブルに突っ伏せたまま、顔をサクラにふり、アイリーンが答える。


「ソッコーで断ったわよ。笑顔で、ごめんなさいって」


「……よくキレなかったね」


「キレたら相手の思うつぼでしょ」


「あ――……」


むしろ それはご褒美だ。


「たまにいるのよね……それまではいい人だったのに、をだすとああなっちゃう人……」


「え?それってアイリーンのせいじゃ……」


恐るべし魔性の女アイリーン!

カール様は新しい扉をあけてしまったのか。


「それだけじゃないのよ!」


アイリーンががばっと起き上がり、ずいっ、とサクラにつめよった。

アイリーン、近くでみるとさらにかわいいな、惚れちゃうよ?


「……来たのよ。懲りずに」


「カール様が?」


こくりとアイリーンがうなずく。


昨日のリベンジでカール様が バーガーウルフにやって来たというのだ。

プレゼントの箱をもって。




~~~~~



もう閉店になるころ……

アイリーンのカウンターの前に、カールが申し訳なさそうにやって来た。


「いらっしゃいませー、何になさいますかー?」


元気のないカールに対し、アイリーンは100%0円スマイルで対応する。


「アイリーン、その、昨日はすまなかった。自分でも何故あんなことを言ってしまったのか……」


「はい。無事でなによりです。ご注文をどうぞー」


カールは アイリーンがとりあえず対応してくれたことに、少し笑顔をみせた。


「あんな気持ちになったのは初めてで、僕も驚いているんだ……」



「ああ、コロッケバーガーを10個」


「かしこまりました。コロッケバーガー10個でーす」


アイリーンがオーダーを通す。


「5000¥になりまーす」


間髪入れないアイリーンの接客。

カールはお金と一緒にプレゼントの箱をカウンターに置いた。

アイリーンはお金だけを受けとる。


「僕が唐突すぎた。本当にすまない」


「はい。謝罪は受けとりました。もう忘れてください」


「そうか!」


カールは を許されたと思ったのか、いそいそとプレゼントの箱のふたに手をかける。


「君にも準備が必要だったよね」


「準備?ですか??」


「うん」


カールは 満面の笑みを浮かべ、アイリーンへの贈り物のふたを持ち上げた――――


「!!!」


アイリーンは中を見て絶句する。


中に入っていたのは――――


真っ赤なハイヒール


高さが10センチはあろうかという ピンヒールである。

エナメルの光沢がつややかに光っている。


「君に、似合うと思って」


カールがうっとりとアイリーンを見つめる。


「っ~~~~」


アイリーンは カールが持ち上げたふたを バタンと勢いよくしめると、その上に コロッケバーガー10個の袋を乗せた。


「コロッケバーガー10個です」


プレゼントの箱ごとカールに押しつけると、なんとか笑顔を保ちながら、ギリギリと歯を食いしばる。

そして、カールにだけ聞こえるように 低い声でこう言った。


「おととい来やがれこのド腐れ貴族空気読めよ」


アイリーンはプレゼントを受け取らなかったが、カールは 満足そうに ものすっごい笑顔で帰っていった。




~~~~




「結局キレたんだ……」


「う″ー!!最悪!!」


アイリーンはがしがしと頭をかきむしる。

どうやらカール様は 昨日 初めて を見てしまったようだ。

やっぱり アイリーンのせいじゃないか!

ちょっと気の毒だな、カール様……


「でも、それ以外はいい人なんでしょ?途中まではいい感じだったみたいだし」


アイリーンは 人を良く見てる。

そのアイリーンが 言うには、カールは思いやりがあって、使用人からも慕われている優しい人で、二人っきりになっても紳士的だった。

ダフォディルのことも良く分析していて、彼の統治する街は安泰だろうと。

そして、危険をかえりみず冒険者を助けに行こうとした勇敢な人物。

アイリーンを守るために結局助けには行かなかったが、常識人で、信頼できる。顔だってイケメンの部類。

優良物件なのだ。


「あたしだって好きになれそうだと思ってたわよ」


「じゃあ、たまににつきあってあげたら……」


アイリーンがテーブルをドンッ!と叩く。


「あたしはね、がほしいんじゃないの が欲しいのよ」


「……失礼シマシタ」


アイリーンはを築きたいんだったね。


「いつか、ありのままのアイリーンを受け入れてくれる人が現れるよ」


「……うん、ありがとう サクラ」


ぬぐぐ、かわいいな。

ツンとデレを自然に使いこなすとは!この落差にやられる……


「サ~クラ♪」


「ん?」


(なんだ、急に天使バージョンになったぞ、怖いな)


「飲もっか」


「え?」


「今日は私がおごってあげるから」


「いや、いいよ、お酒あんまり飲めないし」


(お金に厳しいアイリーンの奢りとか怖すぎるデショ!)


「美味しいお肉 食べさせてあるからさ」


「肉!?」


酒にはつられないとみて アイリーンは方向をかえる。

肉ならサクラを釣れそうだ。


(なんだ?サンミさん新メニューつくってたの!?食べたい!)


サクラの心が揺れるのをみて アイリーンが押してくる。


「今、あたしのありのままを受け入れてくれるのは サクラだけだし」


(うぐっ、私を誘惑するなぁ――――!!)


「……女子トーク、憧れてたんだ、私」


「うっ///」


ちょっとハニカミ気味のアイリーンのこの言葉に サクラはノックアウトされた。

アイリーンが手玉にとるのは 男だけではなかった……


「いいよ」


アイリーンが笑みを深め、ガシッとサクラの腕を組む。


「じゃ、行こっか♪」


「行く?どこに?」


「美味しいお肉食べに」


「え?」


「サンミさーん!サクラと美味しいお肉食べに行ってきまーす!今日中には帰りますから~」


アイリーンは キッチンにいるサンミにそう声をかけ、表に出ると、スターウルフを召喚した。


「乗って、サクラ」


「え?いや、あの、外に行くならイシルさんに言わないと……」


「子供じゃないんだから大丈夫よ」


「いや、それは……」


アイリーンは無理やりスターウルフの背にサクラを乗せる。


(いや、言って行かないと 後が怖いんだってば――!)


グンッ、とスターウルフが走り出す。


「うひゃあ!!」







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◇◆◇◆◇





イシルはサクラとアイリーンに気を利かせ銀狼亭を出ると まず警備隊駐屯所にドーナツを持って行った。

駐屯所には ギルロスしかいなかった。


昨日 アイリーンから 大トカゲの古代種が出たと報告があり、ギルロス以外の者で 今日 捜索、駆除に出向いて行ったのだ。

大トカゲは魔物ではないが、古代種は毒をもっているから駆除の対象に指定されている。


ランも真面目に駆除に参加したようだ。


「まったく、大した小娘だ。スターウルフをあそこまで従えるなんて」


「女王の気質の持ち主ですからね」


アイリーンは昨日、大トカゲの古代種を駆除してみせた。

一緒に行った冒険者の話では、スターウルフが倒したと言っていたが、スターウルフを使役しているのはアイリーンだ。


「女王の気質か、もて余しているようだがな。領土を任せれば いい女主人になれるだろうに」


「ギルロスがもらってあげてはどうですか」


イシルの軽口にギルロスがふんっと笑い、軽口で返す。


「なんだ、イシル、結婚相談所でもはじめたのか?面白いが、オレをサクラから遠ざけるには弱いな」


「残念ですね」


その後イシルはドーナツを渡すと アスの館へ行き、サクラから預かった雑誌をアスに渡した。


アスの食事に付き合い、手合わせをし、サクラとアイリーンの話が終わる頃合いをみて 銀狼亭へと戻ってきた。


銀狼亭は既に客で賑わっている。

イシルは ダイニングを通り、キッチンへと入る。


「お待たせしました、サクラさん帰りましょう」


キッチンには サンミしかいない。


「サクラさんは?」


「アイリーンと飲むって」


はて、おかしいな、ダイニングにはいなかった。見落としたか?

イシルはダイニングを見渡す。

サクラの姿はない。


「姿が見えませんが、アイリーンの部屋ですか?」


サンミは料理を作りながらイシルに応える。


「さあね、美味しい肉を食べに行くって言ってたよ」


「食べに……?」


ドワーフの村から出た、と?


「どこにですか!?」


「知らないよ、今日中に帰ってくるって言ってたから、スターウルフに乗ったって しかないだろうさ」


ハーフリングの村か、オーガの村、どっちに!?


「美味しい肉料理があるのはどっちですか!?」


イシルの慌てっぷりに やれやれとサンミが苦笑いしながら考える。


「確か、ハーフリングの『穴熊亭』には肉の煮込み料理があったねぇ、、貴族が泊まるほうの『鹿鳴館』はたしかステーキが……」


そう言って顔をあげると、そこには既に イシルの姿はなかった。


「……せっかちだねぇ、オーガの村のは聞かないで行っちまったよ。ま、あいつイシルの脚なら 両方見に行けばいいだけだろうけど」


サンミは再びオーダーにとりかかった。









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