158話 アイリーンの婿取物語 2
「霧氷を見に行きませんか」
事の始まりは カール・キャンベルのこの言葉からだった。
ドワーフの村からあざみ野町方面、湖を越えて奥に行くと、冬場霧氷が見られるスポットがある。
霧氷は空気中の水の粒が木々に当たり、冷えて氷付いたもの。枝先を包むように白く氷が付着して、キラキラ輝く。
どうやら地下に氷の洞窟があって、風穴から冷たい風が吹きあがり、その辺りの木だけ霧氷になるのだ。
アイリーンにプレゼントされた帽子の箱に入っていたエスコートカードにはこう記されていた。
″貴女をお守りする権利をいただきたい″
慎重なカールがくれたこのカードの意味は
『何処かへ出掛けましょう』だろう。
デートのお誘い。
案の定、バーガーウルフから出ると、キャンベル家の従者が待っていた。
勿論 断る理由はない。
ミディーに 出かけることを伝え、サンミに心配しないよう、言伝してもらう。
表に馬車が停まっていて、護衛の冒険者が二人立っていた。
中にはカールが乗っていて、アイリーンはカールと向かい合わせに座った。
「霧氷を見に行きませんか」
カールがアイリーンを誘う。
「旅の冒険者に聞いたんだよ、霧氷がみられると」
ああ、表にいた冒険者が 報酬ほしさにカールをそそのかしたのか。
あの辺は トカゲの棲息地だ。
夜になると 3メートルにもなるトカゲが出る。
「でも、あの辺りは大きなトカゲがでます」
「聞いているよ。だから、冒険者も雇ったんだ」
「それでも夜は危険です」
「今行けば 暗くなる前に帰ってこられるから。夜に見せてあげたいが、夕日に光る霧氷も 美しいだろう」
カールに引く気はない。
まあ、少しくらい気概があったほうが頼もしくていい。
ここは素直に従おう。
アイリーンは笑顔をつくる。
「そうですね」
御者席に従者を 挟んで冒険者二人が座り、馬車が走り出す。
……こいつら、馬持ってないのか?
冒険者ランクはいくつなんだ?
何事もなければいいけど……
「不安かい?」
「……少し」
「隣に座っても?」
「……ええ」
カールはアイリーンの隣に座ると 膝の上のアイリーンの手に 右手を重ねる。
「僕が守るから」
カールは紳士だった。
手を握ったまま アイリーンが不安にならないよう ダフォディルの街の話を聞かせてくれた。
カールの手の温もりに アイリーンは少しのトキメキを感じた。
(この人といれば ずっとこんな気持ちでいられるのかな……)
湖を超え暫くすると馬車がとまる。
ここから少し歩くことになる。
先頭に冒険者一人、カールとアイリーン、従者、冒険者の順で歩く。
カールはアイリーンの手を自分の肘に添えさせ、エスコートしてくれた。
日が傾くころ霧氷がよく見られるポイントに到達する。
キラキラと光る木々――
「キレイ……」
霧氷は柔らかい霜と呼ばれ、名前の通り触れるとすぐ崩れてしまうほどに脆い。
気を利かせたのか、従者と冒険者はいなくなっていた。
夕日を受けて輝く木々も美しいが、風に吹かれてシャラシャラと舞う霜が 儚い黄金色の花風吹のようだ。
カールがアイリーンの肩に そっと手をまわす。
アイリーンは カールの肩に頭をもたげ、うっとりと 霧氷が散るのを眺めていた。
(この人なら好きになれる。きっと暖かい家庭がつくれる……)
そう思い始めた矢先……
「うわあっ!」
奥の方で悲鳴が上がった。
目を向けるとキャンベル家の従者が前から走ってくる。
「お逃げください!カール様!」
何かから逃げている。
奥では冒険者二人が戦っている気配がする。
「助けにいかなくては!」
カールが行こうとするのを従者が止める。
「危険です!早くアイリーン様を安全な所へ!」
カールが従者の言葉にその場にとどまる。
アイリーンを 守らなくては、と。
「ぐっ……行こう、アイリーン」
「えっ!でも……」
戸惑うアイリーンに、従者が急かす。
「彼らの仕事です!早く!」
カールがアイリーンの肩を抱き、馬車へと背を押す。
「うわあああっ!」
「ひいいっ!」
背後で冒険者の叫び声。せめて 応援を――――
『ナイツ』
アイリーンは心で呼び掛け、
″グルルルル……″
角の生えた額の毛のまわりが星の輝きのように十字に白い スターウルフが アイリーンの呼び掛けに応え、あらわれる。
「ひっ!」
アイリーンの前に現れた
″ガウッ!グルルッ!″
暫くすると 冒険者がこちらへ逃げてくる
「助かった!」
「何故かスターウルフが助けてくれて……」
冒険者二人は傷だらけだった。
「行きましょう、今のうちに」
従者が皆を急かす。
「早くしないと、数が多い!」
冒険者は既に走り出している。
「カール様!早く!」
「アイリーン、さあ」
(数が多いですって?)
アイリーンは動かない。
″ギャンッ!″
ナイツの叫び声が聞こえる。
「先に行って下さい」
「えっ!?」
「何言ってるんだ、君を置いていけるわけないだろう」
(わたしだって
アイリーンはカールの腕を振り払い、踵を返すと 森の奥へと走った。
「アイリーン!!」
背中にカールの声がとんでくるが、それどころではない。
『仲間を呼びなさい、ナイツ!』
″アオオォォ――――……ン″
″ザッ″ ″ザザッ″ ″ザッ″
ナイツの遠吠えに応え 数十匹のスターウルフが集まる。
″クエェェッ、グエエッ″
アイリーンが到着する。
スターウルフと大トカゲの数は スターウルフが若干多いが、アイリーンは大トカゲを確認して 眉間にシワをよせた。
(まずい、古代種だわ)
大トカゲは胴体の割に頭が小さく、全体的にほっそりしていて、強い前足2本と後ろ足2本で、ぐっと身体を起こすことができる。
つまり、走ると早いのだ。
そして古代種は その口に たくさんの細菌を宿している。
毒だ。
大トカゲとスターウルフが だんごになって戦っていた。
ナイツは肩から血を流し、毒にやられている。
泥試合である。
「……ったく」
アイリーンはミスリルのムチを
″ピシッ!!″
スターウルフ達がピンクと耳を立て、一斉に大トカゲから飛び退いた。
「みっともない戦い方してんじゃないわよ」
アイリーンは 傷ついたスターウルフたちを 急いで毒消しと キュアウォーターで回復する。
″ピシャリ″
アイリーンが地面をムチ打つ
『囲め』
″ガウッ!″ ″グルルッ!″
アイリーンの指示に従い スターウルフが 牙と爪、脚を使って 噛まれないよう飛び退きながら 大トカゲを中央へと集める。
″ピシャッ″
『かまいたち』
スターウルフがチャージし、その間大トカゲが逃げないように アイリーンが火を放ちサークルで囲む。
アイリーンの魔法では 大トカゲを焼き付くす程の威力はでない。
″ピシリ″
『撃て!!』
″ザシュ ザシュッ!″
八方からかまいたちが放たれ、大トカゲを切り裂く。
″グエエエ――――″
叫びをあげ、大トカゲがまとめて切り裂かれていく。
その中で、しゅるりと一匹が輪から飛び出した。
″シュルルルッ、ぐるっ″
「逃げんじゃないわよ」
″グギャギャギャ……″
アイリーンのムチが 逃げ出した大トカゲを捕らえ、ギリギリと締め上げ大トカゲが苦しそうな悲鳴をあげる。
その体を ズルッ、ズルッと足元まで引きずり寄せると、アイリーンは大トカゲを思いっきり踏みつけた。
″ガツッ!″
グリグリと足に力を入れ 踏み潰しながらムチで締め上げる。
″ギリギリ……ギリッ″
冷たく、美しい 女王の気迫――――
「アタシの
″グワワワァ――……″
大トカゲは空を裂くような断末魔の叫びをあげると、パタリと力を無くし 地に倒れた。
「アイリーン……君は……」
そんなアイリーンの背に カールの震えた声――――
アイリーンは力なく振り向き、カールを見と、驚愕の表情で カールがアイリーンを見ている。
(終わった……色んな意味で)
「火魔法使えますか?焼いてしまわなくては 他の魔物が集まってきます」
◇◆◇◆◇
″カタカタカタカタ……″
馬車は夕闇の中 ドワーフの村へと帰る。
カールは火魔法が使えた。
毒にやられた冒険者達も、従者が回復を使えたので治療して戻ってきて、全員でなんとか大トカゲを焼くことができた。
大トカゲは 全てスターウルフが倒したことになっている。
″カタカタカタカタ……″
長い沈黙。
来た時と同じように 御者席に従者を 挟んで冒険者二人が座り 馬車の中には アイリーンとカールが向かいあわせで座っていた。
「アイリーン……」
(来た……)
「君があんなに強いとは思わなかったよ」
(ふられる……)
アイリーンは膝の上のこぶしを きゅっと握る。
「……ありがとう」
「えっ」
アイリーンは顔をあげてカールを見る。
「君がいなかったら どうなっていたか」
カールは揺れる馬車の中、立ち上がると アイリーンの前にひざをついた。
(うそ……)
もうダメだと思ったのに、カールは愛しそうにアイリーンを見つめている。
「アイリーン……」
(やだ///何コレ、ドキドキする)
うっとりとしたカールの熱い瞳――――
「アイリーン……」
(これは……もしや、愛の告白!?プロポーズ!?)
感極まったカールの声――――
「アイリーン、僕も……」
(……ゴクリ)
次の言葉は――――
「僕も そのキレイな足で踏んでくれないか」
「……は?」
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