152話 エリザの思惑
私の名はエリザ・キャンベル
ダフォディルの第一、第三、中央地区を統治しているキャンベル家の次女。
お兄様のカール・キャンベルは このドワーフ村へコロッケを買いにやって来て、アイリーンという女に心を奪われてしまわれた。
今、そのバーガーショップの前でコロッケバーガーなるものを食べている。
″ぱくっ、ザクッ″
うん、美味しい。悔しいけれど……
サクサクと不思議な食感に中のマッシュされたポテトのなめらかさ。
このギャップは何!?
マッシュされたポテトの中には挽き肉のうま味と玉ねぎの甘味がまざり込んでいる。
それを包むほんのりバターの香り。
甘いようで甘くない不思議な食べ物コロッケ。
柔らかすぎない、香ばしく焼かれたパンにキャベツとこのソース、そしてコロッケ。
パンにはさむことで一つにまとまり、最高の料理へと変貌する……
ナイフとフォークなど使ってはいけない。
これはかぶりつくことで完成されるのよっ!
これを考えたシェフは 間違いなく一流ね!!
でも……
エリザは五の道の先を覗き込む。
先程の
「お兄様、私 少し散歩してきても宜しいかしら」
カールお兄様は 今日はこの場所から動く気はなさそうだ。
それなら 少しこの辺りを散策してみよう。
もしかしたら また会えるかもしれない。
「ああ、ルーシーとソフィアも行ってくるかい?」
お兄様がルーシーとソフィアにも退席を促す。
アイリーンを見つめる独りの世界に浸りたいのね。
「いいえ!私はカール様とここにいますわ!」
ルーシーが即答する。
当然でしょう、カールお兄様を狙っているんだから。
アイリーンなんかに負けていられないでしょう。
お陰で私が見張らなくても済むというものだわ。
ルーシーを連れてきた事が功を奏した。女避けには丁度いい。
「私は……」
ソフィアが戸惑う。
こういう時ソフィアは決められない。
気を利かせてカールとルーシーを二人きりにするべきか、カールとルーシーをくっつけたくないエリザの意をくみ留まるべきか。
「少し歩きたいだけだから、ソフィアもここにいて」
エリザが決めてあげると、ソフィアはほっとした顔をする。
「一人で行かせるわけにはいかないから、マルクス、ついていってもらってもいいかな」
「かしこまりました」
げっ、この無表情な執事がついてくるのか……
まあ、余計なことはしなさそうだしいいか。
「では、少し行って参ります」
エリザは席を立ち 五の道へと歩いていった。
エリザ思った通り、マルクスはエリザから少しはなれてついてきた。
邪魔にはならなそうだ。
(あの人は何処へ行ったんだろう……)
エルフを探しに バーガーウルフの裏手の道を進み、林道をぬけると 珍しい草が生えていた。
「ねえ、これは薬草かしら」
エリザは後ろを歩くマルクスに聞いてみる。
「左様でございます」
野生のものではなさそうだ。畑みたい。
足首程の高さのものから、道を進むにつれ高くなっていく。
胸程の高さの薬草には 小さな白い花がついている。
見たこともない形……白いくしゃっとしたロゼットの花びら。
小さな花がたくさん集まって レースの花のようだ。
エリザは 小さな花に顔を寄せ――――
奇妙な四角い瞳とぶつかった。
「ひゃっ!」
「おお、すまんね、おどろかせてしまったわい」
瞳孔が水平に細長いヤギの瞳。
この人、さっきエルフと一緒にいたヤギの獣人!
しゃがんで白い花を見極め、摘んでいたようだ。
ヤギの獣人は屈めていた腰をのばすと、う~ん、と背伸びをした。
「メイ先生ー!お昼にしましょうー!」
緑の髪をした女が、畑の脇に備えているテーブルの近くでヤギの獣人を呼ぶ。
そして、その隣にいるのは――――
(あの人だ!)
エリザの目当ての 麗しのエルフがいた。
ヤギの獣人は、かごを持ち上げると もう一度う~ん、と背伸びをしてテーブルに向かう。
「あの!」
エリザは思いきってヤギの獣人を呼び止めた。
「私、薬草に興味あるんです!一緒に行ってもいいですか?」
ヤギの獣人は、一瞬「はて?」と戸惑ったが、何かを心得たらしく、承諾してくれた。
「そうか、そうか、是非ご覧くだされ」
エリザはヤギの獣人と一緒に テーブルへと向かう。
「お客様ですか?メイ先生」
緑の髪の女がヤギの獣人に聞く。
「イシ……いやいや、薬草園に興味がおありのようじゃ、えーと……」
「エリザ・キャンベルです。エリザと呼んでください」
エリザは エルフの前に立つと、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げて淑女の挨拶をする。
「これは、可愛らしいですね、イシルと申します」
イシルと名乗ったエルフは、右手を胸に添え、左手を横方向へ水平に差し出し、右足を引いて頭を垂れ、エリザの挨拶に応えた。
ボウ・アンド・スクレープ
淑女の挨拶カテーシーへの紳士の挨拶。
なんて自然で美しいお辞儀をするんだろう!本物の紳士だわ!
しかも、可愛いって?私のこと!?
ヤギの獣人はメイと名乗り、緑の髪の女はシャナと名乗ったのをエリザは夢見心地に聞いていた。
「今から昼にするんじゃが、エリザさんもどうかね?イシルさんが弁当を作ってきてくれたんじゃよ」
「イシル様、料理するんですか!?凄いですね!」
「僕は手伝っただけですよ」
「様」は余計です と断られた。ああ、なんて謙虚なの!
「これを片付けてしまうから 座って待っててくれんか」
メイが白い花の入ったカゴを持ち上げてみせた。
「はい!」
マルクスが椅子をひき、エリザを座らせ、お茶の準備をする。
エリザは少し緊張した面持ちで イシルが作業するのを見つめてる。
ていうか、あのシャナ、だっけ?近いわよ、イシル様に近づきすぎよ!!離れなさいよね!
あ!あんな細腕でそのツボ持てるわけないじゃない、そんなの持ったら……
ほら、やっぱり!イシル様が支えにはいるっ!
わざとね、わざとだわ!背を支えられて嬉しそうにしてるんじゃないわよっ!
イシル様優しすぎる~~~~!!
あ、ヤメテ……髪を耳にかけてあげたりしないで!
シャナ、誘う顔をするんぢゃない~~~~っっ!!
「具合でも悪いんか?顔が真っ赤ですぞエリザさん」
メイが作業を終えてやってきて、あの不思議な四角い瞳でエリザに声をかけた。
「え?あ、いえ///」
私としたことが……コホン。
シャナとイシルもやってくる。
いちいち距離が近いわねっ!
メイがエリザの右隣に座った。
シャナが正面に。
てことは……イシル様は左隣!
うん、うん、私は左の横顔には自信があるわ!
ついてる!
イシルの手がエリザの隣の椅子にかかる。
きれいだけど、男の人の手だ……ドキドキする。
「じゃあ、僕はこれで」
へ?
「助かったぞい、イシルさん」
うそ!
「イシルさん、一緒に食べましょうよ」
そうだ、シャナ!押しなさい!
「いえ、サクラさんと食べるので」
サクラ?
また、サクラ!?
「今回の弁当は初めての挑戦でしたから、色々聞きたいんです」
バーガーウルフのサクラと一緒に作ったってこと??
「あ、じゃあ私も……」
エリザも一緒にバーガーウルフに戻ろうとする。
(二人っきりで歩くチャンスだわ!)
″スッ″
「え?」
「どうぞ」
席を立とうとするエリザの目の前に、イシルとの間を遮るようにお茶のカップが出された。
マルクスがお茶を入れ、エリザに出したのだ。
「いや、私は……」
邪魔だわ!いや、あきらかに邪魔してるわ!
お茶を左からだすなんてないもの!
マルクスが嗤う。
効果音は″ずううぅぅ――……ん″て感じで。
「どうぞ」
(ひいぃぃ!こわいぃぃ!!)
イシルはクスリと笑い、退席の挨拶をし、椅子の背から手をはなした。
「では、ごゆっくり」
(まって!行かないで!ねぇ、ちょっとぉ~!!)
そう言ってイシルは五の道を戻っていった。
後ろ姿も 素敵だわ!
(くっ、こうなったら、イシル様のこと この二人から聞き出してやるっ!!)
「どれ、イシルさんの初めての挑戦をいただくとしようかな」
メイが弁当のふたを開ける。
″カパッ″
◇◆◇◆◇
「行きましょう、サクラさん」
バーガーウルフに イシルが休憩に入るサクラを呼びに来た。
「行くって、何処へ?」
「お弁当食べにです」
今朝作ったお弁当を食べながら色々聞きたいとイシルが言うので、昼に一緒に食べる約束をしていたのだが……
「休憩室で一緒に食べるんじゃないんですか?」
「外で食べたほうが美味しいですよ」
「そうですけど……」
いや、しかし仕事中だし。
「サクラ、今日はそのままあがっていいよ、この後そんなに忙しくないし」
ミディーがイシルの言葉に優しい対応をみせる。
「そうですよぅ、サクラ、いってくださあい!」
「たまには早あがりもいいですよ!」
リズとスノーが、イシルの味方なのはいつものことだけど、アイリーンまでもがサクラを追い出そうとする。
「一緒に休憩するのに
アイリーン、わかりにくいよ、その優しさ。
「行きましょう」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
サクラはパーカーを羽織るとイシルと一緒に村を出た。
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