149話 アスのお宅訪問














眠くて眠くて仕方がなかった。

家につき、風呂に入ると、湯船で寝そうになり、サクラは慌てて風呂からあがった。

ゆっくりつかってたら溺れてしまう!


風呂からあがり、リビングにいくと、青リンゴのようはフルーティーな香りに包まれた。


「カモミールです。よく眠れるように」


イシルが安眠効果の高いハーブティーをいれてくれたようだ。


「ありがとうございます、いただきます」


サクラはイシルと斜向かいの、一人掛けソファーに座ると、ハーブティーを口にする。


「ふぅ」


ほっと息が抜け、人心地ついた。

自分が思っているより緊張していたようだ。

カモミールの、華やかなのに清々しい香りが鼻にぬけ、ふわっと、そのままソファーに沈みそうになる。


「今日は早目に寝たほうがいいですよ」


うつらうつらするサクラに、イシルが無理はするなと部屋へ促す。


「いえ、あと一時間は起きていないと」


横になったらそこで終了ですよ。

サクラはシャキッと座り直した。

寝てしまいたいのは山々だが、食べて二時間は起きていたい。


イシルが苦笑いをする。

まったく、変なところ頑固なんだから、と言いたそうだ。


「薬草園って、五の道のほうですよね」


サクラは眠気を払うよう イシルに話しかける。

イシルは今日、治療師のメイが育てている 薬草園に行っていた。


「ええ、五の道は村の中でも魔素の濃い場所ですからね。薬草が育ちやすいんですよ。サクラさんは四の道と五の道はまだ行ったことないですよね」


四の道の最奥は鉱山へと続く鉱道に繋がっており、

五の道は バーガーウルフの裏手にある。


「はい。四の道は職人さん通りだから邪魔になりそうだし……五の道は何があるんですか?」


「墓、ですかね」


「お墓……じゃあ、行くこともないですね」


イシルは ちょっと考えてから サクラを誘う。


「いえ、今度行きましょう」


「お墓参りにですか?」


「昔、僕が住んでいた家があります」


イシルが住んでた家。

そうか、戦争がおこる前はドワーフ村に住んでいたんだ……


「もう形があるかどうか怪しいですがね」


「行ってみたいです!」


「じゃあ、馬を借りていきましょうか」


「馬ですか?」


イシルが意味深に笑う。


「サクラさん乗りたそうにしていたので」


あれ?バレてる?自分だけ馬に乗せてもらってなくてしょんぼりしてたこと……


「別に、馬じゃなくていいですよ、ランに乗せてもらいますから」


イシルがむくれるサクラの提案をやんわり否定する″いいえ、二人で行きましょう″と。″二人きりがいい″と。

ああ、もう!この人は///


「さあ、もう寝てください、折角ランディアを置いてきたんですから」


イシルが再度サクラに寝るよう勧める。

今日のラン引き止め作戦は サクラのためだったんだ。

昨日も、そうだったよね、サクラが疲れてるから 静かな時間をくれたんだ。


そんなイシルの気遣いに サクラは胸が きゅんっ、と 切なくなった。


「もうちょっと……」


もうちょっと一緒にいたい。

ぐずるサクラに イシルが困った顔をする。


「そんなに僕に抱えられてベッドまで行きたいですか?」


「いや、そういうわけでは……」


サクラが慌てて否定する。

申し訳ない、そのまま眠ってしまって気づいたらベッドというパターンは多い。

だけど、せめてあと30分……


「いい加減にしないと実力行使にでますよ」


イシルがソファーから立ち上がろうとする。


してる貴女をベッドまで運んだら何するかわかりませんが……」


「!?」


サクラはしゅたっ、と ソファーから立ち上がるとイシルに敬礼をする。


「じゃ、イシルさん、お休みなさい」


パタパタと逃げるように階段を駆け上がり、ぱたん と 扉を閉めた音がした。

イシルは そんなサクラをリビングから見送り、ふっと笑う。


「貴女は顔に出すぎですよ」


気持ちを隠す気があるんだか、ないんだか……


もうちょっと一緒にいたい。

サクラの瞳が、切なそうに、そう物語っていたから。





◇◆◇◆◇





「子ブタちゃ~ん!遊びに来たよ~ん♪」


バーンと玄関の扉を開けて アスはイシルの家に入る。


「……うるさい」


「あれ?イシル一人?」


リビングに行き、見渡すとイシルが一人本を読んでいて、目線だけあげ、うんざりした顔で見られた。

この冷たい対応もたまらない。

蓄積された感情の記憶にゾクゾク触れる。


「子ブタちゃんは?」


「サクラさんは寝てる」


「もう?」


「疲れてるんだよ」


「ん~、寝顔拝見~」


″ザクッ……″


サクラの部屋へ向かおうとすると、背中からイシルが攻撃してきた。

ザックリ胸を突かれた痛みが走り、その後首が熱くなる。

痛みは強烈な刺激。


アスがニヤリと嗤った。

アスは 刺激を感情と錯覚させ、楽しむ。


ピシッ、と音をならしてアスの首がはねられた。

例のごとく、アスの首に赤い線が入り、すうっと消える。

作り物のアスの体が超回復してくっついたのだ。


「いた~い」


「邪魔するな 折角ランディアを村に置いてきたというのに」


「くすん、一目見たいだけだったのに~アタシ村に入れないしさ、ここ数日 子ブタちゃんもイシルも会いに来てくれないし……」


「今日は勘弁してくれ……なんだ、その箱は」


イシルはアスが手に持っているものを訝しげに見る。


「うふ、ケーキ♪」


アスは箱をテーブルに置き、じゃーん!と あけてみせた。

中には一口のプチケーキが宝石のように並んでいる。


「子ブタちゃんに食べてもらおうと思って」


「サクラさんは食べないよ」


「なんで?」


「甘いものは制限しているんだ、昼ならまだしも、寝る前は食べない」


「あら、残念」


またお菓子が味わえると思っていたけど、今日のところは諦めよう。目の前に美味しい食事イシルもいることだしね。


「じゃあ 先にイシルをいただくわ」


アスは優雅にイシルに近づくと、椅子の後ろにまわり、イシルの首に腕を回し、絡みつくようにすうっと息を吸い込み イシルの感情を食べる。


「ん~///」


清々しく。穏やかで、深い味。

まるで目の前においてあるカモミールのような感情。


「……満たされてる どうしたの?」


この間の混沌とした感情はどこへやら。

それを乗り越えたことでまた一段と味が整い、極まっている。


「詮索するな、食わせないぞ」


「ごめ~ん」


(おかしいな、サクラがイシルを受け入れる筈はないのだけれど……)


「あ、そうだ、貴族連中が訪問しだしたからね、子ぶたちゃんも準備しなくちゃ」


「貴族が来たのか」


アスはぽふん、と 一人掛けソファーに座ると、グラスと酒をどこからともなく取り出し イシルにもすすめる。


「今日は二組きたわ。館に誘導しといた。あ、約束通り村には魔方陣描いてないけど 周りにはひいたわよ。貴族が来たら一旦うちに招いて 改めて村に案内させるから。この辺りは遊び場がないから 湖にボート場も作ったわよ。あんたも子ぶたちゃんと遊びにいくといいわ」


イシルのまとう空気に色がつき、匂い立つ。小さな変化もアスにはわかってしまう。


「……ムッツリ」


「うるさい///」


こんな可愛いイシルは見たことない。

やっぱりイシルとサクラは一緒に手に入れたい。


「案内は誰に?」


「マルクス。今一番子ブタちゃんにるし」


「……意外だな」


アスはふふふと笑う


「子ブタちゃんは きっと全ての悪魔を魅了するわ」


「どういう意味だ?」


「悪魔にしかわかんないわよ」


アスはそう言ってグラスに口をつけた。


「アタシの配下の悪魔はいいけど、他の悪魔には気をつけなさい」


きっと力ずくで奪っていく。させないけどね。


「お前が止めてくれるんだろ」


「勿論アタシも阻止するわよ」


「随分と気に入られたもんだ。は大丈夫なんだろうな」


「アタシ?アタシはあんたのには手を出さないわよ、する」


じゃなければ手を出すと言うことだな」


「ふふふ、さあね」


やっぱりイシルは引っ掛からなかったか……


イシルが眉をひそめるのをみて、慌ててアスがつけ加える。

怒らせたらまずい。

イシルは悪魔を滅ぼすすべを知っている。


「子ブタちゃんの嫌がることはしないわよ、嫌われたくないもん。術も効きにくいし、ね」


とりあえず納得させる。


「サクラさんの準備って?」


「子ブタちゃんには貴族を観察して、市場調査してもらわないとね。ところで子ブタちゃんは今度はいつに行くの?」


サクラは二週間ごとに現世に行くと言っていた。


「明後日の朝だ」


「じゃあ、の宿の乗ってる本を頼んどいてくれる?アタシ古いのしか知らないからさ」





◇◆◇◆◇





サクラはベッドにもぐり込むと すぐに眠りへと引きずり込まれた。

体が石のように重く、ずっしりと沈むような感覚。

ベッドの上に身体だけ残して 後ろへ引っ張られる。


深く……


深く……


堕ちる


眠りへと堕ちていく途中に、またあの光景を見た。

前回より周りがみえる。

冷たい 石畳……


サクラは 石畳の上でソファーにもたれて眠っている人を見かけた。


(あの人、まだあんなとこで寝てる)


夢のかけら――――


起きた時に サクラはやっぱり覚えていないだろう。


その人の髪は 白く長く、流れる水のように床に渦巻いていた。


薄暗い石畳の部屋、遠くに窓が見え、細い三日月がのぞいている。

塔の中のようだ。


(ラプンツェルさんだ)


髪長姫――――入り口のない塔の上に閉じ込められたラプンツェル


(石畳じゃなく ソファーの上で寝ればいいのに)


サクラはそんなことを思いながら そのまま堕ちて通りすぎた。

どろどろと、思考さえ停止するような 深い眠りの奥へ……





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