148話 ラルゴの特訓 6 (カツ丼)
サクラはラルゴを風呂へ追いやると 組合会館のキッチンで晩御飯の支度にかかる。
豚ロース肉を取り出すと、脂身と赤身の間に5ヶ所程、包丁の刃先で切り込みを入れた。
肉縮みを防ぐための筋切だ。
豚肉の両面に塩こしょうをふり、薄力粉を薄くまぶす。
豚肉に溶き卵、パン粉を順につける。
「コロッケ?」
隣で見ていたランが サクラに聞く。
作り方はコロッケと一緒だ。
「ロースカツだよ」
「肉も揚げるんだ」
「今日は揚げるだけじゃないけどね」
″じゅわわわわ~″
170℃に熱した油に 衣をつけたロース肉を入れる。
全体から細かい泡が出て、カツを包む。
カツは入れたらなるべく触らない。
衣がはがれちゃうからね。
二分程したらひっくり返し、さらに二、三分、こんがり色がついて肉に火が通るまで揚げ、網に上げて五分程油をきる。
「ラン 玉ねぎは食べられるんだよね?」
「……オレは猫じゃねぇ」
「だよね」
カツの油をきっている間に玉ねぎをザクザクと繊維に沿って薄切りにする。
「うっ!」
ランが玉ねぎの刺激を感じて ぴょん、と後ろに飛び退いた。
みじん切りじゃないから 涙が出るほどじゃなんだけど。
「なんだ、ラン ここにいたのかよ」
ギルロスの帰宅。
ランは警備隊サボったの?
皆ランがここにいるの知らなかったようだ。
「ギルロスさんお帰りなさい」
「ただいま、サクラ」
ギルロスが声に
いい声でただいまを言われるのはなんだかくすぐったいな。
「帰って来て 女が台所にいるっていいもんだな」
ギルロスがサクラに寄ろうとするのを ランが笑顔で立ちはだかる。
どうやらランが一日組合会館にいたのはこのためだったようだ。
「なんだ ラン、ここで稽古をつけてほしいのか?」
ギルロスが不敵な笑みを浮かべ、ランが応えるように笑い、腰をおとし、身構える。
「行かせねぇ……オレを抜けるもんなら抜いてみろ」
キッチンに殺気が漲る。
″ダンッ!!″
そんな二人の緊張を裂く大きな音がした。
「「!?」」
ランとギルロスは驚いて音の出所に目を向ける。
サクラだった。
サクラは油切りしたカツに 思いっきり包丁を入れると振り返り、ランとギルロスに包丁をむけた。
「二人とも、出てってください」
「サクラ、オレはお前を守るために……」
「つれないこと言うなよ、サクラ」
「邪・魔・です!」
「「……おう」」
ランとギルロスは訳のわからない迫力に押されてキッチンを出た。食がからむと サクラは怖い。
「こんな狭いキッチンで暴れられたら 全部パーになっちゃうじゃん!油もあるっていうのに、まったく」
サクラはブツブツ言いながら 油の切れたカツを切っていく。
因みに、カツは包丁を上から押し付けるように切ると、衣が剥がれず、きれいに切ることができますよ。
「ギルロス、帰っていたんですね」
メイの治療院に行っていたイシルも帰って来た。
「お前、ランをそそのかしたな」
ギルロスが入ってきたイシルに抗議する。
「僕は事実を伝えたまでですよ」
イシルは悪びれもせず、ギルロスを一瞥すると、そのままキッチンに入っていった。
「すみません、サクラさん、今日は薬草園に行っていたので遅くなりました。僕も手伝いますよ、何作ってるんですか?」
「ロースカツ丼です」
「ロースカツ丼?」
イシルも知らないようだ。
そう言えば異世界で丼ものって見たことないな。
「ご飯の上におかずを乗せた料理を丼ものというんですけど、ロースカツ丼は、ご飯の上に卵で綴じたロースカツを乗せて食べるんです」
「美味しそうですね」
イシルは手を洗うと 準備してある合わせ調味料を 小指をつけてなめてみた。
合わせ調味料は水、醤油、みりん、酒大、砂糖、だし と、煮物の基本型だが、サクラが準備したのは現世のスーパーで買ってきた『めんつゆ』に 水と砂糖を加えたものだ。
簡単ですから。
「じゃあ、僕は副菜を作りますね」
イシルは合わせ調味料の味を確認して、何を作るか考えたようだ。
「ありがとうございます」
キッチンの外では 大テーブルの椅子に座って ギルロスがブツブツ文句をたれている。
「なんでイシルは追い出されないんだ」
「料理が出来るからだろ」
ランはいつものことだから気にもしてない。
ひょいっ、と大テーブルの上のポテチをつまんだところで、キッチンからイシルがひょっこり顔を出し、座っているランとギルロスに声をかけた。
「ランディア、もうできるからあまり食べすぎないように、それからギルロスも風呂に入って着替えて下さい」
それだけ言って 再びキッチンに消えた。
「オレ、監視されてる!?」
あまりのタイミングの良さに ランはキョロキョロと上を見て、自分の体に術がかかってるんじゃないかと 体をみる。
「……母親かよ」
ギルロスは席を立つと苦笑いしながら風呂場へ向かった。
サクラは合わせ調味料をフライパンに入れ沸騰させ、玉ねぎを加え煮る。
玉ねぎが、やわらかく煮えてきたら、豚カツを並べて煮る。
″とろ~り″
溶き卵を流しいれて、フタをし、10~30秒、卵に熱を加える。
卵があまり固くなりすぎるのは好みじゃないから、加減が必要だ。
フタを開けて、お好みの卵加減になっていたら完成。
「しまった、どんぶりがない」
丼ものがないんだから、どんぶりがあるわけない。
仕方がないので木製のサラダボウルにご飯をよそい、上にカツの卵とじをのせ、煮汁をすこしかける。
上に三つ葉をのせて完成だ。
イシルが作った副菜は 大根のゆかりサラダ、ミョウガと赤唐辛子の甘酢漬け、茄子の煮びたし、ほうれん草の山かけ、ピーマンとカリカリじゃこのニンニク炒め、キャベツとベーコンとシメジのバター醤油炒め ワカメの味噌汁……
「随分作りしたね」
「簡単なものばかりです。どうせ今日も飲むでしょうから」
そう言って イシルは亜空間ボックスから 口の空いた八海山と 徳利を取り出した。
いつの間に!?
「ラン、出来たから取りに来てよ」
「おうっ!」
ランがキッチンに料理を取りに来る。
はじめの頃は何もしなかったランも、こうやってちょっとずつ手伝ってくれるようになった。
「今日も旨そうだな~」
すんっ、と匂いを嗅ぐ。
「八海山!?」
うん、目ざといな。
燗につけてる最中の八海山に釘付けだ。
「後で出してあげますから、まず食事にしましょう」
「♪♪♪」
るんるんだね、ラン。
料理を運んで食卓が完成する頃、ギルロスが風呂からあがり、ラルゴが二階から降りてきた。
「今日も凄いな……」
ラルゴが感動している。
「ラルゴさんが 験担ぎしたがってたので、カツ丼にしました」
席につきながらサクラが説明する。
「今日のメニューはカツ丼と言って、私の国では『勝負に勝つ』『己に勝つ』という意味を含めて、大事な事の前に験担ぎで食べたりするんですよ」
「サクラちゃんが、オレのために……」
「私はこれだけで、他のはイシルさんが作ってくれました」
「ううっ、ありがとう、オレのためにここまで……」
ラルゴは泣き出す勢いだ。
いや、ピューラーのためですよ?
「「いただきます!」」
カツ丼に箸を入れる。
といっても、サクラとイシル以外はスプーンとフォークだが。
″はぐっ、サクッ″
カツ丼はあえて煮すぎないようにした。
サックりしたところも残したかったからだ。
「んー!」
ロースカツの肉の歯応えがいい!
卵はまぜすぎず、軽く混ぜ、あえて白と黄色のコントラストがでるようにし、ふんわり仕上げにした。
ああ、卵にくわえ、甘いタレがご飯にしみて 食欲を掻き立てる!
見ると、ラルゴもランも、カツ丼を掻き込んでいる。
「美味しい、美味しいよ、サクラちゃん」
ギルロスも エールを片手に旨そうに食べている。
サクラは笑いながら味噌汁を飲む。
「ふぅ」
あっさりワカメの味噌汁が、主役のカツ丼を引き立てる。
イシルはよく考えているな と思う。
大根のゆかりサラダ。
千切り大根にゆかりを加えて揉んだだけなのに、さっぱり美味しい。
皆がカツ丼を食べ終わる頃、イシルが自分とサクラの食器を下げ、熱燗を持ってきた。
「では、僕達は帰ります。ランディアはどうせ今日も泊まって来るんでしょう?」
ランは お猪口に注がれた酒を ふうと冷ましながら ヒラヒラと手をふった。
この酔いどれ猫め……
「行きましょう、サクラさん」
「はい」
サクラとイシルは 地下の魔方陣へと消えていった。
「いいのか?二人にして」
ギルロスがクイッ、と お猪口をかたむけながらランに聞いた。
「いいんだよ、今日は。サクラゆっくり寝たいだろうし」
ランもぬるくなった八海山をあおる。
まろやかな液体が喉を通り、カーッと胸が熱くなる。
「くぅーっ、効くー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます