145話 ラルゴの特訓 3 (ポテチ)







「じゃあ、作るのでラルゴさん、覚えてください」


作りだ。

サクラはピューラーを使って ジャガイモをスライスする。


″シャカッ、シャカッ、シャカッ……″


薄くスライスされたジャガイモが水の入ったボウルにヒラヒラと舞い落ちる。


「うわー」

「すごいはやーい」

「キレイ」


サクラの手さばきに 子供達が手品を見ているような目で次々とスライスされていくジャガイモをみつめている。


スライスし終わると、サクラはジャガイモをザルにあげ、風魔法を使い水気を飛ばした。

現世ならキッチンペーパーを使うか、冷蔵庫に一時間程入れて水気を飛ばすところだが、異世界は楽でいい。

もうおわかりだろう。そう、ポテチを作るのだ!

じゃがいものでんぷんをキレイに洗い流すことがパリッと仕上がるコツ。


移動加熱台カセットコンロで油をあたためる。


ピューラーでスライスされたジャガイモは 薄いので油の温度はあげすぎないよう注意が必要だ。

それと 薄くてくっつきやすいから入れすぎないように。

ほんとはね、も少し厚めが好みだが、今回はピューラーが主役だから、薄いポテチづくり。


″ジュワッ――――″


サクラがジャガイモを熱した油に入れる。

箸でくっつかないように離しながら、柔らかいジャガイモがパリッとしてくるのを待つ。

そして、キツネ色になるちょい手前で取り出し油を切る。


仕上げに塩をパラリとかける。


「うわ!なにそれ」

「見たことない!」


「ポテチだよ、どうぞ」


「「うん!」」


女の子たちはそれぞれ一つずつつまむ。

キャー、わぁ!と、感嘆の声をあげる。

ラルゴも一つつまんでみた。


″パリッ、サクッ″


「!?」


(なんだこれ!イモを薄くして揚げただけでこんなに旨いの!?)


ラルゴが驚いてサクラを見る。

サクラがにんまりとラルゴを見る。


「コレがラルゴさんの味方になります」


(客の目の前でやって見せる実演販売……これで客を集められる。客を魅了するにはサクラちゃんみたいにできなくては……)


サクラが厳しく指導してくれている理由がわかった気がした。


サクラは ポテチをペーパーをひいたカゴに入れ、男の子たちの分を外へと持っていく。


「ラルゴさん、続き お願いしますね」


「……はい」


ラルゴの目の前には 皮を剥き終わった大量のジャガイモたち。

これをスライス……


「私たち見張ってるから大丈夫よ!サクラ。サクラもちょっと休憩してよ」


「ありがとう、エイル」





◇◆◇◆◇





サクラは広場にでると、備え付けのベンチにポテチのカゴを置く。

広場ではギルロスが男の子たちの剣の相手をしていた。

と、いっても、木の棒をもって、チャンバラごっこである。

ギルロスは男の子四人を相手取り 余裕で立ち回っていた。


「そうだ、トム、良いぞ!」


″カン、カンっ……″


「シムズ、もっと思いきってかかってこい!」


「くっ、」


″ヒュン、ビュンッ……″


「そうだ、その調子!当たらないけどな」


「ギル!早すぎるよ!」


「アハハハハ!」


なんというか、大人げない気もするが、楽しそうだ。

ギルロスは強面コワモテイケメンだが、気さくで親しみやすい。

屈託がなく人懐っこい シベリアンハスキーみたいだ。

サクラは想像して笑ってしまった。

大きな犬にじゃれる子犬たち……

ギルロスが子供に人気があるのがわかる気がする。


「おっ、サクラ!」


ギルロスはサクラを見つけると、男の子たちの攻撃をヒョイヒョイかわし、サクラのところに駆けてくる。


″バサッ″


「なっ///」


サクラの目の前でおもむろに赤い騎士服を脱ぐと サクラに投げてよこした。


(騎士服の下はランニングだけですか!?)


嫌でも逞しい胸板に目を奪われる。


「持ってろ」


そう言うと、広場に散らばる子供達を集めてまわる。

わーっ!と男の子10人くらいがカゴのまわりに集まり、ポテチに手を伸ばした。


「まだ食うなよ!」


後ろからギルロスのいい声が子供達に飛んできた。

ギルロスは、砂遊びをしていた三歳くらいの男の子を一人肩車して右手で支え、もう一人を左手に抱えて戻ってきた。


「まず手を洗え」


「「はーい」」


「トム、ザムザ、ガス、シムズ、お前らもう水魔法使えるだろ」


ギルロスは 水魔法で 全員に手を洗わせる。


(凄いな、全員の名前覚えてるんだ)


サクラは会館の段になっている石畳に腰かけて、それを眺めていた。

ギルロスはしゃがんで三歳の男の子の手をひらいて 洗ってやっている。


(面倒見がいいなぁ)


だからギルロスの元に人が集まるのかもしれない。


「なんだ、サクラ そんなとこに直に座って、冷えるぞ」


ギルロスは子供達から解放されると サクラの隣に腰かけた。


「大丈夫です」


「オレの服敷いてりゃよかったのに」


そう言ってギルロスは 騎士服をサクラから受け取り、敷こうとする


「あわわ、ギルロスさん、大丈夫です!」


「なんだ、汗くさいか?」


ギルロスは 上着をすん、と嗅いでみる


「そんなことないですよ」


やっぱりシベリアンハスキーだ、と サクラは笑ってしまった。


「そうか、じゃあ、着てろ」


ギルロスは 騎士服をバサッと サクラの頭から被せた。

なんというか……

汗くさくはないんだけど 男臭い匂いがして落ち着かない。

野性的な 抗えない感じの匂い……ドキマギしてしまう。


「あ!サクラ、赤ずきんちゃんだ~」


エイルが中から出てきた。

赤い騎士服を被ったサクラが さっき聞いた『赤ずきんちゃん』を連想させたようだ。

エイルは手にラルゴが作ったらしいポテチをもっている。


「サクラ、ラルゴが作ったの食べてみて~」


サクラは一つつまむ。

ギルロスもつまむ。


「うん、美味しい」


ああ。久しぶりのポテチ。しかも手作り!


「旨いな」


ギルロスのお墨付きをもらった。ラルゴは大丈夫そうだ。


「サクラー!もうないの?」


トムが呼んでいる。


「これ、もってくね」


エイルは残りを男の子たちのところへと持っていった。


「サクラの作るものはやっぱり旨いな。後でに送っていいか?」


「どうぞ、まだたくさんありますから」


ラルゴが頑張って作成中だ。


「ギルロスさんはいいお父さんになりますね」


「そうか?」


「はい、頼もしいです」


今日見たギルロスは自然体で、優しさがにじみでていた。

ギルロスはふふふと笑うサクラを愛しそうに見つめる。


「なってやってもいいぜ」


「え?」


に」


「あ、えーと、私のお父さんに?」


「そう思うか?」


「え、えーと……」


そんなわけない。歳が近いのに。


「サクラ」


ギルロスのまとう空気がかわり、サクラを呼ぶ声に 一層が乗る。


「オレの子を産むか?」


(にええぇ!?)


ギルロスの獣のように鋭い目がサクラをとらえて放さない。

サクラは肉食の獣を前にしたときのように見すくめられる。


――――赤ずきんちゃんと

おばあさんに化けた狼――――


″お婆さんの目はどうしてそんなに鋭いの?″


「オレだけを見ろ、サクラ。この瞳はお前をうつすためにある。生涯お前だけを見つめ続ける」


ギルロスの腕がサクラの背にまわされる。

後ろに体を引くサクラを赤い騎士服ごと片手で包み 傾くサクラを支えるように抱き留める。


″お婆さんの手はそんなに大きかったかしら?″


ギルロスに引き寄せられる。

タフで力強い肉体……ふとい腕、分厚い胸板

ギルロスの野生の匂いが絡みつく。


「オレのこの手は お前をこの胸に抱くためにある。オレにその身をゆだねて オレの胸で眠れ」


ギルロスはそのままサクラの耳に口を寄せる。

よく響くギルロスの声が 耳から入り、胸に響く。


″お婆さんの声、そんなだった?″


「オレの声はお前の耳にささやくためにある。愛を囁くためにだ、サクラ」


「っ///」


ギルロスの頬がサクラの頬にふれる。

耳に ギルロスの唇が 直接声を送り込んでくる


″お婆さんの口はどうして…………″


「それから この口はおまえにくちづけるためにある」


すうっ、と ギルロスが頬を滑らせ、唇が頬を伝い サクラの唇に移動してくるのがわかる


「ちょっ、まって……」


「待たない」


「あー!赤ずきんちゃん 狼さんに食べられちゃうのー!?」


エイルがこっちをみている


「ほら、ギルロスさん、子供がみてますっっ!」


「社会勉強だ」


サクラは固く目をつぶる。

ギルロスの唇がサクラの頬をくすぐりながら サクラの唇に到達する――――


″ガシッッ″


「バカなこと言ってるんじゃありません」


イシルの声がした


「おっ?」


イシルはギルロスのランニングをひっつかむと 後ろにぐいっと引っ張った。


「狩人さんだ~」


エイルがほっとした調子で叫ぶ。


「子供の前で口説くなんて不謹慎ですよ」


そう言ってギルロスを引っ張りあげ、立たせると、サクラに被せてある赤い騎士服を掴み、ギルロスに押し付けた。


お前イシルがいない時は今くらいしかなかったからな」


ギルロスは悪びれもせず 渡された騎士服を羽織る。

イシルはサクラを立たせると 自分の腕の中に隠した。


「惜しかったな」


ギルロスは イシルの腕の中のサクラにそう言うと ポテチを食べにベンチに向かった。


(びっっくりした~~)


イシルは腕の中で硬直しているサクラをジロリと睨む。


(え?)


サクラはチラッとそれを目だけで見上げて すぐに反らした。


(怒ってる……)


「何故ランディアを呼ばないんですか」


頭の上からイシルの固い声が降ってきた。

サクラはイシルを見ないまま答える


「だって ギルロスさんは魔物じゃないし……」


「はぁ~……」


イシルのでっかいため息


「ギルロスは魔物ではありませんがケダモノですよ。魔物より厄介だ、まったく」


「…………」


返事のないサクラにイシルが問う。


「嫌じゃなかったとか?」


「なっ、なにいってんすか!」


思わずサクラはイシルを見上げる。


「あそこで目を閉じるなんて……」


イシルは はぁ~、と、さらに大きなため息を吐いた。


(私が悪いの~~~~!?)


バツがが悪くなって、サクラはイシルの腕の中から脱出を試みた。


「ラルゴさんは、どうしてるかなぁ~見に行かないと!」


「はい、行きましょう」


脱出は失敗した。


イシルに捕まったまま組合会館の中に戻ると、エイルが組合会館の中で 赤ずきんちゃんの話を他の女の子たちに話して聞かせていた。


「でね、赤ずきんちゃんが 狼に食べられそうになったところに狩人さんが現れて 赤ずきんちゃんをたすけてくれるんだよ!ねっ、サクラ」


「う、うん」


なんだか結末が少し違うが、エイルはを赤ずきんちゃんの続きだと解釈したらしい。

もう、そういうことにしておこう。

おばあさんには悪いが。


ラルゴは ジャガイモのスライスを半分程終わり、机に突っ伏していた。


「サクラちゃん、もう 手が……」


イシルがラルゴに近づく。


「ラルゴくん、こんなに頑張ったんですね サクラさんが外で間に」


(うわっ!根にもってる!)


「イシルさん……」


ラルゴがうるうるとイシルに助けを求める。

イシルはラルゴの両手を自分の手でそっと包む。


「!!!」


ラルゴが目をぱちくりさせる。


″ヒール″


イシルが回復魔法をラルゴに使う。

イシルに包まれた手がじんわり暖かくなり、ラルゴは手の疲れが癒されていくのを感じる。


「イシルさんんっっ!!」


ラルゴがイシルの手を がばっと握り返し、イシルが笑顔でそれに答えた。


「それだけ元気があれば、まだ頑張れますね」


「え?」


「君は出来る子です」


「まだ……やるの?」


イシルの素敵な笑顔と共に 再び地獄に突き落とされたラルゴであった。


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