146話 ラルゴの特訓 4







「へぇ~、コレがサクラが食べたがってたポテチか~うめーな」


ランが 組合会館のテーブルの上に置いてあるポテチをパリパリ頬張りながら誰ともなしに話しかける。


「エールにも合いそうだし」


手が止まらないようだ。

あの後ラルゴの特訓は夕方まで続いた。

ポテチにしきれなかった皮むきジャガイモは 銀狼亭に運ばれ、大量のポテチは 今日のとして、銀狼亭でふるまわれる。


片付けもそこそこに、椅子に座って呆けているラルゴのもとに、サクラが近づく。


「ラルゴさん、お風呂沸いたので入ってください」


「へ?」


「今日はお疲れ様でした。はい、着替えです」


サクラがラルゴに着替えを渡してくれた。


「サクラちゃん……」


オレのために甲斐甲斐しく風呂の準備を!?


「湯船に浸かって、ゆっくり疲れを取ってくださいね」


「ありがとう」


いつものサクラだ。


「今日は 無理をさせてしまってすみません、時間がないとはいえ、詰め込みすぎましたね」


サクラが申し訳なさそうにしている


「大丈夫だよ、サクラちゃん、イシルさんに回復魔法かけてもらったし!」


「そうですか?」


「俺はやる時はやる男だぜ?」


ラルゴはキメ顔を作っていサクラにむける。

サクラの顔が明るくなった。

やっぱりサクラは笑顔がいい。


「じゃあ、明日もがんばりましょうね!」


「え?明日……も?」


「はい」


(もしかして、オレ、この笑顔に騙されてる?)


そんなことはなかった。

サクラが準備してくれたお風呂には ハーブのような、柑橘類のような匂いがしていて 疲れた心をほぐしてくれた。

湯船に浸かると その香りとともに 臼緑色のお湯が体の内側からぽかぽかとあたためてくれる。

不思議な お湯だ。命の泉のようだ。

浸かったことないけど。


(一生の中で一番頑張った日だな……)


ラルゴは湯につかりながら ぼんやり思考する。

今まで何かをこんなに必死になってやったことなんてなかった。

楽に生きれればそれでいいと思っていたし、ある程度そつなくこなしてしまうので、誰にもそれ以上求められなかった。


疲れてはいるが、嫌な気分はしなかった。


渡されたタオルも着替えもふかふかで 更にラルゴの気持ちが癒された。

サクラは本気でラルゴをサポートしてくれているのだ。

出発まで二日間しかないから。


風呂から上がると、特訓で散らかっていたテーブルにはイシルとサクラが用意してくれた食事が並んでいた。

一緒に特訓に付き合ってくれた上に、片付けをして、食事まで作ってくれて……

ラルゴは 本当にありがたく思った。


「じゃあ、僕たちは帰ります」


サクラとイシルとランは帰り支度をする。


「なんだ、一緒に食っていけよ」


ギルロスがサクラに近寄り、夕食に誘う。

が、イシルがさりげなくサクラを誘導し、ギルロスとの間に入り、誘いを断った。


「サクラさんは残念ながらこの料理は食べられないんです」


そう、今日の組合会館晩御飯は糖質の多いジャガイモづくし。

サクラの食べられるものはない。


「酒に合う料理ばかりなので これを」


″ドンッ″


イシルが亜空間ボックスから酒を取り出し、料理の横に置いく。

アスからもらった『悪魔の酒』だ。


「酒っ♪」


ランの目がきらんと輝く。


「ランディアも食べていったらどうですか?」


イシルがすかさずランに提案する。

イシルがランに酒を進める時は 何かある時……


(ラン!誘惑に乗っちゃダメー!)


サクラは切望する。今日はイシルと二人にしないでと。

昼間のギルロスとのことで、帰ったらきっと説教タイムに突入してしまう!


「う~ん、いや、家で飲む」


(ランが酒を断った!奇跡!)


ランの返事に サクラはホッと胸を撫で下ろす。

ランには悪いが中和剤になってもらおう。


「アスの酒はそれで最後ですよ」


「えっ!」


イシルの言葉が ランの心に揺さぶりをかける。

ああ、ランの心がアスの酒に傾いているのが見える。


(マズイ!何とかしなければ!)


「ほら、八海山!卵酒作った日本酒あるし!」


サクラが起死回生をはかり、ランが飲みたがっていた八海山を引き合いに出した。

さあ、こい!


「そっか!アレがあったな」


(よしよし)


しかしイシルが引くわけもない。


「この料理は酒に合うと思いますよ?味も濃い目にしてあります」


ランがテーブルに目を向ける。

ジャガイモを中心とした居酒屋メニューが並んでいる。

イシルが家で作る料理は美味しいが薄味が主流だ。


「確かに旨そうだな……」


ランが再び揺れている。だが弱い。


(頼む、ラン!帰ると言ってくれ!)


ここでイシルが駄目押しの一言を加えた。


「ちなみに今日の夕御飯はです」


…………終わった。


猫舌で野菜嫌いのランが 野菜鍋を食べたがる訳もなく――――


「オレ、ギルと飲んでくわ!」


結局サクラはイシルと二人で家に帰るはめになった。


組合会館の秘密の地下室 階段下の脇にある 家へと帰る魔方陣。

イシルが魔方陣の上に先に立ち、サクラが魔方陣へと入る。

小さな魔方陣に入るために サクラがイシルのそばに寄り、服をつかむ。


イシルは この瞬間が好きだ。

この時だけはサクラが 自分からイシルの腕の中に来てくれる。

遠慮がちに 下を向いて。


イシルは すぐには 魔方陣を起動させない。

そうすると、下を向いているサクラが ″まだ?″と イシルを見上げるから。

イシルを 見つめるから。


「もっと寄らないと起動できませんよ?」


サクラがイシルにしがみつく。

ぎゅっ、と。

本当は起動できないことはないのだけれど。


そうしてイシルは ようやく魔方陣を起動させる。

両手でサクラを包みこんで……





◇◆◇◆◇





家に帰ると サクラはすぐに風呂へと追いやられ、風呂から上がると、晩御飯の鍋の準備が終わったイシルが リビングの長椅子ソファーに座っていた。


ああ、やはり麗しい。

サクラはリビングの入口で 悠然と座るその姿に見惚れてしまう。


イシルはサクラを見留めると 読んでいた本をパタンと閉じて、自分の隣を ポンポン、と叩く。

ここに座れと言うことだ。


サクラは観念して イシルの隣に座る。

説教タイムの始まりか……


「食事はあと10分程煮れば出来上がりますから」


説教は10分以内におわるということだな。よし。


「右手を出してください」


「……はい」


サクラは素直に右手を差し出す。

イシルは出されたサクラの手を左手でとり、手のひらを上にむけると、右手でにぎりこみ、親指を使って サクラの手のひらの真ん中を押した。


″むにっ″


ゆっくりと、気持ちの良い圧をかけながら サクラの手のひらを少しずつ位置をかえ押していく。


″もにっ″


「あの、イシルさん、何を……」


説教が始まるとばかり思っていたサクラは 軽くパニックだ。

イシルはサクラの親指の付け根をゆっくり押す。


「サクラさんだって疲れたでしょう、今日は」


ハンドマッサージだ。

イシルの手が サクラの手のひらをにぎり、押しほぐしていく。


「いや、あの、ヒールで大丈夫ですので///」


これは、恥ずかしい!気持いいけど恥ずかしい!


「自然に治るものなら回復魔法は使いたくないんです。時間がないのでラルゴくんには使いましたけどね」


「そう、ですか」


「痛くないですか?」


「……気持ちいいです」


「良かった」


イシルの手がサクラの手のひらから指先へと移動する。

大きい手が、ぎゅうっ、と 心地よく動いていく。


「人に教えるというのは 疲れるでしょう」


イシルは器用そうな長い指で、サクラの指を1本ずつ付け根から指先に向けて揉んでいき、指先を強くつまむ。


「そうですね、久しぶりでしたし」


イシルは指の内側も丁寧にマッサージしてくれる。

付け根をほぐし、指でつまんで圧をかけながら指先へ。

うぅ、気持ちいい、やばい……


「相手を動かそうと思えば 教える方はその二倍考え、二倍動かなくてはいけませんからね」


指先までほぐし終えると イシルは自分の手でサクラの手を握るようにして手の甲を揉む。


「怒るのも疲れますよね。言いたくないことも言わなくてはいけません。いつも穏やかな貴女にしてみたら 大変なことでしょう」


なんだろう、手をマッサージされているだけなのに、心がリラックスしていく。


正直サクラは今日はやりすぎたかなと思っていた。

ラルゴは料理はやらないと言っていたのに、無理強いした気がしていた。

言いすぎたかと 罪悪感もあった。


イシルは、そんなサクラを気にかけてくれていたんだ。


(やっぱり、この人が 好きだ)


イシルは再び手のひらを上にすると サクラの手首から肘にむけて 握るように腕をほぐしていく。肘の付け根まで。


「腕がパンパンですよ。がんばりましたね」


「……ありがとうございます」


「左手も 出してください」


「いえ、イシルさんが疲れちゃいますよ」


「気にしないでください。僕は貴女に触れていたいだけですから」


「っ///」


「僕も今、癒されてるんです」


(またそんな事を恥ずかしげもなく……)


「さあ、左手を貸してください」


イシルは サクラの左手をとると、右手と同じように揉みほぐす。


「小さい手だ……」


サクラは 下をむいてサクラの手をほぐしてくれているイシルの顔を見る。

伏し目がちな目、

長い、睫毛……


「無理はしないでくださいね」


「はい」


イシルがサクラの手のひらを、いたわるようにゆっくりと押し、指先を丁寧にほぐす。


形のいい キレイな眉……


「僕もいますから 頼ってください」


サクラはイシルの眉に 吸い寄せらるように手を伸ばしていた。

すうっ、と、指でイシルの眉の形をたどり、撫でる。

イシルの眉の手触りを指に感じながら。


イシルが目線をあげ、サクラは驚いたイシルの瞳とぶつかる。


(あ、やばっ……)


サクラはあわてて右手を引っ込めた。


イシルの心の距離がサクラに近づき 親しみを込めて瞳で笑う。愛情を乗せた眼差で。


握っていたサクラの手の甲をイシルがいつくしむように 親指でついっ、と撫でる。


「イシルさん、もう大丈夫です」


サクラがマッサージしてもらっていた左手を引く。

イシルは放さずサクラの手首をかえし、腕を――――引いた。


「イシルさんっ///」


サクラを、胸の中に引きずり込む。


「我慢してたのに、手を出したのは貴女だ」


サクラを胸に押し込めたイシルが サクラの頭に頬をすり寄せる。


「貴女の記憶にギルロスの匂いが残ってるのは嫌なんです」


「あの///でも」


「少しだけ……」


半分はサクラが招いてしまったことだ。

サクラは抵抗するのを諦めた。

イシルの望むサクラとの二人の時間が流れる。


砂糖菓子ようなひととき――――

イシルはただただサクラの頭を優しく撫でてくれた。


″グッツ、グッツ、グッツ……″


「……イシルさん」


「何ですか」


″グッツ、グッツ、グッツ……″


「お鍋、大丈夫ですかね?」


「鍋、ですか?」


イシルに捕らわれているサクラは イシルの腕の中にいても どうやら野菜鍋が気になるらしい。

……火から下ろしておくべきだった。


「僕は野菜鍋以下ですか……」


イシルのライバルは ギルロスでもランでもなく食べ物のようである。

結局 サクラとイシルは くったくたになった野菜鍋を食べるはめになった。







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