143話 ラルゴの特訓
今日から二日間、サクラはラルゴの特訓のため、バーガーウルフはお休みすることになった。
新人のヒナが入ったこともあり、バーガーウルフの人員には余裕がある。
いつものように イシルとランの三人で組合会館にやってくると、ランは警備隊の駐屯所へ、サクラとイシルは ラルゴの特訓の準備にかかった。
「つきあわせちゃってすみません、イシルさん」
「いいんですよ」
サクラは 異世界の文字の読み書きができない。
昨日、家に帰ってから 異世界の平仮名のようなものをイシルに書き出してもらったが、すぐにどうにかなるわけではなかった。
取り敢えず昨日は日本語でやり方をまとめるだけで終わってしまった。
今日は ラルゴの実演販売の台本を イシルに代筆してもらおうというのだ。
組合会館にラルゴは いなかった。
昨日サクラが指示をした『ピューラーマスター』になるために銀狼亭に ジャガイモの皮むきに行っているのだろう。真面目でなにより。
サクラとイシルは テーブルの角をはさんで
「まず、人を集めるためにベルか何かを鳴らします……」
イシルがサクラの言葉を 紙に記していく。
昨日まとめておいた資料を見ながらサクラが話す。
人をあつめ、実演しながらする商品の説明文。
やり方の流れ、客とのやり取りのコツなど、サクラが現世の通販番組で見た内容を元に。
流れるような文字とするすると走るイシルの手。
羽ペンに添えられた長い指から 文字が模様のように紙に記されていく。
「これで、いいですか?」
イシルに声をかけられて、サクラはイシルの綴る文字に
「ありがとうございます」
「疲れましたか?」
「いえ」
書き物をするイシルに見惚れてたなんて言えない。
「お茶をいれてきますよ」
イシルはサクラが疲れたのかと、お茶をいれにキッチンへと立った。
「すみません」
サクラは イシルが書いてくれた台本を見る。
昨日イシルが教えてくれた平仮名文字も記してある。
「『し』、『は』、これは……『こ』、いや、、『に』?」
「読めますか?」
「いえ、まだ……」
サクラが読める文字だけ拾って読んでいると、イシルがサクラの前にカップを置き、元の席に座った。
ミントのいい匂いがする。
「これは読めますか?」
とん、と イシルが文字を指す。
「ほ」
とん、
「し」
「正解です。じゃあ……」
とん、とん、とん と イシルが三文字続けて指差す。
「『み』、『ん』……最後が解りません」
「『と』です」
「ああ、ミントですね」
「はい。これは?」
とん、とん、とん と、また三文字。
これはわかる。一番はじめに覚えた。
「『い』、『し』、『る』、イシルさんです」
イシルがにっこり笑う。
「覚えが早いですね」
ほめられて嬉しい。
サクラがちょっと得意気に笑う。
「イシルさんの文字が綺麗だから 頭に入りやすいんです」
なんだか読めそうな気がしてきた、さあ、次は?
イシルはテーブルに肘をついて頭をのせ、サクラを斜向かいから眺めながら文字を指差す。
「……これは?」
とん、とん と 二文字を示す。
サクラは はりきって答える。
「『す』、『き』、好きです!」
サクラは顔をあげ、笑顔でイシルに伝えた。
イシルがニヤリと広角をあげている。
「はうぁっ!?」
「あはははっ!」
サクラが自分の発した言葉に驚き、イシルが声をあげて笑う。
イタズラが成功した子供みたいに。
……やられた
「もう一度、言ってください」
イシルが甘えたような声でサクラにねだる。
「……」
「出来れば前の文字とあわせて……サクラ」
「っ///」
今日はそういう攻撃ですか!?
前のと合わせたら『イシルさん好き』になっちゃうでしょ!
言えるかっっ!!
「……わかりません」
「おかしいですね、さっきは読めたのに」
「読めませんっ///」
くすくすとおかしそうにイシルがわらう。
「あ、ラルゴくん、戻ったんですか、ご苦労様です」
いつの間にか入り口にラルゴの姿があり、イシルは機嫌よく声をかけた。
「あ、お帰りなさい ラルゴさん」
サクラもラルゴに声をかける。
この激甘空気を打破してくれる人が来た!と、期待のこもった目で。
「ただ、いま……」
◇◆◇◆◇
ラルゴは肩を揉みながら組合会館に帰ってきた。
朝からジャガイモの皮をむき続けて 腕が痛い。
開けっぱなしの会館の扉から ミントティーのいい香りが漂っている。
(サクラちゃんがいるのかな?)
ラルゴは会館扉の前に立つ。
「あはははっ!」
(!!?)
イシルが、笑っている……
イタズラが成功した子供みたいな、無邪気な笑顔で。
(ぐはあぁぁ!!)
ラルゴはその場にフリーズした。
イシルの100万ボルトの笑顔に撃たれて。
(なんだ……これは……)
楽しそうに笑うイシルと恥ずかしそうに戸惑うサクラ。
ラルゴはその場の甘い空気に包まれる。
(ここは 楽園か!?)
「あ、ラルゴくん、戻ったんですか、ご苦労様です」
(イシルさんが笑顔でオレを労ってくれている!)
「あ、お帰りなさい ラルゴさん」
(サクラちゃんがキラキラした瞳でオレを迎えてくれる!)
「ただ、いま……」
(絵に描いたような理想郷……)
「サンミがこれを持たせてくれたんだけど」
ラルゴは 銀狼亭でサンミがお昼にと持たせてくれたホットドックを取り出した。ちゃんと三つある。
「わあ!サンミさんのホットドック美味しいですよね!」
「僕がスープを作りますよ。特訓は食べてからにしたらどうですか?」
(イシルさんがオレのためにスープを!?オレ、今日死ねる……)
「じゃあ、ラルゴさん、これ台本です。お昼ごはんが出来るまで読んでてください。憶えてくださいね」
「はぁい」
ラルゴの不抜けた返事に苦笑いしながら サクラはキッチンにイシルの手伝いに行った。
ラルゴは座ってサクラに渡された書類に目を通す。
随分美しい字だ。サクラが書いたのか?
扉のないキッチンは ラルゴが座った位置から見える。
料理をするイシルとサクラの後ろ姿。
時折イシルを見上げてサクラが何事かを話し、イシルがそれを目で答えている。
そんな楽しそうな二人を ラルゴは鼻の下を伸ばしきって幸せそうにながめる。
(新妻が、一人……むふっ、新妻が、二人……くふふ、ああ、ハーレム.。:*+゜゜+*:.。.*:+)
この時ラルゴは 思いもしなかった。
この後 地獄の特訓が待っているだなんて…………
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