142話 ビスコッティ
アイリーンのお土産は楕円形の固いクッキーだった。
あざみ野町はイタリアンだから、これは『ビスコッティ』だ。
サクラは組合会館につくと、早速お茶を入れる。
ビスコッティには濃いめのコーヒーのほうがあう(個人的に)が、ここにエスプレッソマシーンはない。
リュックからインスタントコーヒーを出し、少し濃いめに入れる。
「イシル、なにしてくれてんだよ――――!!」
アイリーンと威嚇し合っていたランが組合会館に飛び込んできたようだ。
(ランが来た。もう一杯いれなきゃ)
インスタントはこういう時楽でいい。
また買ってこよう。
コーヒーはソーサではなく、ソーサより少し大きめの皿にカップとビスコッティ二個、スプーンを添えて イシルとランとラルゴの前にだした。
ミルクのピッチャーに 今日は温めた牛乳をいれた。
コーヒーが濃いめのだからね。好みでカフェオレにできるよう、シュガーポットと一緒に中央に置く。
「アイリーンのあざみ野のお土産です」
どうぞ、と促して サクラも席につく。
サクラは糖質制限のため、ビスコッティは一つだけにしておく。
ビス=もう一度
コッティ=焼く
ビスコッティは二度焼きして水分をとばすので、ものすごく固い。
その分日持ちするので 保存食としても重宝する。
現世で言う乾パンみたいに。
サクラは コーヒーを一口飲んで ビスコッティに噛みついた。
人差し指くらいの楕円のビスコッティ1/3くらいのところに。
「ガキッ、ゴリッ」
驚くほど固い。
上品に手で割ろうなんて、無理ですよ?
ゴリゴリとした生地のハードな食感に加え、ナッツがゴロゴロはいっていて、噛みごたえ抜群!
この固さがクセになる。
粉の風味を感じる。素朴な味わい。
「ん~」
次はつまんでコーヒーに浸す。
堅焼きにしてあるから、コーヒーに浸してもすぐには生地がこわれない
サクラは コーヒーに浸した部分を口に入れて噛み折る。
「ザクッ、ボロッ」
コーヒーを含んだビスコッティが 口のなかでホロホロと崩れる。
しっとりとやわらかくなっているのに、粉々感が残る独特の食感。
水分のとんだ生地がコーヒーをスポンジのように吸い、しみわたっていて、ビスコッティのほのかな甘味に コーヒーの豊かな香りが混ざり、複雑でビターな味わいに。
「んん~」
この、コーヒーに浸す前と後の違いを楽しめるのもビスコッティの魅力の一つだ。
サクラは コーヒーにミルクを多めに入れてカフェオレにすると、最後の一欠片のビスコッティを カフェオレに浸し、口に入れた。
「んふっ///」
ああ、やっぱり。
ミルクのふんわりとした甘味が加わり、ビスコッティに良く合う!
これね、「直接浸す」じゃないとだめなんですよ。
口に入れて、コーヒーを飲んでも一緒じゃないか!と お思いでしょうが、違うんですよね。
こればかりはやってみないと その良さはわかりません!
例えるならば、
スープとパンを『別々に食べる』派
スープにパンをつけてたべる『つけパン』派←今日コレ
スープにパンを浸して食べる『ひたパン』派
の こだわりのようなものだ。
ビスコッティは素朴なお菓子。
一度で三回美味しい 嬉しいお菓子。
「ふはっ///」
サクラはミルクコーヒーを飲み干して 視線を感じた。
「ん?」
イシルとランがサクラを見ている。
ランは何故かラルゴの目に手をあてて目隠ししてて、ラルゴがはがそうと バタバタ足掻いている。
「私、何か、した?」
「した」
ランが赤い顔して ぶっきらぼうに答える。
「サクラ、オレたちがいるの忘れてただろ」
「へ?」
どうやらビスコッティに気をとられて まわりを
「家以外でその
顔がダメって、失礼だぞ、ラン。
◇◆◇◆◇
サクラは モルガンが作ったピューラーを手にする。
「全て金属にしたんですね」
ステンレスのような金属でできたピューラー。
持ち手も木ではなく 金属にしたようだ。
そのフォルムは繊細で洗練されている。無駄がない。
おしゃれなキッチンにありそうなピューラーだ。
「モルガンさんって、センスある……」
「ああ見えて 村一番の鍛冶職人ですから」
イシルが「みえないでしょう?」と笑う。
指に沿うウェーブ型でロングサイズのハンドルは ステンレスを曲げて形を作り、しなるので、どこを持っても手になじんで滑りにくい設計になっている。
サクラはキッチンからジャガイモを持ってきて、皮をむいてみる。
″シュッ、シュッ″
刃は回転刃だが、回りすぎないようになってる。
切れ味の良い刃が斜めについているので刃がスッと入って切りはじめがスムーズだ。
刃を良く見ると、等間隔に、小さな溝がついていて、むいた皮が食材とくっつきにくくなっている。
端には芽取りのための突起もある。
「凄い、ストレスなく皮がむける」
勿論、手に刃が当たっても切れない。
これは、凄い!
サクラは
「ラルゴさん、使ってみました?」
「いや、料理はからっきしだから……」
サクラは ぐいっと ラルゴに近づくと、ラルゴの手に ガシッとピューラーを握らせる。
「さっ、サクラちゃん!?」
「ラルゴさんっ、、特訓しましょう!」
「特訓?なんの?」
「実演販売です!」
◇◆◇◆◇
(うぉ――――!サクラちゃんがオレの手を強く握っている!!)
実際はピューラーを握らせただけだが。
「さっ、サクラちゃん!?」
(サクラちゃんの熱い瞳がオレを見つめている!!)
ピューラー販売のアイデアが浮かんだだけですが。
「ラルゴさんっ、特訓しましょう!」
(特訓!?サクラちゃんと二人で特訓……)
ラルゴはサクラの発した『特訓』の言葉に 瞬時に妄想にとらわれる。
サクラちゃんと二人で、特訓……
『ラルゴさん、やっと二人きりになれましたね』
『サクラちゃん……』
『私の胸、こんなにドキドキしてるんです』
『サクラちゃん、そんな、オレの手を胸に!?』
『いやだ、ラルゴさん、言わないで……恥ずかしい///』
ラルゴの脳裏にヨコシマな考えと、先程のお菓子をたべて
ランに遮られ、一瞬しか見られなかったが。
ラルゴの顔がにやける。
「特訓?なんの?」
「実演販売です!」
実演販売?聞いたことないな。
「なに?ソレ」
「お客さんの前で 実際にピューラーを使って見せるんですよ」
「オレに、料理しろってこと?」
「はい」
「いや~、それは……」
料理はからっきし駄目だって。
「私が教えますから。実演販売はラルゴさん向いてると思いますし」
「サクラちゃんが 料理を教えてくれる?」
ラルゴは再び妄想する。
『包丁はこうやって持つんです』
『こう?』
サクラの手がラルゴの手に添えられる。
『こう、です』
サクラの柔らかい体が密着する
『切るときは、こう……』
サクラの体温を感じる
『こうかい?』
『あんまり、乱暴にしないで……』
サクラの声を感じる
『ラルゴさん……上手です///』
「うおおぉ///やるやる、やるよ、オレ」
ラルゴの思考をよみとったのか、イシルとランが冷ややかな視線をラルゴにむけている。
「じゃあ、明日の朝は銀狼亭でこのピューラーを使って皮むきの練習してきてくださいね」
「へ?」
「まずはラルゴさんが使い慣れないと」
「……はい」
「ピューラーマスターになってください!」
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