124話 野獣と白雪姫と七匹の子やぎ
目の前でサクラが5歳のランを見て目をキラキラさせている。
ランはしたり顔を隠し サクラに手を伸ばす。
「サクラ 抱っこして」
ランは知っている。
サクラは子供と動物に弱いことを。
目前でサクラが理性と格闘している。
これはランの能力だ。
子猫から黒豹まで、子供から実年齢までは姿をかえられる。
二回目だからわかっているとも。
外見は5歳児のラン、でも、中身は大人のラン。
頭ではわかっているが、弱ってる子供の姿を目の当たりにして、サクラの心が動かないわけがない。
抱きしめたい、かまいたい、守りたい……
子猫の姿ではOKなのだから、5歳児でもイケるはず!
「こほっ、こほん」
「ラン!」
咳き込むランに、サクラが水差しから水をのませるが、ランは少し飲んで けぽっと吐いた。
サクラはランに寄り添うようにベッドサイドに座ると、背中をさすりながらランの口元をぬぐう。
ランはサクラの懐にしがみついた。
一瞬、サクラがギクリと硬直したが、弾かれることはなかった。
サクラはランを胸に抱いたまま トン、トン、と、優しく 一定のリズムでランの背をたたく。
「くしゅん」
ランがくしゃみをする。
「寒いよね、お布団入ろうね」
それでもランはサクラにしがみついたまま澄んだ蒼い瞳を熱で潤ませ、上目遣いでサクラを見つめる。
「……しょうがないな」
サクラは仕方なくランを抱えたまま、一緒に布団に潜り込んだ。
卑怯だと言うならそれでもいい。あざといのもわかっている。
でも、今のランには他に手がない。
好きだからわかる。サクラが誰を見てるかなんて。
今はなんとしてもサクラの心を掴みたい。
側にいたい。
側にいればチャンスもある。
トクン、トクンと聞こえる 心地よいサクラの鼓動。
(なんだよ、オレはドキドキしてるってのに)
ランはサクラを見上げ、愕然とした。
(寝たのかよ!!)
既にサクラは眠っていた。
自分が仕向けたこととはいえ、ここまで男としてみられてないと思うと 悲しくなる……
(寝かしつけにきて先に寝るなんて)
やはり口が開いている。
ランはサクラの顎を押し 口を閉じてやる。
″本当の愛をみつけて呪いをといて″
もしもサクラが愛してくれたなら 呪いはとけるのだろうか……
ランは小さな手を伸ばしサクラの両頬を包む。
サクラにキスをしたら 呪いがとけるのだろうか
ランはサクラのくちびるに 自分のくちびるをよせる――――
″風邪をうつす気ですか?″
だが、昨日のイシルの言葉が邪魔をする。
(くそっ、)
ランは思い止まり、再びサクラの胸に潜り込む。
(大人の姿で堂々としてやるさ!とびっきり濃厚なのを!!)
純粋な外見にヨコシマな感情を
◇◆◇◆◇
″トン、トン″
扉を叩く音でサクラは目をさます。
腕の中では 小さなランが気持ちよさそうに眠っている。
(可愛いなぁ~)
額をさわる。熱はないようだ。
″トン、トン″
再び扉を叩く音。
サクラはランを起こさないようベッドから抜け出ると 玄関へと向かった。
「どなたですか?」
『旅の商人ですが、櫛を買っていただけませんでしょうか』
訪問販売!?こんな森の中にも売りに来る人がいるんだ。
「すみません、いりません」
『見るだけでも構いません、開けてくれませんか』
開けたら最後、きっと丸め込まれて買う羽目になる。
そうなる自信がある。
「お金持ってないんです」
『そうですか、失礼しました』
訪問セールお断り。
対面してしまったらあの手この手で丸め込まれ、消火器やら浄水器やら買わされてしまう!
失礼だが 出ないのが一番。
″コン、コン″
踵をかえしたサクラの背にドアを叩く音がする。
「あの、櫛はいらないんです」
『アタシよ、ア・タ・シ』
「アス!?」
『そうよ、あけてよ』
訪問販売ではなく、アスのようだ。
サクラは玄関のドアノブに手をかける。
化粧品販売の目処がついて 魔方陣を通じてやってきたのだろうか。
『
「え?」
『持ってきてあげたからさ、開けてくれない?』
……おかしいな
アスは『サクラ』なんて言わない。
サクラを呼ぶときはいつも『子ブタちゃん』だ。
サクラは頭を触る。
ランのくれた髪ヒモはここにある。
サクラはドアノブから手をはなす。
「……どなたですか」
返事はない。
(怖いな、シカトしよう)
サクラが階段に向かうと、また誰かが扉を叩く。
″ドンドンドン″
ひっ!
「誰ですか?」
『オレだよ、オレ』
オレオレ詐欺かよ!?
「オレさんですか?そんな人知りませんが」
『ギルロスだよ。ランが風邪引いてんだろ?リンゴもってきてやったからさ、開けてくれよ』
「なんだ、ギルロスさんか」
サクラは玄関のドアノブに手を掛ける。
″誰が来ても家にいれないように″
「あ……」
サクラはイシルの言葉を思い出す。
「すみません、ギルロスさん、イシルさんに誰がきても家に入れるなといわれてまして」
『オレでもダメか?』
「すみません、イシルさんの家なので」
『…………』
「ギルロスさん?」
『リンゴ、テラスに置いとくからさ、食ってくれよ』
「ありがとうございます」
ギルロスは去ったようだ。
サクラはリビングの窓からテラスをみる。
テラスのテーブルにカゴに入ったリンゴが置いてあった。
「あれが……リンゴ?」
カゴの中のリンゴは 毒毒しい紫色をしている。
「……怪しすぎる」
本当にギルロスだったのか?
ドア越しで声もくぐもってたし、別人だったかも……
触らぬ神に祟りなしだ。
イシルが帰ってきたら処理してもらおう。
どうみたって毒リンゴでしょ!!
櫛にヒモに毒リンゴって、
「イシルさん、早く帰ってこないかな……」
″コン、コン″
階段をのぼりかけると、また扉が叩かれる。
「誰もいませんよー!」
『何言ってるんですかサクラさん、開けてください』
「イシルさん!」
サクラの顔がぱーっと明るくなり、そいそと玄関に向かう。
ん?まてよ?イシルなら自分で開けて入ってくればいいじゃないか。
「イシルさん、入れないんですか?」
『すみません、両手が塞がっているんです』
しゃべり方はイシルだが、声はくぐもっててよくわからない。
アスもギルロスも別人だった気がする……
(あ!そうだ)
だったら姿をたしかめればいい。
サクラはリビングにまわり、窓から玄関を覗く。
果たして、玄関にはイシルが薬草のカゴを持ったまま立っていた。
(イシルさんだ!)
サクラはぱたぱたと玄関に走る。
「お帰りなさい!イシルさん!」
″ガチャッ″
サクラは扉を開ける。
「え?」
玄関の扉を開けてサクラはフリーズする。
そこには まったく知らない人物が立っていた。
″誰が来ても家にいれないように″
イシルはそう言ってたじゃないか″
「サクラだね?」
男がサクラを見て微笑む。
「ようやく顔が見れた」
緑色の髪を七三に分けた 色の白い少し神経質そうな男。
「……誰?」
男は銀縁の眼鏡を中指でクイッとあげる。
その仕草がなんともさまになっている。
はっきり言いましょう、かなりツボです。超ドストライク!!
イケメンマッドサイエンティスト風エリートサラリーマン系銀縁眼鏡様!!
「フフフ、貴女の花婿とでも言っておこうか」
「……は?」
なんだコイツ、顔はイケメンなのに、なんだかちょっぴり残念なニオイがする……
「迎えに来たんだマイ・フェア・レディ」
ぞわぞわっと悪寒が走る
「いえ、間に合ってますから」
サクラはジリジリと後退り、間合いをとると くるっと背を向け走り出す。
「何処へ行くんだマイ・スイート・ハニー!」
「うわあぁぁ、やめれぇ~~~」
鳥肌が立つ!!
サクラは走る。
どこをどう走ってる?
この家こんなに広かった?
なんだか迷路のようだ。
何処か隠れる場所は……
″ボーン″
振り子時計の音
″ボーン″
大きな古時計
″ボーン″
あの中に隠れれば……
″ボーン″
見つからない……
″ボーン″
″ボー……″
″…………″
″……″
″……ん″
″サ……さん″
「ん……」
″サクラさん″
「やめ……」
「サクラさん!」
「やめれぇ~!」
サクラはハッと目をさます。
「大丈夫ですか?」
「……イシル、さん?」
目の前にイシルの顔。
イシルが心配そうにサクラを覗き込んでいた。
「イシルさん」
サクラはその顔に手を伸ばし ぺたぺたとさわる。
「何を///」
「本物だ……」
ちょっと目頭が熱くなる。
サクラは本物のイシルに抱きつきたい衝動を必死で押さえる。
「うなされてましたよ、大丈夫ですか?」
「変な夢をみたようで、お恥ずかしい」
サクラはベッドから出ると ランに布団をかけ直す。
「どんな夢ですか?」
「あー……」
しかも オオカミ……マッドサイエンティスト風エリートサラリーマン系イケメン銀縁眼鏡様が 超絶ドストライク級サクラの好みだったなんて……
言えない。
「おとぎ話、みたいな」
あの眼鏡をあげる仕草がたまらんかった!
まあ、喋ると残念な感じだったけど。
「おとぎ話、ですか。それは失敗しましたね」
「何がですか?」
「おとぎ話で姫を目覚めさせるなら……」
「?」
「くちづけするべきでした」
「なっ///」
「しーっ、ランディアを起こしてしまいますよ」
毒リンゴはたべてませんからね!くちづけはいりませんよ!!
サクラはイシルと連れだってランの部屋を出る。
「ところでサクラさん」
「はい」
「何故ランディアと一緒に寝てたんですか?」
「え?」
ニコニコ顔ですが、お怒りですか?イシルさん。
「朝食も食べていないですよね?」
ああ、お母さん。
「すみません、ランが苦しそうにしてたので」
イシルはふう、と息を吐くと、気持ちを入れかえてサクラをキッチンへと促す。
「一緒にお昼にしましょう」
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