123話 お留守番







「母上!!」


ランは叫んで目を開ける。

気がつけば暗い天に手を伸ばしていた。


「あ……」


イシルの家だ。


「はぁ……」


ランは天に伸ばしていた手で 濡れた顔を拭う。


あの後、

ようやくイバラから抜け出た後、

マリアンヌの姿はどこにもなかった。

それでもランは追いかけた。

追いかけずにはいられなかった。

ようやく会えたのに、顔すら見せてはくれなかったのだ。


″本当の愛をみつけて呪いをといて″


「なんだよ、それ」


愛してくれなかった癖に。


「ん?」


ランは自分が何かを握っていることに気がつく。


「……サクラ?」


サクラがベッドに椅子を寄せ腰かけ、ベッドに突っ伏して眠っている。

毛布は イシルがかけたのだろう。

その手は ランが握っていた。


「俺が離さなかったのか」


随分きつく握っていたようだ。

サクラの手にランの手によって圧迫されたあとがつき、赤くなっている。


「……ごめん」


ランはぷくぷくのサクラの手に 癒しの魔法をかける。

すうっ、とサクラの手の赤みがひいていく。


ランはベッドからでると 突っ伏しているサクラの上体をそっと持ち上げ 、椅子に体を起こし座らせた。

余程疲れているのか、まったく目覚める気配がない。


ランは 自分の肩にサクラの腕をまわし、膝下に手を入れ、背をささえながら ふわりともちあげると、サクラの部屋へと運んだ。

ベッドに寝かせ、毛布をかけると、ふう、と息を吐く。

まだ熱があるようで、ふらつく。


「すかーっ」


「ぷっ、口開いてるし」


ランはサクラの寝顔にくすりと笑い、顎を押して口を閉めてやり、すっ、とサクラの顔にかかる髪の毛を指で整えてやる。


無防備な寝顔に癒される。


ランはサクラの枕元に手をつき、その寝顔に顔を近づけた。


ランの前髪が さらりと サクラの顔にかかる。


「風邪をうつす気ですか?」


唇が触れるすんでの所で 後ろから声をかけられ、ランはギクリととまった。

声のしたほうを向くと 入り口にイシルが立っている。


「チッ、」


(おかしいと思ったんだよ、サクラを一人残して行くなんて。やっぱり見張ってやがったか)


「まだ熱があるでしょう、早く寝なさい」


「俺の勝手だろ」


ランはプイッと顔を背ける。


「仕方がありませんね」


イシルが音もなく ランに近づく。

すりっ と、

ランがいつもイシルにしているように。


「僕が抱きかかえてベッドまで運んであげましょうか?」


「はぁ!?」


「なんなら添い寝してもいいですが……」


「おま、、なに言って///」


イシルがクスクスっと笑う。


「いつもなら君が言う言葉セリフですね」


そう言ってまたクスクス笑う。


(イシルが……冗談言って笑ってる)


「まだ本調子じゃないみたいですね」


「……寝る!!」


ランはズカズカとイシルの前を通りすぎ 部屋へと向かう。

部屋のドアノブに手を掛けたランの背に イシルの声がかかる。


「冬がすぎても 居ていいんですよ」


「……え?」


ランが振り向く。


イシルはもう居なかった。

多分イシルは知っている。

誰がランに術をかけたのか、

ランが今日 誰に会ったのかを。


「……慰めのつもりかよ」


早くいつもの調子に戻れ と。


「お節介ジジイめ……」


ランは布団に潜り込む。

変な気分だ。


冬がすぎても このまま、サクラとイシルと一緒に 三人で――――





◇◆◇◆◇






サクラは自分の部屋のベッドで目が覚めた。


(はれ?いつ部屋に??)


イシルが運んでくれたのだろうか、いつもすみません。


(そうだ、ランは……)


「う……」


起きようとして体調の変化に気づく。

物凄い倦怠感。重力に勝てない感じ。

ベッドに磁石がついていて 引っ張られているように起き上がれない。

体が重い。節々の痛み。食欲もあまり無い。もしや、これは……


(風邪ひいた?)


ドアがノックされ、起きてこないサクラを心配してイシルが部屋に呼びに来た。


「どうかしましたか、サクラさん」


「イシルさん……体が、ダルいです」


「起き上がれませんか?」


イシルは心配顔でベッドによると サクラの額に手を当てる。


″ピトッ″


(う……)


続いて首に そっと触る。


″ピトッ″


(熱をはかってるのかな)


なかなか離してくれない。


(むしろこれで熱が上がりそうなんですけど///)


「……脈が少し早いですね」


(いや、それはイシルさんのせいなんですが)


熱ではなく脈をはかっていたようだ。


「無茶するからですよ」


「すみません」


(昨日椅子で寝てたからかな)


「素直に僕に抱えられて上れば良かったんですよ」


「は?」


「666段も上るから」


「え??」


「筋肉痛ですね」


「え?風邪じゃなくて?」


「はい。熱はありません」


666の魔の階段……悪魔の呪いか!?

いや、単なる筋肉痛でした。


お恥ずかしい。

そういえば同じような症状の経験がある。

初めてスノーボードをやった帰りにドロドロに疲れて体が重く起き上がれずに何も出来なくなった事が……


「今日は家でゆっくりしてください。サンミには僕から伝えておきますから」


「いや、筋肉痛なら動けばなおりますから……」


サクラは上体を起こ――――せません。


「疲れもあるでしょう、休んでください」


「……すみません」


イシルが気休めに癒しの魔法をかけてくれた。


「キッチンにスープがあります。動けるようになったら食べてくださいね」


「はい」


何から何まで本当にすみません。


「ランディアには食べさせて薬を飲ませました。今は寝ています」


お母さんですか!?


「風邪だったら サクラさんも看病してあげられたんですけどね」


お願いだ、これ以上甘やかさないでくれ……


「あ!着替え、手伝いましょうか?」


「!!?」


「冗談ですよ」


(なななななんて冗談を///)


クスクス笑いながらサクラに毛布をかけ直す。

楽しそうだな、おい。


「薬草が足りないので、サンミのところによったら メイの治療院に行ってきます。薬も調合してくるので、少し時間がかかります。誰が来ても家にいれないように」


「わかりました」


こんな森の中 誰も訪ねて来ないよね?

危ないから外に出るなと言うことか。

わかりましたよ、お母さん。


「それと」


部屋の出口で イシルが振り向く。


「ランディアに風邪をうつされないように」


「はい」


そう念押しして イシルは村へと出掛けていった。


起き上がれずにとろとろとベッドの上で微睡んでると『コホン、コホン』と 咳をする音が聞こえる。


(ランかな)


サクラは起き上が――――れない。


『コホン、ゴホン』


辛そうなランの咳。

サクラはゴロンと横を向く。ベッドに肩肘をつき、反対の腕もついて、なんとか上体を持ち上げた。


「イデデデ……」


ベッドから足を膝まで出し、下に降ろすと ぐりん、と 反動で上体が起き上がる。


「うっし」


なんとかベッドに腰かけ、重い体を持ち上げた。

ビキビキと体が軋むように痛い。

肩がイタイ、肺がイタイ、腹が、背が、太ももが……


「うっ!!」


ビキビキと電気の走るような痛み!

――――ふくらはぎがつった。


いやだね、歳はとりたくないもんだ。


「ラン、大丈夫?」


ようやくランの部屋に辿り着き、部屋へと入る


「……サクラ」


「!!」


うるうると瞳を潤わせ 苦しそうに咳をし サクラに助けを求めるランは――――


(かっ、かわいい!!)


超絶かわいい5歳くらいの男の子の姿だった。

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