111話 ローズの街







眠り姫のお話に出てくるイバラにかこまれた城。


ローズの街の第一印象は だった。

壁の代わりに 街の外周を イバラが林のように繁っていたのだ。


「……こわっ」


魔女でも住んでそうだ。

あ、異世界だから 普通に住んでるか。


イシルとランは トン、トン、トン、と、イバラを乗り越える。

えっ!結局 不法侵入!?


「いいんです。ローズの街ここは」


イシルが不審顔のサクラに答える。

でも、入り口らしきところに高そうな馬車が 入街待ちで並んでたよ?


「あんなん待ってたら夜まで入れねーよ」


「そうだけど……」


「このイバラは 外からの侵入を防ぐものではなく、中から人を逃がさないためのものですから」


どゆこと?


「後で説明しますよ。あれを見てください」


イシルが街の奥を示す。


「あそこに門が見えますよね、あれが入街門です」


ローズの街は二段階に別れていた。

高台に豪奢な館が並び、それを守るように大きな門が構えている。

下の階層は一般階層 歓楽街

門より上は 上流階層 貴族の別荘地になっているのだ。


「ようこそ ローズの街へ」


「わっ!」


いきなり後ろから声をかけられた。

サクラが驚いて振り向くと、いつのまにか 老紳士が立っていた。

その後ろには 馬車も。

……まったく気配がしなかった。

沸いてでたのかよ!?


「御館様がお待ちです。イシル様」


執事風の老紳士は 慇懃な態度でイシルに挨拶する。

イシルは 遠慮するでもなく サクラとランを馬車に促し 乗り込んだ。


誰にでも礼を尽くすイシルにしては珍しい態度だ。

老紳士の事は まったく無視なのだから。


「この街に入った瞬間にの監視下に置かれるんですよ。だから、入街手続きなんて意味がないんです」


なんだそれ……

外に出さないためのイバラ、監視下に置かれる街人。

ここは監獄ですか?

食虫植物の胃袋ですか!?


「街人が飼われてるみたいな言い方ですね」


馬車にゆられながらサクラが恐々とイシルに聞く。


「そのようなものです」


イシルさんの知り合いって一体何者?


そんな怖い話とは裏腹に 車窓から見える街は 平和そうに見えた。

西洋風のレンガ造りの家が建ち並び、人の往来も多い。

子供が遊び回っていて、とくに危険な感じもしない。

カフェやBARには人が溢れ 活気に満ちている。

いい街っぽいのに、何が?


「飼われている当人達は 気づいていないんです」


「どういうことですか?」


「悪魔は 人のを食べるんです」


「は?」


「ここは 悪魔の食事処なんですよ」


馬車の中で 悪魔について イシルが教えてくれた。


悪魔は人のを食べる。

その人の魂のによってが違うらしい。


純粋な魂ほど 質がいい。

感情が激しい程 味が濃くなる。

年齢が高いほど 熟成される。


悪魔は人を集める。

老若男女、善人、悪人、色んな味を楽しむために。


だからこの街は 誰でも入れる。

入ったとたん、悪魔の監視下に入るのだ。

行きはよいよい 帰りはコワイ……


ふと、思い出した。

眠り姫のその後の話を――――


目覚めて めでたく王子と結婚した眠り姫。

二人の子供が生まれ、幸せな日々をすごす。


が、実は姑、つまり王子の母が食人鬼だった。


姑は眠り姫と子供達を食べようとする。

料理人頭が機転を利かせて 鹿肉を食べさせ、難を逃れるが、結局ばれてしまう。

怒った姑は、大桶にガマやマムシや毒へびやらをいっぱい入れて、その中に眠り姫と子供達、料理人頭とその妻、ついでに料理番の女まで投げ込もうとする。(ペロー版より)


が貴族相手に商売してるのは 自分の食事のためです。貴族というのは 純粋ですからね」


金と暇をもて余す彼らは 自分の欲望に忠実だ。

純粋に求める。悪事にも、善事にも。

申し分のない血統な上、押し隠した感情は激しく 欲望に満ちている。

社交界は 悪魔にとって 最高級のビュッフェレストラン。


「その、ていうのは もしかして……」


サンミさんと眩惑の森に討伐に向かった館の主?


「はい。あの時の僕の飲み相手です」


はい、来た。やっぱり。


「感情を食べられた人は どうなるんですか?」


魂抜かれるの?


「特に、何も」


「え?」


「特に何もありませんよ。だからほっといてるんです」


悪魔は自分の食べたい味にするために 人を誘惑する。

これだけ沢山の人間がいれば 誘惑せずとも は選り取りみどりだ。


「僕がアイツに提案しました。なまじ狭い館で人を誘うから面倒を起こすんです」


「……なるほど」


人が増えれば味のバリエーションが増える。

いいのか?ソレ


「誘惑して人をそそのかし 戦争やら 厄災やら巻き散らかされても嫌ですからね」


策士だな。イシルさん。たまに腹黒いよね?


「人間は悪魔に守ってもらい、悪魔は見返りに食事をもらう。持ちつ持たれつです」


街人は 自由に暮らしているだけ。

プライバシーの侵害ではあるなぁ。

その時どんな気持ちか、悪魔にわかっちゃうわけでしょ?


「ラン、知ってた?」


サクラが黙りこむランに声をかける。


「いや。悪魔のことは知ってたけど、ローズが悪魔の作った街だったとは知らなかったな。初めて来たし」


「対外的には普通の街ですからね。よほど気に入られなければ 普通に出られますし、魔力が強ければイバラも破壊できますから」


「そんな人を頼って大丈夫ですか?」


サクラが不安げに尋ねる。


「アイツはこのことで僕に借りがありますから。悪魔は義理堅いんですよ?嘘をつけませんからね」


話が丁度終わったところで馬車が止まった。

老紳士が馬車のドアを開ける。

イシルが先に降り、サクラに手を差しのべた。


「ありがとうございます」


イシルの手をとると、ふんわり笑ってくれた。

サクラの不安をかき消すように。

いつものイシルだ。ほっとする。


悪魔の館は 上層の入り口にあった。

下をみると 一般階層が一望できる。

絶景かな。

夜はさぞかし美しかろう。


館の門が開かれ 中に入る。


「うわぁ……」


むせかえるような花の匂いに迎えられる。

強く、誘うような甘い香り……


目に飛び込んできたのは 季節外れの薔薇の花。

大輪の薔薇が狂い咲き、前庭を埋め尽くしている。


つやのある花びらは 赤黒くしっとりと深い光沢をはなつ。

ビロードのようななめらかさ 女王のごとき迫力をもち

人を魅力する。


その中に 一人の男が立っていた。

女性と見紛みまごうほど美しく

彼の前では薔薇の花でさえ恥じ入る。


(……ランがかわいくみえる)


ランはセクハラ大魔人ではあるが、その比ではない!

彼は……

薔薇の中の彼は……


存在自体がセクハラですよ!!!


白いシャツは胸元が大きく開き、喉元から色香を放つ。

(ムンムンですね!?)


たれ目でつり眉の アンニュイな表情。

(誘ってますよね!?)


ゆるくウェーブのかかった金髪をけだるそうにかきあげる。

(人の心を鷲掴わしづかみですか!?)


その手つきは 繊細でしなやか。

その仕草だけで イケナイ世界に導かれてしまう……

(フェロモン大放出ですか!?)


『入った瞬間骨抜きさ』


サンミがそう言っていた。

これが 討伐に行った者すべてを虜にしたという悪魔か。

納得。


「あら、久しぶり」


発せられた声が 脳をくすぐる。

その声音は 喘ぎにも似た艶をもち 相手をいざなう。


オネェ言葉の彼は イシルではなく ランに向かう。


「……珍しいの連れてるのね」


サクラの隣でランが硬直してる。

彼は ランに近づくと スウッと匂いをかぐようまとわりついた。


「ああ……高貴な魂ね……美味しそう」


つうっ と、ランの腕を人差し指でたどる。


「美しい筋肉……好きよ、美しいものは」


ランの怯えた顔と 館の悪魔のSっ気をおびた恍惚の顔がなんとも 絵面えづら的には大変ご馳走さまですが、大丈夫か!?ランよ。


ランは ぴょん、と 後ろに飛び退く。

怯えた子猫のように 警戒を強め 気を振り絞る。


「オレ、情報あつめにいくから!じゃ!」


しゅたっ、と 飛び去った。


……逃げた。


正解だね。うん。





(ヤバい、はヤバいって!)


ランは館を背に走る。


(馬車で迎えに来た悪魔ならまだしも、は無理だ。オレでは太刀打ち出来ない)


圧倒的力の差。

禍々しい妖気。

この世の者ではない。


サクラにはイシルがいるから大丈夫だろうが、ランはきっと……


(ヤられる……)


ランは一般階層 繁華街へ向かった。



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