112話 ローズの街 2
ランに逃げられた 館の悪魔は サクラに視線を移す。
「子ブタちゃんは なんで平気なのかな?」
にっこり、サクラに笑顔をむける。
「えっ?」
子ブタちゃんて、私のこと?だよね。
いや、平気じゃないっすよ。
恥ずかしいから シャツの前をシメテ……
「ん?あんた……」
館の悪魔がサクラに手を伸ばす。
″シュパッ″
何かが切れる音がした。
サクラに伸ばされた悪魔の手首に つうっ、と、赤い線がはいり、同じように すうっ、と 消えていく。
「ちょっとイシル、いきなり手首切り落とすなんて あんまりじゃない」
「触るな」
ひいぃぃ!イシルさん、今切り落としたんですか!?
「やめてよね、この
イシルさんのせいではなく、あんたのせいですが。
「大丈夫よ 子ブタちゃん。悪魔は 肉体を持たないの。だから切られても死なないのよ」
「そう、なんですか」
「すぐ治るわ。まあ、痛いけど それもまた一興よね」
いや、アブナイ考えすよ、ソレ。
「単なる入れ物だけど ちゃんと
館の悪魔がサクラに寄る。
「試してみる?」
″スパーン……″
こんどは首だ。
悪魔が嗤う。愉しそうに。
うわぁ……楽しんでる。
殺られてるのに サディスティックな笑顔コワイ。
「なによ、触ってないじゃない」
「寄るな。話がある」
「やぁね、ゆっくり話もさせてくれないなんて。子ブタちゃんはお茶でも飲んでて」
館の悪魔は 老執事に目配せすると イシルと連れ立って館に入っていった。
「どうぞこちらへ」
サクラは テラスへと案内された。
◇◆◇◆◇
テラス席に お茶の準備がされていた。
「うわぁ……」
サクラが感嘆の声をあげる。
白い丸テーブルの中央に 三段になっている 鳥かごのようなもの。あれは……
『アフタヌーンティー』
三段のケーキスタンドに可愛らしいケーキや焼き菓子がのせられている。
薔薇の咲き誇る庭で優雅に紅茶を楽しむ。
しかも 一人占め!なんて贅沢なひととき。
老執事が椅子をひいてくれる。
「ありがとうございます」
サクラが座るのにあわせて椅子を調整してくれる細やかな気配り。
ニコリともしないのは 仕事だからか、悪魔だから かどっちだろう?
結構渋いイケジイなのに。
残念。
アフタヌーンティーは 一般的に下段からサンドウィッチ、中段にスコーン、上段にケーキをのせるのが基本のスタイルなのだが、
下段にケーキ。
ロールケーキ、モンブラン、
あ、シャルロット!ふわふわのビスキュイと、中のムースは洋梨かな?上にも洋梨がトッピングされてて、甘い香りがする。
ミルフィーユもある!ザクザクのパイの間にイチゴとカスタードが折り重なってる。
ぐあ~!たまらん……
中段に 焼き菓子
マドレーヌ、クッキー、
フィナンシェ!あのしっとり感がたまらない……
ダッグワーズ、ああ、アーモンドの風味と、ふかっとした食感が思い出される。
カヌレ。表面はカリッと、内側はしっとり、もっちり、ずっしり……やべぇ
上段には プチフール
一口大のシュークリームに 小さなケーキ。
オレンジの皮を砂糖漬けして、チョコレートでコーティングしたオランジェット。
このケーキスタンドには 甘いものしかのっていない。
……食べられません。
老執事が ポットから 紅茶を注ぐ。
あったかい湯気とともにたちあがったのは バニラの香り
「フレーバーティー……」
そうか、ローズの街はフランスなんだ!
サクラは紅茶に口をつける。
「ごくっ」
ふんわり バニラの香りが広がる。
甘くない。紅茶に広がるバニラの甘い香りを楽しむ。
それにしても……
「……拷問か」
ここにこのまま座っているのは耐えられない……
サクラは 老執事に声をかける。
「あの、ちょっと薔薇を見てきますね」
「かしこまりました」
サクラはお菓子の誘惑から逃げ出した。
◇◆◇◆◇
赤く黒い薔薇の花。
黒バラの園の奥に庭園があった。
見事な咲きっぷりに目を奪われ 奥へと誘われる。
足元には 白く小さな野バラ。
沢山の小ぶりな花が サクラに笑いかける。
更に奥へ。
その後ろには木に咲くピンクの丸みをおびた花弁のバラ。
くしゅくしゅとしたロゼット咲きの大きな花が ぼってりとして 優しくサクラに話しかける。
紫のバラ、オレンジ、赤……いったいどれくらいあるんだろう……
最奥でサクラを待っていたのは白いバラだった。
凛としたたたずまいに心を奪われる。
愛しくて 笑みが出た。
白いバラはイシルのようだな と。
白バラは サクラに癒しと安らぎを与えてくれる。
前に出過ぎず いつもサクラを見守ってくれている。
必要とあらば
「好きです」
本人には言えない。
かわりに白バラに告げる。
ずっと否定していた言葉は 口に出してみると しっくりきた。
そして、サクラを幸せな気持ちにさせた。
「あんたの魂は甘いのね」
低いような高いような不思議な声がして
後ろから伸びてきた手に 口をふさがれる。
「ふあっ!?」
腰を引かれ、長い腕に絡めとられた。
館の悪魔が スウッと サクラの匂いをかぐようまとわりつく。
「こんなところに桜が咲いてるなんて」
脳に直接響くような 喘ぎにも似た声が 甘い痺れを誘う。
強く抱かれている訳でもないのに逃げられない。
うまく 力が入らない。
「善良ね 大好物だわ。私はね 善良な人間の抑圧された感情が大好きなの」
そう言って サクラの首筋に口を寄せる。
「ふがっ///」
口を塞がれ声があげられない。
しっとりとしたアスの唇の感触を首に感じた。
″ちゅ……ぅ″
(吸血鬼!?)
噛まれたわけじゃなかった。
アスが
アスの唇が触れている首の部分が じんわりあたたかい。
「ふっ///」
胸の辺りがザワザワする。
地に足がつかない 夢の中にいるような浮遊感。
サクラは抵抗を試みて暴れるが、
空中でもがいているみたいな感覚にとらわれる。
クモの巣にかかった蝶のようだ。
「ん……」
吐息と共にアスの唇が離れる。
「ああ……やっぱり美味しいわ」
館の悪魔は 恍惚の表情を浮かべ サクラに問う。
「このまま摘み取ってもいいかしら?」
サクラがふるふると首を横にふる。
「ダメ?仕方ないわね……お客様だし」
館の悪魔は あっさりサクラを解放した。
「ふはっ!」
サクラは口で新鮮な空気をとり込み、息を整え、悪魔を睨む。
館の悪魔はペロリと舌なめずりすると いい笑顔でこう言った。
「ご馳走さま♪」
サクラは忌々しげに答える。
「……お粗末様でした」
「ふふふっ、何ソレ」
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