108話 あざみ野町







目まぐるしく木々が流れる。

次から次へと緑が目に飛び込み、緑のトンネルをワープしているような感覚にとらわれる。


サクラはランの背に揺られ アザミ野町を目指す。

イシルの結界のおかげか、だいぶ慣れてきた。


突然 ぱあっ と 視界がひらける。

森を抜けたのだ。


「わぁ!」


一面の青。

青く小さな花が一面に咲いていて、野原を埋め尽くしている。

アザミだ。


アザミは 枯れると綿毛になり風にのって飛ぶので 野生のアザミが絶えることはない。


春はピンク、夏はオレンジ、秋は紫、冬は青

この辺りでは一年中 アザミが咲いている。


「キレイ……」


その青い野原の真ん中に ぽつんと高く白い壁が見える。

アザミ野町だ。


町の入り口で 入町手続きをとる。

まだ朝が早いからか、町を出る人はみられたが、入町する人はおらず、すぐに入れた。

入町目的、滞在予定日数を聞かれ カードを渡される。

帰るときに返すようだ。

現世の会社で使ってた入館証のようなものかな。


あざみ野町は 白い壁の二階建ての家がならぶ キレイな町だった。

馬車も通れる広い道、白い石畳。

どの家も 青いアザミが家の入口に咲いている。


早朝で店がまだ空いていないのが残念だ。

ドワーフの村をでてからまだ30分程しかたってないし。

新幹線で30分。東京ー小田原くらいか。


「市場はやっていると思いますがね」


帰りには店も空いているでしょう、と イシルが慰めの言葉をくれる。

目的はアイリーンから預かったお金を 孤児院にもっていくことだ。


孤児院を目刺し 町の奥へと入る。

入り組んだ路地とひしめく建物を抜けると、また違った町並みが広がる。

建物の数が減り、緑が多くなってきた。

ぽつり、ぽつりと 畑もみられ、家畜の声も聞こえる。

畑で作業中の人に教えてもらい、目的の孤児院にたどりついた。


「まあ、わざわざありがとうございます」


院長は ハンナさんというおばあさんだった。

ハンナは小さな子供達に 食事をさせている最中だった。


「子供達が少ないようですが、まだ寝てるんですか?」


イシルがハンナに聞く。

兄弟は17人と聞いているが、10人程しかいない。


「いえ、町に働きにいきました。昼には帰ってきます」


牛乳配達、新聞配達、市場での手伝い……

そうやって皆で支えあっている。


封筒の中にはお金と一緒に手紙が入っていた。


ハンナの腰の具合はどうか、無理はしないでくれ。

アーニャの夜泣きは治ったのか、あまり甘やかすと癖になるからすぐに抱っこしてはいけない。歌を唄ってやるとおちつくから。

ダンはちゃんと皆をまとめているか、ちゃんとできなければシバきにいくぞと伝えてくれ。


つらつらと 皆を心配する言葉が綴られていた。


「アイリーンったら……」


ハンナの目に涙がたまる。


子供達は 食事を終えると 食器をもち、自分達で片づける。

この中で一番年上らしい女の子は サミーの娘エイルと同じくらいだろうか。


「おねぇちゃん、遊ぼう」


片付けが終わると サクラは子供達に囲まれた。

お客さんが珍しいようだ。


「こらこら、失礼ですよ」


「大丈夫ですから、何して遊ぼうか?」


ハンナが止めに入るのを サクラが大丈夫だと止める。

この人数をハンナが一人で相手してるのか……大変だな。


サクラはリュックから折り紙を取り出した。


「わぁ!キレイな紙~」


エイル達用に買っておいたのだが、子供がいると聞いて持ってきた。


「じゃあ、好きなもの一枚選んで」


子供達が ワイワイと折り紙を選ぶ。

サクラが子供達に教えるのは『紙ヒコーキ』だ。

これなら小さな子供も遊べるし、ハンナが相手をしてやることもない。


「まず、半分に折るんだよ~」


子供が真剣な顔で 折り紙に挑む。


「アイリーンは元気にしているんでしょうか」


子供達が折り紙を折るのを見ながら、ハンナがイシルに聞く。


「ええ。ドワーフの村で 住み込みしながら 働いていますよ」


「その、何の仕事を……」


「屋台で食べ物を売っています」


「そうですか」


ハンナはホッと胸をなでおろした。


「あの子、娼館で働こうとしていたようなので、心配していたんです」


あの見た目だ。稼げるはずだ。


「だからこの町ではなく 知人のいないアジサイ町に行ったんですね」


「ええ。でも、よかった。思い止まってくれて」


アイリーンは 見た目が良すぎるため、良く狙われたのだとか。

幼い頃は 顔を汚し、男の子の服を着て 仕事をしていた。

口がわるいのも そのためかもしれない。


『こんな可愛い服……着たことない』


アイリーンのあの言葉の裏には そういう事情があったのだ。

賢く、強く、したたかに、アイリーンは 今を生きる。


「あなた方のような人達の元にいるなら安心ですね」


赤、青、黄、緑の色とりどりの紙ヒコーキが飛ぶ。

子供達は鳥だ!鳥がとんでる!とおおはしゃぎだ。

ランは壁にもたれ それを眺めていた。


″……カサリ″


ランは足元に落ちた紙飛ヒコーキを手に取る。

パタパタと 男の子がランのもとへやってきた。

ランが手にしているのは その子の紙ヒコーキなのだろう。


男の子が ちょっと不安そうにランを見上げる。


「名前は?」


ランが素っ気なく男の子に聞く


「……カナル」


男の子が 紙ヒコーキを返して欲しくて こわごわ答える。


ランは右手で紙ヒコーキを持つと 左手を紙ヒコーキにかざした。


『ネーム:カナル 強化、防水』


ランが魔法をかけると、紙ヒコーキが仄かに光り、しずまる。

紙ヒコーキの翼に 『カナル』の文字が刻まれている。


「うわぁ!お兄ちゃん、ありがとう!」


カナルが満面の笑みを浮かべ、紙ヒコーキを持っていった。


それを見て、子供達が わぁーっ、と ランに駆け寄る。


「僕、僕のも!」「私、ナナリ!」「おにいちゃん、コレも!」


「わっ///ちょ、まてまて、、」


いきなりの人気っぷりに ランが顔を赤くする。

タジタジのランが可笑しくて、サクラは笑ってしまった。


「笑うな!サクラ!お前も手伝え!」


「私、そんな魔法使えないも~ん」


「くそっ///」


ランは十人分の名入れと 強化、防水をやらされ、すっかり懐かれてしまった。


「お兄ちゃん、外で遊ぼうよ!」


「庭から出ないでね」


「わかってるよ、ハンナばーちゃん!」


ランは男の子達に手を引かれ、外に遊びに連れていかれてしまった。


「ハンナさん」


イシルはあらたまってハンナに問う。


「何かお困りの事があるのでは?」


「え?……いえ」


「庭に荒らされた形跡がありました。この部屋も そうですね」


「あ……」


壁に走る亀裂は 物がぶつかった跡、端に寄せてある壊れた椅子、割れた食器。


ハンナがため息を吐く。


「実は、お恥ずかしい事に 金貸しに返済を迫られておりまして……病気の子の薬を買った時に借りたのですが、まだ返済しきれておらりません」


平和そうに見えても、やはり影は存在する。

高利貸しだったのか、弱いところにつけこむものはどこにいってもいる。


「その子は治ったんですか?」


「ええ、旅の魔術師の方が治療してくださいました」


「そうですか。では……」


これをと、イシルは一粒のサファイアを渡す。


「こんなには……」


ハンナがこれはもらえないとイシルに返そうとする。


「アイリーンはですから」


「それでも多すぎます」


「多すぎる分は家の修理と子供達に暖かい服を買ってください」


「ありがとうございます」


「それと、もうひとつ」


イシルがハンナに人工魔石をわたす。


「亜空間ボックスの鍵です。中に アイリーンが売っている食べ物『コロッケ』とパンが入っています」


アイリーンからですので、遠慮なく。と。


「次はアイリーンを来させますよ」


イシルはハンナを安心させる笑顔で約束する。

ハンナは アイリーンをお願いします と 託す。


「では、先を急ぎますので」


「どちらに行かれるんですか?」


「ローズの街へ向かいます」


「長旅ですね、お気をつけて」


立ちあがるハンナの腰をイシルが支えてくれた。

イシルの手は ふわっ と、あたたかい。


ドアまでハンナと子供達が イシルとサクラを見送る。


″がちゃっ″


″ビューン″


イシルの前を風が走る。


「……何 やってるんですか」


そこには 子供五人を乗せて走り回る でかい黒豹がいた。




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