105話 コーヒーブレイク







豆腐が好きで、甘味が好きで、お酒が好きなシズエさん。

湯たんぽを使い、植木をいじり、将棋を指し、鬼平を愛読するシズエさん。

洋食苦手 早寝早起き 箸使いに厳しく、1200歳のイシルさんと 精神年齢が近いシズエさん。

緑茶を教え、デートを教え、結構いらんことをイシルさんに教えたシズエさん。


シズエさんは 男の人だった。

納得。


サクラは薬局で薬をもらい、異世界へと戻ってきた。


シズエと会ったことを話したい。

シズエが元気だったことを伝えたい。

イシルのことを憶えていたことを教えたい。

直接は言わなかったが、と飲めと、お茶を渡してくれたのだから。


(なんで男の人だって言ってくれなかったんだ)


文句も言いたい。

知ってたら 変なヤキモチ妬かずにすんだのに。

勝手に女の人だと思い込んでいただけなのだが。


話したいことが いっぱいある。

――――早く、会いたい


「おかえり、サクラ」


「あ、ラン、ただいま~」


迎えにきたのは イシルではなく ランだった。


「酒か!?」


ランは目ざとく八海山に飛び付く。

持ってくれるからいいか。重かった。


「全部がランのじゃないからね」


「えー!」


家についたが、イシルの姿はなかった。

ランに飲まれては困るので 酒は全てサクラの部屋にしまう。

すぐに飲みたいというランに、

美味しい飲み方があるからと説得。


「イシルさんは……」


「なんか、貴族が来たらしくてさ」


「貴族?」


どうやらコロッケを買いに貴族が自らやってきて バーガーウルフは大変だったらしい。

イシルは サクラのお迎えをランに託し、対応してるそうだ。

他に適任者がいなかったから。

貴族の扱いなんて誰も知らない。


ここにイシルはいないのか……


「みんなにお土産買ってきたから村に行きたいんだけど……」


「つれてってやるよ」


サクラはランと 魔法陣の部屋へ向かい、

ランの魔力で 組合会館の地下へと転送してもらう。


お土産のこともあるけど……早く顔がみたい。


目の前の景色がかわり、視界にぼんやりと薄暗い部屋が見え始める。

古いランプや小物、家具、色んなものが雑多に置かれている。

その奥には本棚。

本棚には古い本や書類、大小の箱。


ぼんやりと 灯りが灯っている。

散らばった本、そして――――


抱き合う一組の男女。


男は女の肩を引き寄せ 頭を包むように腕でかかえ 抱き締めている。

女は顔を赤く染め 驚いたような表情で 男の腕の中にいた。


――――イシルとシャナだった。





◇◆◇◆◇





イシルが サンミと 貴族のことで話があるというので、銀狼亭にやってきた。

シズエ殿のところから買ってきたおからドーナツでお茶にする。


メンバーは イシル、サンミ、ラン、アイリーン、そしてサクラ。

サミーとミディーは帰るというので、オールインワンジェルのプレゼントとおからドーナツを渡した。

もちろん、子供達の分のドーナツも。

リズとスノーにもね。


サクラはキッチンで アイリーンと お茶の準備をする。


「フフフッ」


アイリーンがドーナツを大皿にならべながら 不敵な笑みを浮かべた。

……なんだ、コワイな


「貴族が来るなんて……ツイてるわ」


あー、わかりました。

貴族の方は男の人だったんですね?

しかも、独身?


「他にも来るわ、きっと」


目がコワイよアイリーン

獲物を狙う獣の目ですよ、ソレ。

サクラはカップを用意しながら苦笑い。

ソーサーに、カップを並べ、ティースプーンを添える。


「サクラ、大丈夫?」


「え?」



アイリーンがカップを指差さす。


「うおっ!」


サクラがカップのソーサーに添ていたのは ティースプーンではなく、ケーキフォーク。


「あはは、間違えちゃった」


「ぼーっとしてんじゃないわよ」


アイリーンがケーキフォーク回収し、ティースプーンを添えていく。


このケーキフォークはサクラだ。

サクラ自信。


サクラは 先程の光景を思い出す。

組合会館の地下室で見たもの……

スローモーションのようにはっきり見えた。


シャナが本棚の上のほうに手を伸ばす。


本を取ろうとしたら 周りの物が引っ掛かり色んな物が崩れて来た。


イシルがシャナを引き寄せる。


本がバサバサと落ちてくる。


イシルは落ちてくる本からシャナの頭をかばうよう 抱きすくめた。


シャナの細い指先が イシルの胸にかかる。


頬を赤く染め、驚いた表情。


そして、うっとりとイシルの胸に体を預ける。


書類の束が 羽のように舞う中で。


――――キレイだった。


シャナを抱くイシルも、寄りかかるシャナも、とても


映画のワンシーンをみているようだった。

現実味のない スクリーンの中の出来事。

サクラが入り込めない世界。


壊れそうなシャボンを眺めるような気持ちで サクラはそれを見ていた。


事故だった。

うん。見てたから、わかるよ。


ただ、走り出しかけていたサクラの心に ブレーキをかけるには 十分な出来事だった。


サクラのと イシルのは 違う。


イシルの隣に サクラは似合わない。


コーヒーカップに添えられたフォークと同じ。

その場所にはのだ。


イシルとシャナを見て お似合いだなと思った。

本来あるべき姿だなと。


シズエの時に感じたもやっと感はなかった。

あれは サクラとシズエがだったから感じたことだ。


ただ、ああ、そうだったな、と。


サクラは手にした小瓶から 茶色の粉をスプーンでカップに入れる。

並んだカップにお湯を注ぐ。

柔らかく 酸味のある香りが 湯気とともに立ちのぼる。

琥珀色の液体。

この香りをかぐと 穏やかな気持ちになる。


『珈琲』


「粉のやつなんて初めて見たわ」


アイリーンが不思議そうにカップをのぞく。

サクラがいれているのは インスタントコーヒーである。

現世で買ってきたのだ。どうしても飲みたくなって。

異世界にもあったのね、コーヒー。

昨今のインスタントコーヒーはびっくりするほど香り高く、美味しい。


サクラとアイリーンは コーヒーとドーナツをダイニングへ運び、ソーサーにのったカップをサーブする。


「いい香りですね」


イシルがサクラに微笑む。

サクラはイシルに笑い返す。


(咄嗟にシャナさんを助けるなんて、サスガです!ナイスイケメン!)


大丈夫。通常運転。


サクラは席に付き カップに口をつける。

コーヒーの香り……

香ばしく落ちつきのある苦みが 口のなかに広がる。


(頭ん中お花畑すぎた……何を浮かれていたんだろう)


独特の苦味が 香りをまとって 頭をスッキリさせてくれる。


(クリスマスの空気に当てられてたのかな……)


現世にいたとき コーヒーを飲んでリフレッシュしてた。

サクラは一瞬だが、異世界にきてはじめて の顔をした。





◇◆◇◆◇





【side ラン】


ランは サクラが村に行きたいというので、魔方陣の部屋へやってきた。


目的地の組合会館の魔方陣は小さい。

くっつかないと入れないから、ランは後ろからサクラを抱きしめる。

このときばかりは サクラを抱いても弾かれない。


(ムッツリのジジイイシルの考えそうな事だ)


ランは機嫌良く 魔力をこめる。


目の前の景色がかわり、視界にぼんやりと薄暗い部屋が見え始めた。


「え?」


バサバサと本が落ちる。

書類の束が 羽のように舞う。


本棚の前で抱き合う男女。


腕の中のサクラが 一瞬 硬直したのがわかった。


「なにやってんだよイシル~」


ランはつとめて何事もないかのように声をかける。


「ああ、ランディア、来たんですね」


イシルも 何事もないかのように返事をする。

実際、何事もなかったのだから。


大丈夫ですか、と、サクラが二人に駆け寄る。


シャナが本を取ろうと上に手を伸ばしたら

崩れて物が落ちてきた。

イシルはそれをかばっただけ。

事故だ。


でも、ランが声をかけなければ、二人はどうなったかわからない。

雰囲気にのまれることだってある。

シャナは それを望んでいる表情かおをしてた。

ランならそのまま押し倒してる。

そうなれば、イシルという邪魔者が消えてくれるじゃないか。


なのに


(なんでオレはイシルに声をかけた?)


ただ、サクラにみせたくなかった。

イシルがシャナと抱き合う姿なんて。


サクラがイシルの上着に寄り添っていた日の事が頭からはなれなかった。


寂しそうなサクラの顔が 忘れられない。

サクラにあんな顔 させたくない。


(オレはどうしたってんだよ)


サクラの悲しい顔は ランを悲しくする。


今までこんなこと感じたことない。

自分のことより 人が悲しむ姿が見たくないなんて……


サクラは散らばった書類を集め、片付けを手伝う。

イシルは本をひろいながら、その中の一冊を シャナに差し出す。


「これですよね、探していた本」


「ありがとうございます」


イシルは貴族訪来のせいで遅くなった シャナとの約束をはたしていたのだ。

シャナを送り出すと、イシル、ラン、サクラは 銀狼亭へと向かう。


サクラは普通だった。

銀狼亭につくまで、体重が減ったお礼を言われ、クリスマスとやらの説明を受けながら歩いた。



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