92話 シチューとムニエル






イシルは 風呂からあがると、嫌がるランを風呂場に放り込み、夕飯の仕上げにかかる。


本日の夕食は


『クリームシチュー』

『白身魚のムニエル』



シチューはコトコト煮込んであるので、ムニエルを焼く。


白身魚は塩コショウをしておく。

それと……


「粉チーズですか?」


「はい。ムニエルはまわりをカリッとさせるのが魅力ですが、小麦粉は使いたくないので 代用します」


白身魚に粉チーズをまぶす。


「風味もでて美味しいですよ」


フライパンにオリーブオイルをひき、表になる面から焼いていく。


″じゅわ~″


チーズは焦げやすいので 中火で、火加減をみながら。

チーズが少ないと感じたら、振り足してもいい。

熱を入れる前は 粉チーズがくっつきにくいから。


香ばしい匂い。

表がやけたらひっくり返す。


こんがり、きつね色。美味しそうなムニエル。


「「いただきます!」」


今日のサラダはほうれん草。


「あぐっ」


生のほうれん草は しっとりしてるのに、しゃくしゃく食感が楽しめる。

ソースはバルサミコ。

ほんのり甘酸っぱいコクのある香り。


″カリッ″


空煎りしたクルミがアクセントだ。


「んふ///お洒落サラダ」


さっぱりしてて、もりもり食べられる。

ほうれん草ときたらカリカリベーコン!てのが定番だが、今日はあっさり仕上げたようだ。


そして、仕込んであったシチュー。


それは 真っ白なシチューだった。

鶏肉がメインで入っていて、

あとはイシルが八つ当たりしていた野菜たち。

大根、白いしめじ、白いマイタケ、マッシュルーム、えのき、エリンギ……

キノコたっぷりでとろみが少しついている。


「白いシチュー……キレイですね」


野菜嫌いのランが ここで口を挟む。


「シチューに大根かよ」


「美味しいですよ」


スプーンですくって口に入れる。


″ほくっ″


「ん~!」


大根だ。

キノコからたっぷりでている旨みと香り。

ほくほく大根に クリームがからみつく。

水っぽさは感じない。

噛むと大根からあふれる旨みの水分が 回りを包むクリームに馴染んで美味しい。

ほんのり感じる大根の甘みがまたいい。

和風で煮るのとはまた違う魅力がひきだされている。


「大根クリーム煮!冬はやっぱりシチューですね~」


キノコの歯ごたえもたまりません。

シチューとほうれん草サラダって 相性がいいなぁ

シチューの時って 献立難しいよね。


そして、白身魚ムニエル。


″パリッ″


箸を入れると、カリカリ感がわかる。


「ぱくっ……ん~!」


外はかりっと、中はふんわり。

淡白な白身魚を 香ばしいチーズが包んでいる。


「これも、シチューに合いますね~」


イシルさん チョイスが神ってますよ!


「サクラ、毎日着たほうがいいぞ」


あの服とはメイド服のことだ。

ランの言葉に イシルがぴくりと眉をあげる。


「サクラがもってる服の中で一番だからな」


「確かに。機能面でいえば一番ですね……」


反対するかと思われたイシルが 同意をのべる。

何事かを少し考えて 再び口を開いた。


「僕は明日出掛けてきます。心配なので 朝からあの服を来ていってください」


「どこ行くんだよ」


ランの質問にイシルが言いたくなさそうに口をひらく。


「シャナがディコトムスと遭遇した場所へ」


「ふーん……あの女と出掛けるんだ」


「ええ。回復したようなので」


「ま、サクラのことはオレにまかせて 出掛けてくればいいさ」


「……単なる調査です。変な言い方しないでください」





◇◆◇◆◇





次の日の朝


″コン、コン″


「はい、どうぞー」


サクラが着替えを終えると イシルが部屋へやって来た。


「おはようございます。早いですね、イシルさん」


「ええ。僕は先に出掛けますので」


顔を見に来た、と。


「着替えたんですね、似合いますよ」


「……ありがとうございます」


着なれないし恥ずかしいんですけれどね。


イシルは壁際にかけてあるサクラのパーカーを手に取り、広げる。

着ろと言うことか。


「すみません」


サクラはイシルが広げたパーカーに 袖を通す。

ランディアになんと言われようが、人には見せたくないらしい。


「昨日はありがとうございました」


サクラにパーカーを着せながら イシルが礼を言う。


「お風呂、いい香りでした」


「ああ!」


昨日 サクラがいれなおしてくれたお風呂は 新緑のいい香りがした。


「イシルさん、疲れてるみたいだったから、入浴剤入れたんですよ」


ドラッグストアーで買った温泉のもと。

サクラに出来ることといえばそれくらいだ。

イシルはなんでもこなしてしまうから。


「おかげさまで癒されました」


香りにも癒されたが、サクラの気遣いにも癒された。


「でも、一番の癒しは……」


サクラがそばにいること。


こんな気持ちになるなら 村へは行かせず

この家しか知らないままでいさせれば良かった。

それがエゴだとしても……

二人だけの世界の中に綴じ込もっていれば 一人占めできたのに。

今さら遅いが。


「貴女です」


サクラの頬を 両手で包む。

ぷにっ、と サクラの柔らかさを 手のひらに感じながら、親指で サクラの頬を 慈しむよう撫でる。


変顔へんがおが?」


「違いますよ」


サクラの頬を持ち上げ、上をむかせる。


「今日は紅はつけてないんですね……」


イシルが顔をかたむける――――


『うわ――――!!』


廊下から叫び声。


「……」


イシルの朝の癒しタイムは ランの叫びによって奪われた。


「おはようさん、迎えにきてやったぜ?」


悲鳴の原因はギルロスだった。


「何でお前がここにいるんだよ!!」


「僕が許可しました」


サクラを伴って ランの部屋を通りすぎながら イシルが言い捨てて階段を降りていく。


「じゃあ、サクラさん、帰りは迎えにいきますから」


どうやら サクラの帰りに間に合うよう 早く出るようだ。


「何かあったら、ランディアを呼ぶんですよ」


イシルは ギルロスに後を任せて 先に出掛けていった。



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