91話 膝枕
家につくと、ランは サクラの肩にかけてあるイシルの上着を ぽいっ、と 長椅子ソファーの背もたれに無造作にかけ、サクラを座らせた。
「ちょっと座ってて」
そう言って部屋を出ていく。
「なんだろ……ふわ~、サスガに今日は疲れたな~」
両手をあげ背伸びをし、脱力した後
ぱふん、と 背もたれに体を預ける。
体力的にというより、気疲れした感じだ。
新しい事は楽しいが 慣れない分疲れる。
ひよいっと横を向くと イシルの上着が無造作にかけてある。
(アイリーンが言ってた刺繍……これ 金の糸なんだ)
深い緑色の上着に 金の糸で丁寧に刺繍が施されている。
イシル愛用の上着だ。
サクラが来たばかりの時も 昼寝してたサクラにかけてくれた事を思い出す。
「イシルさん、忙しそうだな……」
サクラは無意識に イシルの上着に頬を寄せた。
目を閉じる。
ふわっとあったかい感情がわきあがる。
イシルが すぐそこにいるようで……
″すりっ″
頬をすりよせた。
「うおっ!」
自分の行動に驚いて 思わず背もたれから離れる。
(何した?自分、今、何した??)
軽くパニックである
(上着に甘えるなんて!疲れている、疲れてるんだ~!!)
「あ、ラン」
わたわたしていると、入り口にランの姿を発見した。
(……見られた?)
ランは何事も無かったかのように サクラにブラシを差し出す。
(見られてなかった?恥ずかしすぎる……)
「毛繕いしてくれる?」
ランはブラシを取りに行っていたようだ。
「じゃあ、着替えてくる」
「いいじゃん、そのままで」
「仕事の服だし、ネコ毛ついたら困るよ」
「そのままがいい」
ランは立ち上がったサクラを もう一度座らせると メイド服をまじまじと眺めた。
「この服、完全防水か。火耐性、裂傷耐性、防汚、抗菌、耐圧……」
リズ、スゴいな……ガス爆発があっても大丈夫そうだね。
「しかも、柔らかくて動きやすそうだ。通気性もある」
そして、ソファーに座るサクラの前にひざまづく。
美しい姿勢……さまになってる。
さすがはホストもどき。
いちいち女心をくすぐりやがる。
ランは 優美な所作で、すっと サクラの足を手に取った。
「ちょ、ラン///」
「靴もだな」
安全靴ですか!?
「滑り止め、衝撃吸収も追加されてる」
工事現場でもイケますね!
「ネコ毛くらい大丈夫」
そう言って そっとサクラの足をおろす。
「そう……デスカ」
ランはひざまづいたまま 意味深にサクラを見つめる。
男の人がひざまづいて見つめるなんて、ないよ?普通。
どうしろっての?
「なに?」
その空気に耐えられなくなったサクラが口を開く。
「今日のサクラは可愛い」
異世界でもメイド服は萌えるんですかね
「ブラシ……貸してよ」
サクラは恥ずかしくなって話をそらす。
「うん……」
ランは サクラにブラシを渡すと、サクラの膝を抱き、こてん、と頭を乗せた。
「いやいやいやいや、そうじゃないよね?」
駄目か、と 舌打ちすると子猫になってサクラの膝にのる。
ランの背中をなでる。
ふかっ、と、ネコ毛が指の間を通っていく。
ブラシをかけると ランが気持ち良さそうにゴロゴロと喉をならす。
あたまの上を撫で 耳の後ろを掻くと ランが目を細めた。
「気持ちいい?」
ランが上を向く。首の下を掻いてほしいんだな。
首の下を撫で、優しくブラシをかける。
「冬毛は柔らかいね」
冬は熱を逃がさないよう 中の柔らかい毛が多い。
大概どの猫ももっふもふのフル装備になる。
夏は逆に 内側の毛が抜けて 通気性を確保し、外側の固い毛が 紫外線から体を守るために伸びる。
夏に猫をなでると、スベスベする。
換毛期が過ぎて 冬毛がそろってるせいか、あまり抜け毛がなかった。
ごろん、と、ランが仰向けになる。
「いや、サスガにお腹は……」
例え猫の姿であろうが、腹は撫でられない……
もとは人なんだから。
「なんだよ、ケチ」
「わっ!」
ランが人型で文句を言う。
突然はやめてくれよ、心臓に悪い!
膝枕するとか恥ずかしいんですけど……
戸惑うサクラに ランが手を伸ばし、
サクラのゆるふわボブをさわる。
「――オレが いるから」
ランが小さく呟く。
「え?」
サクラには届かないランの
イシルがいなくても オレがいるよ
蒼く 澄んだ瞳が 真っ直ぐにサクラを見上げる。
「なに?」
「下から見ると 迫力あるな」
「うっ……腹?」
きゅっと、 サクラが お腹を引っ込める。
フルフルと 膝の上で ランが首を小さく横にふる。
「もしや、顎!?」
サクラは 喉を押さえる。
二重顎か!?
ランは にかっ と笑って 答える。
「胸」
″ガタン″
「わっ!なんだよ、急に立ち上がんなよ、あぶねーだろ!?」
ランが椅子から転がり落ちる。
「///っ、着替える!」
サクラは 出口に向かう。
ランが笑いながら サクラに声をかける。
「
「え?」
「体重落とすと 減るぞ」
サクラは胸に手を当てる。
体重落ちてくれるならいいけど複雑。
ランを見ると 合掌ポーズをしていた。
「身体動かすとき、このポーズ追加な。減ると勿体ない」
勿体ないって、あんた……
「なんならオレが
″すぱ――――ん″
ランが言い終わらないうちに サクラの結界がランを弾く。
「あぶねっ!部屋ん中で弾くなよ!家具壊したらイシルに怒られんだろ!」
「ランが悪い!」
サクラは着替えに出ていった。
「なんだ、元気じゃん」
◇◆◇◆◇
イシルが村から帰って来た。
リビングに入ると、ソファーの背もたれの上に 子猫のランが寝そべっているのが見えた。
「ランディア、そんなところで何を……」
近づいて イシルは 言葉を止める。
そう、ランが寝ていたのは イシルの上着の上。
「……何の嫌がらせですか」
ランがヒラリと 飛び降りる。
「毛だらけじゃないですか」
イシルは上着を窓辺に持っていくと バサッとはたく。
勿論、防汚魔法が施してあるので すぐにキレイになったが。
「サクラに膝の上でブラシかけてもらったんだけどさー」
ピタリとイシルの動きがとまる。
「背中しかブラシかけてくれなかったんだも~ん」
ランがこれ見よがしに自慢する。
サクラの
「気持ちよかったな~ひ、ざ、ま、く、ら」
「……サクラさんは?」
「風呂」
「そう、ですか」
サクラの行動が無意識だったぶん、余計に気にくわない。
イシルもこのモヤモヤを味わうといい。
ランが続けてイシルをあおる。
「サクラ 可愛かった」
「……」
「オレだったらみんなに見せびらかしながら歩くけどな~」
猫のようにしなやかに イシルにすり寄り、更にイシルに絡む。
「自分だけ見たいなんて……」
耳元にささやく。
「イシルって むっつり?」
イシルは無言でキッチンに入ると、野菜を取り出した。
″ダンッ!……しゅるっ、ザンッ!″
ランが そっと覗く。
(野菜に八つ当たりしてる……)
「イシルさん、お帰りなさい。もう夕食の準備ですか?」
サクラが風呂から出て来て ひょっこりキッチンに顔を出す。
「ええ、下ごしらえだけしてしまいます」
「お風呂入れなおしたんで入ってください、私かわりますよ」
「大丈夫です。今、切り刻みたい気分なので」
(やべぇ、オレ、切り刻まれる?)
ランは こっそり キッチンから離れる。
「すぐにすみますから。終わったらお風呂、いただきますね」
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