90話 天職







アイリーンは 実際よく動く。

自分の客を相手しながら

両サイドのリズとスノーの面倒までみていた。


リズの客が 早くしろと文句を言えば、


「すぐご用意しますね」


と、極上の笑みを浮かべて横からフォローし、

頬を染める客に、


「お気をつけて、旅のご無事をねがっています」


と、付け加える。


スノーの客が 釣りを渡すスノーの手を握ろうとすると


「不馴れでごめんなさい、商品になります」


と、バーガーを渡し、相手の手をふさぎ、釣りを客の掌に乗せさせ


「またお待ちしてますね」


と 気分よく追い返す。

きっとあの客はまたくるだろう。


自分の客を前にすると


「温かいうちに食べてくださいね」


と、嫌味なく ゼロ円スマイルを振り撒く。

列から離れた客は、すぐさまコロッケバーガーにかぶりつき、うまい、うまいと宣伝してくれる。


天職だ。

全ての語尾にハートマークがついている。


「サクラ、アイリーン、休憩してきなよ」


そう言って、ミディーがハンバーガーを渡してくれた。

サクラとアイリーンは 休憩室に戻り、一緒にランチタイム。


「あー、疲れた」


アイリーンは椅子にどっかり座り、ハンバーガーをかじる。

一緒に休憩に入ったはずのサクラがいない。


(……いつものことだ)


アイリーンが仕事が続かない理由

――――同性に好かれない。


サクラは大丈夫な気がしてベラベラ喋りすぎた。

またファーストコンタクトを間違えたのだろう。

頑張ってフレンドリーに接したつもりだったのだが。


仕事をしているだけで 生意気だと 陰口をたたかれる。

大人しくしていると 良い子ぶって と ハブられる。

大きく出ると いじめられたとチクられる。


トラブルメーカー扱いされて 三日ともたない。

自分が全く悪くないとは言わないが、

だったら直接かかってこいよ!と思ってしまう。


(ここも続かないかな……)


ボッチ飯なんて慣れっこだ。


″……コトン″


目の前にカップが置かれた。

温かい湯気があがり、紅茶のいい匂いがする。


「……え?」


「ふあー、疲れたね アイリーン」


サクラは アイリーンの正面に座ると、ガサガサと ハンバーガーの包みをあける。


「いっただっきまーす、あぐっ」


もぐっ、むぎゅっと 噛み締めて サクラは 美味しそうにハンバーガーを食べだした。


「んー!パテの肉々しささがたまらん!粗挽きサイコー///」


″かぷり……むぐっ″


なんて 美味しそうに食べるんだろう……


″……はむっ″


アイリーンもハンバーガーにかぶりつく。


「……美味しい」


「よね!売れないわけがない、100%肉!尊い……あぐっ」


(変なヤツ……)


アイリーンはハンバーガーを食べる。


″あむ……″


……味が、変わった?

さっきより美味しく感じる。


″フー……ズズッ、コクン″


サクラのいれてくれた紅茶をのむ。


(あったかい……)


紅茶のいい香り


アイリーンはサクラを見る。

口一杯に入っているのか、リスの頬袋みたいになってる。


「……っ!口に入れすぎよ!!」


「むぐっ?」


「ぶっ細工な顔になってるじゃない!」


そういって、アイリーンは楽しそうに笑った。





◇◆◇◆◇





14時頃、イシルがサクラを迎えにきた。


「帰れますか?」


「あ、はい!」


この時間になると 客はほぼいない。

営業時間を変える相談をしているところだった。


「着替えてきますね」


「いえ、そのまま 荷物だけ持ってきてください」


「はい……?」


よくわからないが、サクラは休憩室に荷物を取りに行き イシルのもとに戻る。


「おまたせしました」


″フサッ″


肩にイシルの上着がかけられる。


「では、帰りましょう」


「イシルさん、あの、これは///」


「勿体なくて 他の人に見せたくありません」


言った……言い切ったよ、この人


ちらりとサミーたちをみれば、全員が ちょとと気恥ずかしそうにしている。


公開処刑!?皆の前ですよ?

メイド服より よっぽど恥ずかしいんですけど!!

彼氏の部屋でYシャツ一枚でいるのを見られた ってくらい こっ恥ずかしいんですけど!?


「じゃ、やっぱり着替えて……」


イシルは眉をひそめる。


「それじゃあ 僕が見られないでしょう」


ぐわ~よくもまあそんな歯が浮くようなセリフを真顔で言えますね!


ミディー、その 見てしまったけど見てないよ?みたいな目やめてぇ~

サミー、あらあら、みたいにほほえまないでぇ~

リズとスノーは目ん玉飛び出しそうにキラキラしてるよ!?

アイリーン……地がでてる……けっ、て顔シテルよ?大丈夫?


イシルはサクラから荷物を奪うと、サクラを連れて歩きだした。


「「また明日~」」


後ろからリズとスノーの声が飛んでくる。

恥ずかしくて 返事どころではない。


「今日は一日中 ギルロスに付き合わされたんです」


イシルさん、ちょっとお疲れですね?

村の女子はさぞ目の保養になったであろうが。


「村の外壁に監視魔法かけてまわったんですよ。ディコトムスのことがありましたからね。魔物が侵入したらわかるように」


「大変でしたね」


「僕にも癒しが必要だと思いませんか?」


「じゃあ、帰ったらすぐにお風呂準備しますね!」


「そうじゃなくて……」


「おっ!サクラ なんだその格好は」


組合会館へつくと、ランが出てきたところだった。


「折角可愛い格好してんのに 何で隠すんだよ」


「いや、これは……」


「ランディア、何処へ行ってたんですか?」


「え?」


「君のお陰で 僕はかわりにギルロスに連れ回されたんですけどね」


「あ、いや~……」


そうか、ランはギルロスから逃げ回っていたのか。

どうりで村に来たがらない訳だ。


「イシル!」


噂をすれば何とやら、当のギルロスもご到着。


「なんだサクラ、折角可愛くしてるのに何で隠してるんだ?寒いのか?」


「だから、これは……」


「まだ何か用ですか、ギルロス」


「ああ、シャナが回復したんだが、怯えて話になんねーんだよ」


「……それで?」


「ディコトムスのこと聞いてくんねーかな」


ギルロスが言いにくそうに言う。


「お前を呼んでるんだ」


頼む!と、ギルロスが手を合わせる。


「何で僕が……」


「人がくるまで手伝ってくれるんだろ?は逃げ回ってるし」


ギルロスがランを見る。


「サクラはオレが連れて帰るよ、じゃ!イシル、お仕事頑張って!」


ランは シャキーン!と、騎士の敬礼をすると、

イシルからサクラの荷物を奪う。

サクラの手をとり、逃げるように帰っていった。


イシルがギルロスを睨む。

あきらかに不機嫌だ。


「……スマンな」


「さっさと終わらせましょう」


イシルとギルロスは 連れ立って歩きだした。



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