87話 半熟卵雑炊







ギルロスがアイリーンに向き合うと、アイリーンの方から質問してきた。


「ギルロスさんは、この村の人ですか?」


「……いや、雇われだ」


「この村 強そうな人が多いですね」


「ドワーフの村だからな。売ってる武器の質がいいからだろう」


何かを、探っている?


「あの、私、仕事を探してて……」


「アジサイ町から来たんだったな」


ラルゴが商談に行ったのはアジサイ町。ハーフリングの村を経て ドワーフ村へ帰って来た。


「住んでるのはアザミ野です。アザミ野町へ戻るところでした」


アザミ野町へ帰るなら リベラの住むオーガの村を経由する。

リベラと一緒に オーガの村に向かった方が安全だった筈だ。

リベラがBランクの冒険者だということは、聞いていたのだから。


「こんな村より、町に帰った方が金を稼げるんじゃないのか?」


「……駄目だったんです。アジサイ町でも、アザミ野町でも」


これは、嘘だ。この容姿ならだけでも 雇う店はいくらでもあるだろう。

この村に何か目的があるのか?

それとも、町にいられない理由が?


「明日から新しく店が始まるんですよね?忙しそうだって。私、お金が必要なんです」


唐突にバン!と扉が開き、イシルが戻ってきて、話が中断する。


「サクラさんは?帰ったんですか?」


珍しく 少し慌てている。


「今帰ったぜ」


「そうですか」


帰ろとするイシルをギルロスが引き留める。


「ディコトムスのことは聞いたのかよ」


は衰弱していて それどこではありませんでしたよ。明日にでも聞いてください」


「お前が聞いてくれよ」


「僕は隊員ではありません、出資者です」


関わりたくなさそうだ。

ギルロスは帰ろうとするイシルの背中に声をかける。


「なんだ?怖かった って 抱きつかれて泣かれたか?」


イシルの動きがピタリと止まる。


「図星か」


です」


顔を振り、ギルロスを見たイシルの横顔が 心底イヤそうで……

ギルロスは思わず笑いそうになってしまった。

サクラがいないところでは もするんだな。


かかえたりするからだろ」


「早く終わらせたかったんですよ」


「サクラは帰ったんだ、ゆっくりしてけよ、つれないなぁ」


「サクラさんのお昼がまだです!」


「……母親かよ」


ギルロスは苦笑する。

イシルは アイリーンとラルゴには目もくれず 帰っていった。

ラルゴが見るからにしょんぼりしている。


「……あの人も、村の人ですか?出資者って……」


「さあな。なんでそんな事気にするんだ?」


「えっ?いえ……」


アイリーンが口をつぐむ。

怪しい。

イシルを帰すんじゃなかった。


「ラルゴ、話は聞いてただろ」


「……はい」


「長旅で疲れてるとこ悪いが、サンミのとこに連れてってくれ。労働希望者だ」


「……はい」


ラルゴはアイリーンを連れて 銀狼亭へと向かった。


「俺は 手紙でも書くかな」


警備隊をつくるなら人が必要だ。

依頼主である サン・ダウル第一王子 メルリウスに手紙を書く。

それと、今はバラバラになっている へと。





◇◆◇◆◇





″ピコーン……ピコーン……″


″ガガガガガ……ザザサ……″


機械音の中心で、男が通信している。


村へはうまく潜り込めたのか?


……そうか、よかった。


何?赤髪の剣士が生きていただと?

死んだはずではなかったのか!?


……厄介だな


エルフもいるのか。


悟られる前に 実行しろ、を無事にかえして欲しければな……




◇◆◇◆◇




イシルが家へ戻ると、サクラとランは食事をするところだった。


「あ、お帰りなさい イシルさん」


「早かったな」


ランディアの舌打ちが聞こえた気がしたが、捨て置く。

とりあえず、昼ごはんは食べていてくれたようで、ホッとする。


「何、食べてるんですか?」


「え?あ、まだ、これから食べるところで、、、」


テーブルにあるのは お椀一つ。

サラダは?

おかずは?


「……おじや?」


イシルは椀をみる。

おじやですらなかった。


「えっと、朝の雑穀米と味噌汁で……」


かけただけ。


「まったく、あなた達は……」


イシルは 二人の椀をさげると、鍋に入れて火にかける。

朝の残りの雑穀米と味噌汁も足して。


「それはそれで美味しいですがね」


煮たったら 中火にして、卵を三個割りいれる。

卵同士がくっつかないよう、離して入れる。

蓋をして中火で三分程。

吹きこぼれそうなら 蓋はしなくてもいい。

卵が好みの固さになるまで煮る。

オススメは半熟だ。


その間に青ネギを刻んでおく。


卵が割れないよう注意しながら三人分椀に盛る。

ネギをまぶせば、手早く 簡単雑炊の出来上がりだ。


「「いただきます!」」


蓋をしたことで、卵に薄く白いがはっている。

ツヤツヤで、張りがあり、見るからにオイシソウ……


″ぷつん……トロ~ッ″


スプーンを入れると、少しの抵抗の後 白身のが破れ、黄身がとろりと顔を出す。

流れすぎず、なんとも絶妙な固まり具合。


「はむっ……もちっ」


味噌汁が染みて、雑穀のモッチリ感が増している。

濃厚な黄身が絡まり、味噌汁の甘味をやさしくつつむ。


「ん~!黄身のまったり感がサイコーですね!」


上にかけた青ネギが それを引き締める。


「イシル おかわり」


ランがイシルに椀を差し出す。


「君は サンミのところで食べたんじゃないんですか?」


「イシルのメシはうまいからな」


イシルは 残りの雑炊の鍋に鰹節をぱらりとかけて、ひと煮たちする。

鰹節の香りが立つ。卵のかわりだ。

ランによそってあげる。完売だ。


「はぐはぐ……もぐっ、んぐっ」


「僕がいないとダメですね……あなたたちは」


やれやれとため息をつくイシルは どこか嬉しそうだった。



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