84話 甘々アイスワイン







トウモロコシ畑を抜けると ブドウ畑が広がっていた。

ブドウは後期収穫時期の真っ最中

農園の主の ホルムが案内してくれた。


地下の酒蔵へと降りていく。

ひんやり、湿った空気が流れている。

現世だと毎年11月第3木曜日に新酒のボジョレー・ヌヴォーが解禁となるが、異世界こっちでも 前期の若い新酒ができたばかり。


樽のコックをひねり、シルバーのテイスティングカップにちょっぴりいただく。


″コク……″


色味のわりに渋みは少なく、フレッシュな味わい。

若く、飲みやすい、さっぱりした口当たりのワイン。

寝かせずに 若いまま飲むのがイイ。


「今年のはちょっと若々しすぎたかね」


ホルムが様子を伺うように尋ねる。


「美味しいですよ!フレッシュなのにまろやかな香りが残って、いくらでも飲めそうです」


「そうかい、嬉しいねぇ」


少しずつ年代をとばしながら、古いものをいただいていく。

どれも素晴らしい。


見繕って、瓶につめてもらう。

更に奥には 瓶で寝かせたワイン達が……


そして 見つけてしまった。

随分放置してあるのか、埃かぶっている、白ワインの瓶の山を。


「あれはなんですか?」


「ああ、あれは甘すぎて人気がないんじゃよ」


「?」


「昔、すごい寒波に襲われてブドウが凍ってしまった時があってな、捨てるのももったいないから、つくったんじゃが、甘すぎてなぁ」


「それって……アイスワイン!?」


「ん?なんじゃ、飲みたいんか?100年ほどたっとるぞ?」


「100年モノ!?」


ワインに賞味期限はない。瓶詰め状態でも熟成されるからだ。

糖度の高い甘口ワインなら尚更……だと思う。

昔 15年モノの梅酒を飲んだことがあるが、トロットロで白濁してて、激ウマだった。


「好きなだけ持ってっていいぞい」


そう言ってホルムは仕事に戻っていった。


アイスワイン……芳醇な香りと強い甘味が特徴のデザートワイン。

貴腐ワインの トロッとした濃厚なハチミツのような甘さと違い、

少しシャープな、スッキリとした深い甘味をもつ。

現世だと 375mlの小瓶で5000円程するワイン。


「飲みますか?」


「……はい」


アホだ。興奮して声が震えるなんて。


糖度が高いので 一口分だけ。

テイスティングカップに注いでもらう。

黄金色の 少しとろみのある液体。

本来なら少し冷やして フルートグラスでいただきたいところだ。


″クイッ……″


「///」


口にふくんだとたん、濃厚な甘さ。

冷やしていない分、もったりとした重い甘さが ガツン、とくる。

濃厚な甘さの中に、ほのかな酸味がある。


″……ゴクン″


嚥下えんかすると 複雑なフルーティーな香りに包まれる。


「んっ///」


柑橘のような酸味、桃のような風味、マンゴーのような甘さ……

極上なる甘いベールに鼻腔を優しく刺激される。

100年という時間ときをゆっくりと眠り 今目覚めたワイン。

出会えたことへの感慨深さと その風味とで 自然と顔がほころぶ。

目を閉じて、ほうっ と、余韻に浸る。


「僕も 味見していいですか?」


「にゃ///ドウゾ」


聞いてきたイシルに サクラが夢見がちに答えた。


″ちゅぷっ……″


柔らかいものが唇に触れる。


(……え?)


ざらり、舌先をかすめていく。


「甘い、ですね」


(舐め……た……?)


「もう一口、いいですか?」


(今のは……?)


「駄目、ですか?」


アイスワインよりも 甘くとろけるように サクラはイシルの言葉で束縛される。

頭の芯が 甘い痺れに 拘束される。


その時、階段を降りてくる人の気配。


「いや~すまん、ハサミおいてっちまって……ん?どうした?」


イシルがサクラを背に隠す。

人には見せたくない顔をしているから。


「少し酔ってしまったみたいです。この甘いワイン、僕に任せてもらっていいですか?」


「いいが、全部飲むんか?」


「好きそうながいるので聞いてみますよ」


「ほうか?じゃあ、イシルさんに任せるよ」


「ありがとうございます。上手くいったらまたきますね」


イシルはサクラの肩を抱き、かかえるようにして ワインセラーを後にした。


「イシルさん……」


足がもつれる。酔ってる訳じゃない


「さっきの……」


顔が熱い。酒のせいじゃない。


「残念でした。邪魔されてしまって」


キス……だよね?


「折角のデートなのに、今日は邪魔が多いですね」


「でっ、デェト!?」


「違うんですか?シズエからそう教わりましたよ」


シズエさんはイシルさんに何を吹き込んだんだ!?

今日一連の甘々なイシルさんの行動は シズエさんのいうに基づいてるってこと!?

てことは……


「シズエさんともしたんだ……」


「え?」


「あ……」


心の声がもれてしまった。


「なんでも、ないです」


一年後笑ってお別れするのに、焼きもち焼いてる場合ではない。

そう。焼きもちだ。

シズエの話が出る度に感じていた もやっと感は、嫉妬だった。

に焼きもち焼くなんて重症だ……


自分の気持ちに向き合う覚悟もないくせに。

苦手だからと 逃げてるくせに。


「嬉しいですね」


「?」


「嫉妬してくれる程度には 僕のこと想ってくれてるって事ですよね?」


耳に届いていたようだ。

こんなハズではなかったのに!


イシルが嬉しそうに サクラの指に自分の指を絡める。

恋人つなぎで 一の道を戻っていく。


トウモロコシの葉が 風に揺られて波打つ中を。

風に髪を吹かれながら イシルが満足そうに微笑む。


(もう、どうとでもして……)

今は頭がうまくまわらない。


本日、考えることを放棄したサクラであった。





◇◆◇◆◇





銀狼亭の近くまで来ると、何やら村の入り口が騒がしい。

ランチも落ち着いたのか、サンミも外に出ていた。

ランが イシルとサクラに気がつく。


「あっ!イシル!お前~~!!」


ランがイシルにくってかかる。


「何ですか?僕は何もしていませんよ。君は勝手に潰れたんでしょう」


「うぐっ……」


その後ろから更に声が飛んでくる。


「イシルさ~~~~ん!!」


ラルゴだ。

ラルゴが帰って来た。


ラルゴの後ろに見慣れない人影が1、2、3


……誰?


ラルゴの後ろに3人の美少女が立っていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る