83話 酒を飲んだら飯抜くな





ふわふわと 体が浮かんでいる。


酔ってるから?

夢だから?


温かくて、いい匂いがする。

ほっとするぬくもり。


その ぬくもりを手放したくなくて

頬をすり寄せて 求める。


安心する……

心地いい……

ずっと このぬくもりに包まれていたい……






目が覚めると ベッドの上だった。


「あれ?」


昨日、ベッドで 寝た?


ぼんやり昨日のことを思い出しながら支度をする。

久しぶりにお酒を飲んだので、一杯ちょっとで寝てしまったようだ。

今日はお休み。イシルと一の道のワインセラーに行く。


「おはよござます」


キッチンに行くと イシルが朝食の支度を終えていた。


「イシルさん早いですね」


「早く目が覚めてしまいまして」


「あんなに飲んだのに?」


イシルが苦笑する。


「逆に目が冴えてしまったようです」


覚醒したってこと?


食卓には和食が並んでいた。

豆腐の味噌汁、焼き鮭、雑穀麦ご飯、山芋納豆 ピンクいろの液体は何だ?


「がっつり朝御飯ですね」


「酒で色んなものが足りなくなってますからね。きちんと食べないと」


飲酒で大きく失われるのは ビタミンやミネラル。

特に、ビタミンB1とカリウム。


ビタミンB1が不足すると、糖質がエネルギーに変換されにくくなる。補給せねば!


ビタミンB1は、穀類のはい芽、豚肉、豆類などに多く含まれる。

今日のメニューだと、豆腐の味噌汁、山芋納豆、雑穀麦ごはん。


グラスに入ったピンク色の液体は?ナニかな?

匂いを嗅いでみる。


「トマト?」


トマトのスムージーのようだ。

トマトジュースって赤いイメージがあるけど


「丸ごと潰しました」


絞り汁ではなくて、皮も実も丸ごと氷とミキシングだから、ザラザラ、ドロドロ、ピンク色。

ちょっぴりオリーブオイルがかかってる。


サラダのかわりにトマトスムージーからいただく。

水分補給も兼ねて。


グラスを傾けると、ゆとくり落ちてくる。

丸ごとトマトだ。液状にすることで体への吸収が早い。

酒で失われたカリウムの補給。


飲んだ次の日に味噌汁が飲みたいて人は結構多いと思う。

体が足りないものを欲してるんだろうね。


お酒を飲むからと、カロリーを食事を抜くことで調整してはイケナイ。

むしろ、お酒を飲む日、飲んだ後ほど きちんと食事をとるべきなのだ。


まあ、ワイン一杯ちょっとで二日酔になるはずもなく、美味しく完食いたしました。





◇◆◇◆◇





朝食を食べ終わると 早速一の道へと出かけた。


銀狼亭の前の道だから、ちょっと寄ったが、ランとギルロスはまだ寝ているようだった。


イシルの計算通りに。


サンミにトマトジュースを託し、二人に飲ませるようお願いする。


銀狼亭から一の道の奥へ。

小さな林をぬけ、農道へ入ると トウモロコシ畑が広がっていた。

収穫もほぼ終わり、年内に更地に戻すのだ。

今はまだ、背の高い緑の葉が 繁っている。

茎も葉も刈って 晒して乾燥させ 畑の肥料となる。無駄がない。


「トウモロコシは冷え込んだ夜に糖度が高くなるんですよ。冬取りトウモロコシは甘いですよ」


ポップコーンにした爆裂種とはまた違うってことか。


「実は 三の道より一の道のほうが カップルロードの名に相応しいのかもしれませんね」


「どうしてですか?」


それは……と、イシルはサクラの手を引く。


「トウモロコシ畑に入ってみればわかりますよ」


「ちょっ、イシルさん!?」


イシルが強引にサクラを畑の中に引っぱっていく。

トウモロコシの葉が繁り、視界が狭い。

足の踏み場が限られて、歩きにくい。


「うにゃっ!」


イシルにぶつかり、イシルがサクラを支えた。


「すみません……」


イシルが両手で サクラの腰を抱く。


「あの……」


簡単に イシルにとらわれる。


「離れにくいでしょ?」


周りの草丈の高い苗木に阻まれて 動きにくい。

朝からスキンシップ激しいな、おい。

身を持って体験しました。わかりましたよカップルロード。

イチャイチャしやすいんですね、三の道より。


「そして――」


イシルは顔をあげられないでいるサクラの額に こつん と自分のおでこをつける。


「周りから見えないから 密事みつごとに適している」


「密……事……」


緑のカーテンが 周りの目から隠してくれる。


「そう、密事」


イシルの声に甘さがのる。


なんだ密事って!

どうだ密事って!?

どうしろってんだ密事って!!

このままではイシルのペースに引き込まれる!


「だっ、ダメですよイシルさん!かか、勝手に人様の畑に入ったりしちゃ///」


サクラは ぐるんと反対を向くと、イシルをひっぱり、グイグイと来た道を戻る。


「昨日のお返しです」


なんだ昨日のお返しって……

普通の空気に戻さねば!

次はサクラのターンだ。


「イシルさん そんな事よく知ってますね、誰かとやってたんですか~?」


ちくり と言い返してみる。


「そうですね……1200年は長すぎてよく覚えていません、歳ですかね」


うわー、とぼけられたー。

しかも こういうときだけ 老人ぶるんですか!?


「安心してください、今はサクラさんとしかやりませんから」


「またそんな事」


何を安心しろと?

さらっとそんな事言い慣れてるあたりが憎らしい。

サクラの攻撃ごときでは1ポイントたりともヒットしない。


「サクラさんは僕の言うこと ちっとも真に受けてくれないんですね」


少し切なそうなイシルの瞳とぶつかる。


「いや、あの……」


″ドンッ″


「ひゃっ!?」


サクラは腰に衝撃をうけ、見下ろす


「さくら、みっけー」


「ララ!?」


ガサガサと トウモロコシ畑が揺れる。


「サクラだー!あ、イシルさん、こんにちはー」


トウモロコシ畑から エイルがテトの手を引いて出てきた。

ナイスタイミング!空気の入れ換え大成功。


「何やってんの?」


「鬼ごっこだよ。隠れながら逃げるの」


絶好の遊び場でもあるようだ。

そうね、かくれんぼには最適ですよね。

見つけられるの?この中から……


「……どこ行くんだよ」


トムが相変わらず小生意気な感じで ぶっきらぼうにサクラに問う。


「あ、トム。この先のワインセラーにね」


「ふーん」


トムがイシルをちらっと見る。


「二人で行くのかよ」


「そうだよ」


「…………」


おーい、トム! と、奥で友達がトムをよんでいる。


「気をつけろよ」


トムはサクラにそう言うと、チラッとイシルを睨んで トウモロコシ畑の中に入っていった。


「じゃあね、サクラ!」


エイルもララとテトを連れ、トムの後を追う。


「モテますね、サクラさん」


「あはは……子供にはね」


「ライバルが多くて困りますね」


イシルがぽつりとこぼした。




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