79話 だし巻き玉子と野菜スティック
イシルは銀狼亭の厨房を借りると、卵を割る。
「サンミ、知ってましたね?」
「何をだい」
「ギルロスとサクラさんの事」
「知らないよ」
イシルがジト目でサンミを見る。
「タアシのせいじゃないだろ」
「油断も隙もあったもんじゃない」
「どうせサクラは 誰も受け入れないさ」
いつか ここを離れることを知っているから。
「……そうですね」
シズエの時のように。
「それでも――」
イシルが呟く。
「一番近くに居るのは 僕でありたいんです」
「可愛いこと言うねぇ」
イシルは 卵をとき、だし汁を加える。
フライパンは中火にかけ、油をひく。
″ジュッ……ジュワヮヮ……″
フライパンに黄色い卵液を流し込み、箸で軽くまぜ、端から巻いていく。
かたくせず、 半熟の状態で だ。
イメージは 茶碗蒸しのような、ふわふわな卵焼き。
「器用だねぇ……」
だし巻きは 普通の卵焼きと違い、ゆるゆるだから巻きにくい。
箸じゃなくフライ返しのほうが簡単かも。
砂糖や醤油の卵焼きの場合、焦げ目をつけたほうが風味がでるが、だし巻き玉子は 焦がしたくない。
″ジュワ~……″
玉子を奥に寄せ 紙に油を浸したもので フライパンに油をぬり、再び卵液を入れる。
箸を玉子焼きの下に入れて持ち上げ、下にもしっかり卵液を流し込み、巻き込んでいく。
″くるっ、くるっ″
これを 卵液がなくなるまで繰り返し、フライパンからさげる。
出来上がっただし巻き玉子は、すぐには切らず、2、3分おいて中の火どおりを落ち着かせる。
形が気になるなら このときにす巻きや布巾で 整えるといいだろう。
端を切り、サンミに食べさせる。
「これが玉子かい?ふわふわだね……おでん?の風味がする」
「だし巻き玉子です」
◇◆◇◆◇
ランが 先程からカパカパと グラスに酒をついで呑んでいる。
「ラン、飲みすぎじゃない?」
「ギルのだし」
人の奢りは美味しいよね。
呑んでいるのはウイスキー。
氷は入れず、バーボン本来の味を楽しむのがドワーフ流。
要はストレート。チェイサーもなし。
「サクラは何飲んでんだ?」
ギルロスがサクラに聞く。
「白ワインですよ」
一杯だけね。
辛口の、スッキリした味わいの白ワイン。
ワイングラスじゃないのが残念だ。
薄いグラスで飲むとまた違うのに……
「なんか食ったのか?」
「あ、ナッツを」
ナッツでチビチビのんでた。
酒の肴は イシルとギルロスだったとは言えない……
テーブルの上には美味しそうなベイクドポテト
特大サイズのジャガイモの上に チリビーンズがかかり、たっぷりのチーズがとろけている。
美味しそう……
ギルロスがベイクドポテトにナイフを入れる。
″ホロッ……″
男爵だろうか……
ジャガイモに ナイフを入れると、
ホロリと割れた断面が 黄金色に輝いて見える。
ほくほくとしたジャガイモに たっぷりかかるチリビーンズ。
しかも ひき肉多め。
イモ独特の香りに スパイシーなチリビーンズの匂いと チーズがまざり……
これは
ギルロスが 取り分けて サクラに渡してくれる。
″ゴクリ″
折角とりわけてくれたんだから、食べないわけにはいかないかな?
「ワイン一杯で 顔真っ赤だな」
サクラの前に皿を置いたギルロスの手が サクラの頬に伸びる。
手の甲で 頬に触れようとした
″すぱーん!″
「ってぇ……」
もふもふがギルロスの手をはたいた。
ネコパンチって……
「ラン……酔ってる?」
ランの目が据わっている。逆カマボコ目。
そして、猫耳、生えてるよ?
「おい、大丈夫かよ」
ランのしっぽが ふよん、ふよんと 揺れている。
ギルロスが ランの前に手を出すと……
″すぱぱぱぱぱーん″
連続ネコパンチ。
ギルロスが ランを掴み、ひょいっと 抱えあげる。
「わっ!にゃんだよ、放せよ、ギル!」
ランがバタバタと 暴れるが、ギルロスはものともしない。
「コイツ、寝かせてくるわ」
「はなせって!オレはまだ飲むんだにゃ~」
ラン、語尾がにゃ~になってるよ……
キャラ崩壊してる。
酒の力恐るべし!
嫌がるケモ耳ランを 強引に部屋に運び ギルロスの泊まっている部屋に寝かしつける……
ああ、妄想だけで 何杯もいけちゃいますよ、御馳走様です。
出来ればお姫様ダッコ希望でしたが、強引な感じが素敵なのでよしとします。
あんなイイ声で寝かしつけられたら 昇天してしまうな。
「……見に行こう」
サクラは ワイングラスを片手に 厨房のイシルに声をかける。
「イシルさん、ランが酔っちゃったのでギルロスさんの部屋に様子見に行ってきますね」
「ギルロスの部屋に……ですか?」
イシルが不穏な声を出す。
後ろではサンミが笑いをこらえている。
「はい」
「……僕も行きます」
出来上がった料理を 亜空間ボックスにしまうと、二人してギルロスの部屋にむかう。
ドアをノックし、そっと開ける。
「大丈夫ですか?」
「なんだ、来たのか。今沈めたとこだ」
沈めたって……何したんだ
ベッドでは ランがくてっ、と 伸びていた。
「折角なので、ギルロスも食べますか?」
イシルが 亜空間ボックスにしまっていた料理と酒を 備え付けのテーブルに置く。
部屋飲み開始だ。
置かれたのは 野菜スティック。
ああ、食物繊維様。そして……
「だし巻き玉子!」
糖質抑えて 低カロリー、高タンパク!
居酒屋には必ずある定番メニュー。
早速 野菜スティックからいただく。
アスパラガス、きゅうり、パプリカ、セロリ、ブロッコリー、ラディッシュ……
色とりどりの野菜達が キレイに皿に盛られ、食べるのが勿体無いほどだ。
まずは、きゅうり。ディップをつけて 口にいれる。
″カリッ……ぽりっ″
「んー!」
瑞々しいキュウリと、これは……
「味噌マヨネーズ!」
しかも、七味が効いている!
「サクラさんが飲んでるのは シンプルな白なので、味噌も合うかと」
合う!合います!ワインと味噌。
「旨いな、このピリッとしたのがいい」
「七味ですね!」
ギルロスも気に入ったようだ。
そして、緑のディップは……
「アボカド?」
「はい、アボカドとクリームチーズです」
″しゃくっ……″
セロリにつける。
アボカドのまったりした味わいとクリームチーズの酸味。
そして粗挽きのブラックペッパーが後をひく。
「ほわ~」
クラッカーにつけても絶対美味しい!
ワインにチーズ風味はやはり合う。
そしてメインのだし巻き玉子。
″あむっ……じゅわわ~″
「///」
声にならない……
丁寧に何層も巻かれた玉子から、ダシがじゅわっと溢れ出す。
噛むと じんわり、口のなかにひろがる。
しかも、白だし?料亭の味……
大根おろしも添えてみる。
ぐわー!たまらない……ふんわり玉子に、さっぱり、すっきりした後味。
「こっちはネギ入りです」
″はむっ……″
「ん――――!」
ネギ入りのだし巻き玉子。
青ネギがたくさん入っていて、また違うアクセントになってる。
「……ギルロス、口、開いてますよ」
サクラの食べっぷりに見惚れていたギルロスに イシルが突っ込む。
「はっ!?あ、いや、旨そうに食うな、サクラ」
「美味しいですよ、ギルロスさんもどうぞ」
ギルロスもだし巻き玉子に舌鼓をうつ。
「旨いな、本当にイシルが作ったのか?」
「イシルさんは私なんかよりよっぽど上手ですよ。あ!依頼主さんへの料理、私じゃなく、イシルさんにつくってもらったらいいんじゃないですか?」
「……何の話ですか?」
イシルが
ギルロスは チッ、と 心の中で舌打ちした。
「サクラの料理が珍しかったもんで 頼んだんだよ。
「ああ、病弱な依頼主に 料理を送ってるって言ってましたね」
「だめ、ですかね?」
様子を伺うサクラに イシルがにこやかに答える。
「いいことですね」
「でしょ?」
「僕も手伝いますよ」
当然、とばかりに イシルが答える。
「お前も来んのかよ……」
「料理、好きですから」
ギルロスはチッ、と、今度はあからさまに舌打ちした。
「サクラさんワインが好きなら 明日のお休みはワイン見にいきましょうか」
「いいんですか?」
一の道 葡萄畑に ワインセラーがある。
「俺も」
ギルロスがラディッシュをかじりながら賛同する。
イシルに 挑戦的な目を向けて。
「来るんですか?」
「依頼主にワインでも送るかな」
「僕が見繕ってきてあげますよ」
「村のことを知らないといけないしな
二人の後ろに龍と虎がみえるようだ。
「仲良いですね~二人とも」
ワインをちびっと飲む。
「……そうですか。では、
イシルは亜空間ボックスから ショットグラスと 酒を取り出す。
「乾杯しましょう」
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