70話 説教中?甘やかし中?






イシルは リズとスノーに 次の休みに会う約束をすると、サンミに 二人に戦い方を教えるよう頼んだ。


理由は 今日みたいなことがあった時の 護身用として、だ。


サンミはこころよく引き受けてくれた。

娘二人が 全く戦闘に興味をもってくれなかったのが 寂しかったらしい。

息子もいるが、父親にべったりだったからだ。

今も 猟師として 父親についていっている。


(サクラさんにも 少し教えた方がいいのかな……)


サクラには 戦い方よりも 危機感と 警戒心というものをおぼえてもらったほうがいいのかもしれない。

シズエもそうだった。

きっと そんなもの必要ない程 現世あっちは 平和なんだろう。


「あ!イシルさん」


そんなことを考えていると、バーガーウルフから サクラが戻ってきた。

全く危機感も警戒心も無い笑顔で。


「大丈夫でしたか?」


「サクラさんこそ大丈夫ですか?あんな現場を見て」


「え?あー、よくおぼえてないんで……リズとスノーが全部やってくれたし」


を守るようだ。

サクラに暗示の魔法をかけ、を 封印することも考えたが、秘密を守る気なら必要ないだろう。

サクラに|術は かけたくはない。


「では、帰りましょうか」


二人並んで 会館へと向かう。


「あの人 大丈夫ですかね?」


「赤髪の戦士ですか?さっき会いましたが、元気にご飯食べてましたよ」


「そっか~、良かった」


会館に入り、階段下の隠し扉をあける。

イシルはサクラを先に入れると、パタン と 後ろ手に扉を閉め、サクラの後ろについて 階段をおりる。


サクラは少し、背中が痩せてきてた。


「試営業なのに、コロッケ買いに沢山の人が来てましたよ~」


「大盛況のようですね」


薄暗い中、タン、タン、と 階段を降り……


「でも、村を出る人は 朝早いですからね、営業時間をどうするかで もめてるんです」


「……そうですか」


サクラが魔方陣の上に立つ。


「私としては予約注文にして、朝銀狼亭で受け取る形にした方がいいと思うんですよね」


サクラは壁を背に 振り向く。


「バーガーウルフはランチからにして……」


サクラは素直で 無邪気で かわいい。


「どうせ仕込みは銀狼亭でするんだし」


そのままでいてほしい

だけど……


「イシルさん?」


イシルは苦笑いしていた。


いつから自分は こんなにもサクラを愛おしく思うようになったのか


イシルは 前に立つサクラに手を伸ばすと、肩までのサクラの髪に触れる。


「?」


戸惑っているサクラの瞳とぶつかる。

戸惑ってはいるが、なんの疑いもない瞳。

出会った時も そうだった。


そんなサクラにつけこんで 家に招いた。

一人でいる寂しさを まぎらわせるために。


シズエのかわりに するために……


″ついっ″


イシルは指で サクラの髪を撫で 耳にかける。


「なん……ですか?」


「僕の声がよく聞こえるように」


サクラが少し身をすくめる。

警戒ではない。触れられることに 慣れていないだけ。


「今日はラルゴくんはいませんね」


「あ、はい」


「ここは地下だし、叫んでも 外まで声は聞こえません」


「そう、ですね?」


サクラは 言われた言葉の意味を模索もさくする。


「危険だとは思わないんですか?」


「危険?何が、ですか?」


「こんな薄暗い場所で 異性と二人きりですよ?」


「え!?」


そんなこと微塵も思っていなかったのか、驚き様がヒドイ。

信用してくれているのは嬉しいが、複雑だ……


「密室です」


「えっ……と……」


「襲われるかもしれません」


ようやく 少し 狼狽える。

イシルが更に プレッシャーをかける。


「僕も男ですよ」


イシルが魔方陣に入る。

サクラは下がるが、すぐに壁に背がついた。


サクラは イシルを押し返そうと 手をあげる。

イシルはその手に自分の手を絡めると奥の壁に押し付けた。


「!!」


サクラを囲うようにして。


「逃げられません」


そう言って 少しかがむと サクラの耳に口を寄せる。


「いいですか……」


「ひっ///」


イシルの唇が 耳にあたる


「僕の言うことをよく聞いて」


「イシルさん、近っ……」


イシルが喋ると 唇で耳がくすぐられ 身がすくむ。


「聞いて……サクラ」


「!」


名前を呼び捨てにされ、びっくりして サクラの言葉が止まる。


「君は危機感が無さすぎる」


鼓膜を直撃する イシルの声で サクラの思考が 支配される。


「もっと、警戒心をもって」


イシルの息がかかり……


「知らない人には近寄らない」


最後に ささやく


「僕のそばにいなさい」


「……はいぃ」


イシルはサクラの返事を確認すると、壁ドンから 手をサクラにまわし、きゅぅ と 抱きしめる。


耳から唇をはなし、はぁ、とため息を吐くと、サクラの頭に頬を寄せ、説教をはじめた。

サクラの頭を撫でながら。


「今日みたいな日は 迷わずランディアを呼んでください」


本当は自分を呼んでほしい。

しかし、すぐにサクラのそばにいけるのは

従者である ランディアだけ。

不本意だが、ランディアに任せるしかないのだ。


「でもランは具合悪そうだったし……」


「言い訳は聞きません」


「……はい」


「もし 魔物ディコトムスが死んでいなかったら どうするつもりだったんですか」


考えただけでも恐ろしい。

ディコトムスの前肢が サクラを襲ったとしたら――


「死んでいたかもしれないんですよ」


少しでもわかってほしい

危ない目にあわないように。

サクラは シズエのかわりなんかじゃなかった。

サクラは サクラだ。

それは すぐに気づいた。

サクラを求めている自分に気づいた。

サクラを失いたくない……


「わからないようなら もっと記憶に残るよう 言い聞かせますが……」


再び イシルの唇が サクラの耳に 触れる。いとおしそうに。


「どうする?サクラ……」


「ひゃ///大丈夫です!理解しました!頭に入れました!心に刻みました!!」


そう言質げんちをとると、イシルは耳から唇を はなす。


そして ようやく 家路についた。



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