69話 秘密
銀狼亭では、カウンターの改装工事を終え、サンミとリズとスノーが 片付けと テーブル類の運び入れをしていた。
夜の営業に間に合うように。
「サクラさんは?」
イシルはサンミに声をかける。
「ああ、力仕事できないからね、ここにいても仕方ないからって、バーガーウルフに手伝いに行ったよ」
あんな事の後なのに じっとしていてはくれないらしい。
困ったものだ。らしいといえばらしいのだが。
「で、どうだった?」
「ディコトムスが死んでいました」
「こんなところにディコトムスが!?」
「ええ。昨日はブラックムーンでしたからね」
「ああ、苦しくてトチ狂って飛んで来たてことか」
「恐らく。頭を完全に落としておきました。解体は僕がやります」
解体して調べなければいけない。
特殊個体だというのだから。
「助かるよ」
「壊れた壁は応急措置をとりましたが、きちんと修復したほうがいいでしょう」
「わかった。手配しとく」
「ところで……」
イシルはリズとスノーに目を向ける。
血だらけだった服は着替えて、元気にテーブルを運んでいる。
「二人に少し話を聞きたいのですが、個室を借りてもいいですか?」
「ああ。リズ!スノー!」
二人は呼ばれて なんですか?と、サンミを見る
「イシルが話を聞きたいってよ」
リズとスノーが 一瞬強張ったのを イシルは見逃さなかった。
銀狼亭の個室の一室。
リズとスノーはベッドに並んで座り、目の前には憧れのイシルがいる。
本来なら歓喜するであろうこの状況……
リズとスノーは緊張した面持ちで下を向き 手をつないで イシルの前に座っていた。
「リズリア」
「はいっ」
「スノートラ」
「はいぃ」
――――怒られる そう思った。
「今日は大変でしたね。サクラを守ってくれてありがとう」
リズとスノーは顔をあげ、イシルを見る。
イシルはそんな二人の緊張を
「サクラを守るために嘘をついたのでしょう?」
「「!?」」
二人の驚いた顔がそうだと告げている。
「なんて顔してるんですか」
イシルが更に やわらかく笑う。
現場にあった出血の量からして、何もしなければ あの男は治療院まではもたなかっただろう。
ギルロス本人も言っていたように、命はなかったはずだ。
圧迫しただけで止まるようなら
ドワーフは治癒魔法は使えない。
だからリズとスノーではない。
ならば、どうやって血を止めた?
どうやって傷を軽症まで回復させた?
ギルロス本人は イシルが治療したと思っている。
では誰が……
もう一人いる。
サクラだ。
サクラならそれが出来る。
どうやったのかはわからないが、少ない魔力量で
人体の構成を理解しているということか。
ギルロスが飢餓状態だったのと関係あるのかもしれない。
「銀色の魔法を見たのですね」
リズとスノーは 繋いだ手をぎゅっと握る。
やはりサクラがやったのだ。
「秘密、ですか?」
リズとスノーが、きゅっ と、口を引き締める。
話す気はないらしい。
「その秘密は僕も知っています」
二人の目にうるうると涙がたまる。
幼いなりに、サクラの
「僕も 秘密の共有者です」
ぽろり と 涙が溢れた。
イシルはリズとスノーのそばに立つと、頭を 優しく撫でる。
「あなた達は 賢い子達ですね」
「うっ……ひっく……」
「ふぇ、っ、うぅ」
もう大丈夫だと、心を込めて 二人をねぎらい、癒す。
「よく頑張りました。ドワーフらしく」
嗚咽が 号泣にかわる。
「うわーん」
「えぇ~~ん」
イシルは 二人の頭を自分に寄せると、子供をあやすように とん、とん、と 背中をさする。
「重荷を背負わせてしまいましたね……」
リズとスノーは、イシルの腰にしがみついて 不安を押し流すように泣きじゃくった。
「もう、怖くないですよ。その秘密は 僕が守りますから」
途中 サンミが泣き声を聞いたのか、心配して覗きに来たが、イシルと目が合い、大丈夫なことを確認すると 音もなく そっとドアをしめ、戻っていった。
ひとしきり泣いて落ち着くと、スノーがぽつりとイシルに聞く。
「サクラはぁ どこにも行ったりしませんかぁ?」
「しませんよ」
「連れていかれたり しない?」
リズも 確認するかのようにイシルに聞く。
「僕が放すと思いますか?」
「「!!」」
イシルのこの言葉で リズとスノーのテンションがあがる。
「「ですよね!!!」」
二人は 頷き合うと 何かを決したように イシルに呼び掛けた。
「イシルさん」
「私達にぃ」
「戦い方を教えてください!」
「私達も サクラを守りますぅ」
強い意志を持った瞳。
だけど……
「…………駄目です」
「え?」
「どうしてですかぁ」
この子達に戦ってほしくない。
「子供だからですかぁ?」
「いいえ」
「女だからですか?」
「いいえ」
「じゃあ何で……」
この子達を危険な目にあわせたくない。
逃げて欲しい。
たが、逃げろと言ってもきかないだろう。
イシルは考える。
ならば、身を守るための方法を教えよう。
「わかりました。戦い方を教えます。そのかわり、無理だとわかったら 逃げてくださいね」
「……逃げる?」
「はい」
「それはぁ、恥ずかしいことではないんですかぁ?」
「決して恥ずべき事ではありません。死ぬくらいなら、逃げてください。捕まらないように」
敵の前でも、人生においても、押しつぶれそうなほど強大なものに触れたときは 逃げろ。
誇りを持って死を選ぶとか、敵に捕まって死に逃げるなんてくだらない。
苦しくても、悲しくても、生きて逃げのびろ。
戦うなら敵ではなく 自分と戦ってほしい。
「逃げ切れれば 負けはありませんからね。なので、僕は 君達二人に 逃げる
「逃げる方法、ですかぁ?」
「はい。戦い方は サンミに教えてもらうといいでしょう。僕から話してみます」
「「ありがとうございます!」」
「約束してください。
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