48話 将棋







″バンッ、『チリリーン』″


『笑う銀狼亭』のドアが勢いよく開く。


「営業前だよ」


モーニングを終え 片付けをしていたたサンミが 不機嫌そうに声を飛ばす。


「イシルさん、来てる?」


息を切らして飛び込んできたのは ラルゴだった。


「いないよ」


サンミはげんなりする。

一昨日、イシルと呑んだラルゴは それからサンミにイシルのことをしつこく聞いてきた。

適当に追い払ったが、次の日も懲りずにやってきた。

昨日だけでラルゴは7回のぞきにきたのだ。

サクラも休みだし、そもそもイシルが村に来るはずはないのだ。

がレアだっただけ。

営業妨害もはなはだしい。


奥からサクラが 箒をもってやって来た。


「あ、ラルゴさん、おはようございます!」


「あぁ、サクラちゃん オハヨー」


あからさまにガッカリしたラルゴに、サクラは元気よく挨拶して、店内の掃除をはじめる。


「ふふ~ん♪」


「……楽しそうだね、なんかいいことあったの?」


サクラはニカッと笑い


「今日は イシルさんと一緒にきたので」


「……え?」


ラルゴはサンミを見る。


「今、いないって……」


サンミは面倒臭さそうに答える


いないって言ったのさ」


それを受けて サクラが答える。


「イシルさんなら モルガンさんとこに将棋指しに……」


″がちゃっ!『チリリーン』ばたん!!″


「行きましたよー……」


ラルゴは サクラの言葉を聞き終わらないうちに 出ていった。


「イ・シ・ルさ~~~~ん!!」


「………………」


「………………」


「あんなにサクラを追い回してたのに……」


「……イシルさん、モテモテですね」


「やりすぎだよ、あの人たらしばかイシル






◇◆◇◆◇






結局、昨夜 うやむやに終わった『おでん』のデリバリーは 実行された。

「モルガンと将棋を指す」という理由づけをして、イシルも一緒に村に来たのだ。

来てくれればなんでもいい。

理由が必要なら いくつだって作る。


おでんは好評で、夜 客にも出したいとのことで、村の人達にも食べてもらえることになった。


サクラは仕事を終えて モルガンの家に着く。


「こんにちはー」


門をくぐり 庭のほうにまわると、縁側で イシルとモルガンが 将棋を指しているのが見えた。

モルガンが 難しい顔をしている。

負けてるのかな?

イシルは サクラに気づくと、笑顔を向けた。


「おぉ、サクラ!」


モルガンも気づくと 笑顔をくれる。


「今、お茶を……」


「あ、私やりますから、続けてください」


サクラは立ち上がりかけたモルガンにそう言うと、二人のカップを下げ、お茶を入れ直す。


(カップか……今度湯呑みをプレゼントしよう)


サクラはお湯を沸騰させながら 縁側の二人をぼんやり見つめる。


「ラルゴさんは帰ったんですか?」


パチッ という 駒を置く音が響く。


「あんまり五月蝿いんでな、仕事に行けと追い出したわい」


″パチッ″


「むむ……」


イシルに指し返されて モルガンがまた考え込む。


穏やかな空気が流れていて、いつまでも見ていられそうだ。

そこに シズエの姿が浮かぶ。

着物の似合いそうな 二人と同じ空気感をもった女性が。

日だまりのような人。それでいて、強くて ちゃきちゃきしてて……


吉○小百合?


かなわないなぁ、と思う。

見た目とか、年齢とか、多分イシルには関係ない。

シズエは サクラとは経験値の違う オトナの女性なんだろう。と 思う。

自分は面倒をかけてばっかりだな、と。


沸騰したお湯を 三つのカップに注ぐ。

急須……はないから、紅茶ポットに茶葉を入れ、

湯冷まししたカップのお湯をゆっくり急須に注ぎ、1分ほど、お茶の葉が開くまで待つ。

お茶の濃さが均等になるよう、三つのカップに注ぎまわす。


できたお茶を イシルとモルガンにわたし、サクラは 庭のイスにこしかけた。


「ほう!こりゃ、ワシが入れるより旨いな!」


モルガンが茶をすすり、嬉しそうにイシルに同意を求める。


「ええ、香りもいいし、色が……キレイですね」


一応 緑茶の国の人なので。


「イシルさんはいい嫁をもらいましたなー」


「ぶっ!」


モルガンさん、何を言い出すんですか、お茶吹き出すところでしたよ!!


「違いますよ、モルガン」


そうですよ!


「嫁は 僕の方らしいです」


「ぶふっ!」


な、な、なにを言って……


「ほう!そりゃまた、頼もしい!」


イシルさん、そのネタ、引っ張る?もう忘れてたよ。


「お二人とも……からかわないでください」


がっははは と、モルガンが楽しそうに笑う。


「楽しい、楽しいのぉ……ありがとう、サクラ」


モルガンの目が 少し滲んでた。

サクラは急須と湯呑みを選ぶのが 楽しみになった。












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