41話 鍾乳洞にて
殺した?
イシルさんが?
人を?
「遅くなりましたね、そろそろ帰らないと」
イシルが 何事もなかったかのように話題を変える。
「ここを抜けても家に帰れるんですよ」
このまま家に帰ってはいけない。
このまま家に帰してはいけない。
サクラはそう思った。
「お墓……ここにあるんですか?」
『僕だけが取り残されてしまった』
あの言葉は 大切な人達への言葉だった。
『ここは 墓場なんですよ』
多分、ここで死んでいった人達の……
「ありますよ。柩が」
「……行きたいです」
「今日中に帰れなくなりますが……」
「……今日中に帰る必要ないですよね」
「そう、ですね」
二人は柱の宮殿を抜けた。
そこからは 更に下へと階段があった。
長い、長い階段だ。
「争いは いつ起こったんですか」
サクラの問いに イシルが答える。
「800年程前です」
地の底へつづいているのかと思えるほど長い階段をおりながら、物語を語るように話をしてくれた。
「相手は人間でした」
800年前 この鉱山ではミスリルが採れていた。銀に似た輝きを持ち、銅のように打ち伸ばす事が出来、磨けばガラスのように光る。いつまでも曇る事がない。ドワーフによって鍛えられると鋼より強く軽くなる。
「ドワーフはこのミスリルを糸のように細く長く伸ばして 服を編むように加工することもできたんです。本当に素晴らしい種族ですよ」
ドワーフは 火を使い、自然を破壊し、鉄を作る。そう思われがちだが、実のところ、自然のあるべき姿と共存し、よき特性を伸ばし、新しい形を見つけている 勤勉で 尊敬すべき種族だとイシルは言う。職人気質とでも言うのかな。
「資源には限りがあります。やはり、暫くすると ミスリルが採れなくなりました。ミスリルは当時も大変貴重でしたので、そのミスリルを巡って 争いが起きたのです」
「人間と、ドワーフの間で?」
「人間と他種族の間で ですね」
人間が戦争をおこした……
「人間は他種族を恐れていました。人間は他の種族に比べ、短命で 魔力も腕力も劣る、と。ミスリルは 他種族を排除する切っ掛けだったんでしょうね」
長い階段を降りきると 水の音がした。
「湧水ですか」
「地下水が流れ着いているんです」
鍾乳石だ。
上から
「音楽のようですね」
鍾乳洞は 少し上りになっている。
「足元に気をつけて。すべりやすいので……抱えましょうか?」
「いえ、歩きたいデス」
イシルの話が聞きたいから。
「疲れたらいつでも言ってください」
「ありがとうございます」
いくつも皿状に段々になった 鍾乳石、滝状になったつらら石、コバルトブルーの透明度の高い池……現実味のないこの空間で イシルの話が 続く。
「自然の摂理なんですかね、長命の種族はあまり子孫を残さないんです。」
「?」
「人間の強みは……数でした」
「人数?」
「ええ、その数は圧倒的で、倒しても 倒しても 向かってきました」
さっきの言葉が思い出される。
『僕はここで 大勢の人を殺めました』
「僕は 仲間と共に ここで戦いましたが、数に勝てず、ここを追われたんです。たくさんの友の 亡骸を置いて」
迷宮を 数で埋め尽くしたのだ。
「僕は 散り散りになった仲間と共に 最終的に人間の王の元へと向かい――――その首を取りました」
イシルは何の表情もなく、淡々と その言葉を言い切った。
ドウドウと 大きな水の音が聞こえる。
近づくと 滝が流れていた。
あの大量の水が どこから来て 何処へ流れていくのか 溢れることなく 滝壺に吸い込まれていく。
「こちらです」
滝を脇から見ると、滝の奥に 洞窟らしきものが口を開けていて、上り階段になった。隠し通路なのか、知らないと見落としてしまうだろう。
「階段が崩れてますから」
そう言うと サクラを抱える。
「……すみません」
「もうすぐですので」
さっきよりゆっくりと、ひょい、ひょいっと 階段を飛び越えていく。
階段を上りきると、サクラを下ろす。少し広い通路に出た。
まっすぐな通路。左右に更に通路がある。迷路だ。
幾つかの路地を曲がり、イシルについていくと 行き止まりにたどり着いた。
そこには石柱に書かれていたような文字と 蔦の絡まった門のような絵、真ん中に家紋のようなものが描かれていた。
イシルが家紋に手をかざし 何事かを唱える。
家紋が赤紫に光り ゴリゴリゴリと大きな音を鳴らしながら 目の前の壁が横にスライドした。
「ここです」
そこは 不思議な空間だった。
薄暗い部屋。
地底の筈なのに 明かりとりの窓のような所から 光の筋がのびていた。
その光は 木漏れ日のように 暗がりの中の 柩の一つ一つに 射し込んでいる。
柩の数は15
「戦いのあと 僕が運んだんです」
山のような死体の中から 見つけ出し 運び、
「多くは見分けがつかず、そのまま地にかえしてしまいましたが」
地獄だ。
物理的にも、心理的にも。
「イシルさん、さっき摘んだコスモス、もらえますか?」
イシルに亜空間ボックスから秋桜をだしてもらう。
サクラは 一つの柩に 一本づつ コスモスを添えて行き、手を合わせていく。
イシルはその行動を だまって見守っていた。
「もっと 摘んでおけばよかったですね」
「十分です」
ありがとう と イシルは力なくほほえむ。
二人は柩を前に 壁際の梁に並んで座った。
イシルが上着を脱いで サクラにかける
「僕は寒さに強いので」
「ありがとうございます」
空気中に ぼんやりと 光の粒が浮かんでいた。
暗がりの中に入ると ふわっと点滅する。
「蛍みたい」
「夜光虫です 光をためておいて 暗闇の中 発光するんです」
墓場にいることが多いらしい。
「魂の
魂の欠片……
故人の記憶か、思いか、未練か……
それでも ここにいて欲しいと願う 生きている側の人の希望か……
「何故 魔王になったんですか?」
「何故でしょうね……」
イシルは 遠い記憶を辿るように、他人事のように答えた
「僕が 一番強かったから」
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