40. ドワーフの鉱山






近づいてみると、それは人工的なものだった。

石の扉がついていたのだ。

ただし、石の扉は ほぼ崩れ去っており、今は形跡がのこっているだけだった。

草に覆われ、よく見なければ分からないほど 風化してしまっている。


洞窟の中に入ると ひんやりと 湿った空気が流れていた。

イシルが ぽぅっ と 掌に光を浮かべ、辺りを照らす。

奥は深そうで 光が届かない。


「ドワーフの坑道だったんです。今は死んだ場所ですが……」


「もう使ってないんですね」


木枠で強化された抗口、積み重ねられ風化した石 壊れた昇降機。

廃墟と化した 寂しげな場所。


「ええ、猟師が雨宿りに使うくらいです。奥に行けば迷いますから」


「迷路になってるんですか?」


「昔はミスリルがとれたので どんどん掘り進めていましたからね」


「へぇ……」


蟻の巣状態てことか


「…………サクラさん」


「はい?」


「見せたいものがあります。いいですか?」


「はい」


サクラの返事をもらうと、イシルはサクラの腰を抱き、ぐっと持ち上げた。


「ちょっ!イシルさん?」


お姫様だっこ!?


「首に手をまわしてもらえますか?」


「なんで……」


「危ないので」


サクラを抱えると 軽やかに 坑道の奥へと進みだす。


「迷路なんじゃ……」


「喋ると舌を噛みますよ」


昇降機の入口から ヒラリと下に飛び降りた。


(ひぃぃっ!)


がくん、と 体が浮く。

イシルはサクラを抱え込むと サクラの頭を庇うように手でおさえる。


(おち、おちてる、フリーホール!?命綱ナシの!?)


暗い穴の中への落下。

着地前に イシルが魔法で衝撃をやわらげる。

フワッと浮遊感があり、イシルは サクラを抱き抱えたまま とん、とん、とん と、進んでいく。


(結構なスピードなんですけど!)


サクラは必死でイシルにしがみついている。

恥ずかしい とか、照れる とな そんなこと言ってる場合ではない。

手をゆるめたら 死ぬ!!


昔はトロッコでも通っていたのだろう、等間隔に 灯りをつけるためのランプがあり、イシルの魔法で ランプが灯る。

イシルの進む先が 一瞬 ぽぅっ と光って イシルが通りすぎると消えていった。


目が回る……サクラは目を閉じる。のぼっているのか、おりているのかも分からない。どっちに曲がっているのかも。


なんでこんなことになった!?

みせたいものって何!?


「サクラさん」


暫くするとイシルに呼ばれた。目を開けると 止まっていた。


「大丈夫ですか?」


こくこくと 首を縦にふり 答える。

イシルの首から手を放そうとしたが イシルの首の後ろで組んでいた指が固まってうまく離れない。


「すみません、すぐに……」


「大丈夫です。僕はこのままでもかまいませんが」


私が構うわ!近すぎる!!


「必死でしがみついて、可愛かったですよ」


クスクス笑う。

笑い事じゃない、誰のせいだよ!

ジェットコースター以上じゃないか!

あー、お母さんサルのお腹に必死でしがみつく赤ちゃんサルを思い浮かべてしまった。


「重い……デスカラ」


「重くありません」


ドキドキしてるのが ジェットコースターのせいなのか、密着しているせいなのか――――


イシルの顔を見れなくて 首に抱きついたまま 周りを見渡す。

さっきの大分様子が違う場所だった。圧迫感がない。凄く 広い場所のようだ。


「灯りをつけましょうか」


″ぽうっ″


小さな灯りがつく。


″ぽうっ″


柱の様なものがたっている。


″ぽっ″ ″ぽっ″ ″ぽっ″・・・


小さな光は 徐々に数を増し 無数の光となり、の全貌を浮かび上がらせる。


「ここは……神殿?」


広大な空間の中に 無数の柱。天井は暗くて見えない。


「美しいですよね ドワーフの技術の集大成です」


巨大なる地下空間。

似たような場所をみたことがある……外郭がいかく放水路みたいだ。

洪水を防ぐために水を逃がす治水場所。

荘厳で幻想的……圧倒される。


柱の一つ一つに 美しい細工が施してある。

イシルが見せたかったのは この巨大な芸術品だったのか……


「あの、降ります」


サクラはイシルから降りる。が、平衡感覚がおかしくなってるのか、うまく立てなくてよろけてしまい、イシルが支えてくれた。


「寄りかかってください」


「……すみません」


イシルはサクラの腰を抱き、支えてくれる。


(うぅ……太いのがバレる いや、見てわかるか)


己の体型を今日ほど残念に思ったことはない。


イシルは 柱がよく見えるよう 近づいてくれた。

石柱に流れるような キレイな模様が刻まれている。


「文字、ですか?」


「はい。強化の文字が刻まれています。種族の願いも込めて」


イシルは そっと文字に触れる。


「ドワーフは秘密の文字を使っていました。今のドワーフでは解読不可能です」


失われた文明。誰の目にも触れることなく 静かに眠っている。

そんな巨大な柱の間を 二人で歩く。


「そんなに上ばかり見ていては 首が痛くなりますよ」


「いや、凄くて……」


いつまででも眺めていられそうだ。

サクラはようやく イシルから離れる。


「イシルさんは、この場所に詳しいんですね」


「…………ここが時から知っていますからね」


あ、1200歳。


「柱には 造った個人の名前も刻まれています……バーリン」


柱に刻まれた文字を読み上げる


「ファルガ…………ガムル…………リンドン…………」


思いを馳せるように。懐かしい 友の名前を呼ぶように。


「ここは 墓場なんですよ」


「え?」


「昔、ここで 争いがありました」


争い?墓っていうくらいだから……戦争?


「イシルさんも戦ったんですか?」


ええ、と イシルが肯定する。


「僕はここで 大勢の人を殺めました」


自嘲の笑み。


殺した?


イシルさんが?


人を?


「僕は―――― 魔王だったんです」






それから 言葉もなく ただただ二人並んで 止まった時の中を歩き続けた。









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