38話 忘れ物







朝起きると 目が腫れていた。


「やっちゃった……昨日泣いたからなぁ」


これはマズイ!と 急いで温める。

昨日のお湯芸を思いだし、蒸しタオルをつくり、目元にあてる。

とにかく、血行を良くして むくみをとらなければ 泣いたのがバレてしまう。

また イシルに心配かける。それだけは避けたい。

泣いた理由を聞かれても 答えられないし。


冷す、温めるを三分おきに繰り返し、なんとか『腫れぼったい』くらいまで落ち着いた。


「やばい、朝食の支度行かないと」


バタバタと支度をする。


「ラルゴさんのハンカチ、準備OK と」


キッチンに行くと、すでにイシルが朝食の準備を始めていた。

イシルは問題が解決したのか、いつも通りだった。


「すみません、遅くなりました、寝坊しちゃって」

「よく眠れましたか?」

「はい、寝過ぎで目が腫れちゃいましたよ」


言い訳っぽく聞こえないよう、さりげなく 目の腫れを申告しておく。経験上、そのほうがバレにくい。


朝食はスクランブルエッグにトマトたっぷりサラダ。

雑穀パンにクリームコンソメスープ。


「これ、豆乳ですか?」


「はい。豆腐を作るときにでるので、作りました。そのままでは飲みにくいので 味はととのえてあります」


相変わらずマメですね、イシルさん。ほっこりする。


「手作りですね!いただきます」


ホテル風朝食がはじまる。


今日のお皿は小さな花柄がポイントで入っている 白い皿。

黄色のスクランブル、赤いトマト、緑のレタスがえる。


なにより 目の前に 笑顔のイシルがいる。


フワフワのスクランブルエッグは ふんわり バターの香りがする。


「一緒に食べると 一段と美味しいですね」


サクラは イシルの存在の有りがたさをしみじみ思う。






◇◆◇◆◇






今日も接客がんばります!明日はお休みだからです。休みの前の日って 頑張れますよね。

じゃかじゃかジャガイモの皮をむく。


「今日はジャガイモ揚げるからさ、半分でいいわ。昨日の夜揚げた芋が凄い評判よかったよ。エールと合うって」


ビールとフライドポテト、テッパンですね!

『揚げ』料理については 昨日レクチャー済みですから。


「そんでさ、店増やそうと思ってんだよね」

「すごいですね!」


お喋りしながらでも手は動かします。


「サクラから教えてもらった料理あるだろ、あれを取り入れてさ手持ちで食べられる料理と そうじゃない料理で 店を分けようと思ってるんだよ。」


村の入り口に 持ち帰り専門の店を出す予定でいるらしい。

バーガー系の。バーガー、ポテト、飲み物をセットにして、チキンもサイドメニューにして……


ファーストフード店だな、コレ。


「そんでさ、頼みがあんだけどさ……」

「なんですか?」

「人を雇うんだけどね」

「はい」

「あの紅、手に入らないかね、勿論金は払うから」


あの口紅?


「なんだか知らないけどで働くとあの紅が支給されると思われてんだよ」


どこからそんな噂が……


「いいですよ。でも10日くらいかかりますよ?」


現世あっちに行くのは 二週間に一度。今回はちゃんと予約入れたから間違いない。


「いいのかい!助かるよ。まだ店もできてないから、急がなくていいんだけど、予想以上に人が来ちまってね」


あの口紅はドラッグストアーで買える手頃なものだ。高いものではない。それに、奥様方のつながりには有効だ。

サンミの役に立つなら喜んでプレゼントする。


「何色がいいですか?」


朱色のマットタイプとぷるぷるタイプを頼まれた。


『チリリーン』

「いらっしゃいませ~」


さて、ランチタイム 突入です!


「やあ!サクラちゃん」


一番乗りは ラルゴだった。仕事してるのかこの人。

続けて二人、三人、二人と 入ってくる。

水を持ち 急いでオーダーをとりにいく。


「サンミさん、日替わり3、ドッグ2、煮込み1 パスタ2です」

「あいよー」


今日の日替わりはミックスグリル。

マッシュポテトの上に チキンステーキに、ソーセージのグリル、野菜のグリルが乗っている。

ボリューム満点、日替わりはランチタイムの一番人気だ。


ドックは初日にサクラが貰ったカレー風味のホットドッグ それにフライドポテトがついている。


煮込みはビーフシチュー パンを添えて。


本日のパスタはナポリタン。ゆで時間短縮のために水戻し麺を使っている。乾麺を朝から水に浸けておくのだ。もちもちとした麺はトマトソースによく会う。アルデンテが好きな人にはオススメしませんが。


オーダーを通して伝票を置き、エールを準備する。

エールは3個、日替わりのところ、と。


『チリリーン』

「いらっしゃいませ!空いてる席にどうぞー」


エールをはこび、注文をとりにいく。


「ドッグ2と煮込みあがりー」

「はーい、追加注文日替わり4です」

「はいよー」


追加の注文を通し、料理を運ぼうとしたら ラルゴが自分の分のドッグを取りに来た。


「もらうよ」

「すみません、ありがとうございます」


伝票を置き、のこりのドッグ1つと煮込みをテーブルに運ぶ。


「お待たせしましたー」

ドッグと煮込みは盛り付けるだけだから早い。


「パスタ2あがり」

「はーい」


更に料理があがり、パスタを2つテーブルに運ぶ。

あ!エール忘れてた!日替わり4のとこ!

急いで4つのエールを準備する。


「日替わり3あがったよー」


サンミの声が通る。


「はーい」


まず、エールをだして、それから……


『チリリーン』

「いらっしゃいませー!空いてる席にどうぞ!」


客がきた。声だけを入り口に飛ばし、エールを持つ。順番にやれば大丈夫。


「サクラちゃん、持ってくよ、お客さん行って」

「ラルゴさん、大丈夫ですから」


ラルゴは食事中だし、手伝ってもらってばかりは悪い。今はそんなにテンパってないから大丈夫。もうジョッキ持っちゃったし。


「いいから貸して」

「大丈夫ですから、本当に」


ラルゴがサクラの手にふれようとした時、横から別の手がのびて来て サクラからジョッキを奪った。


「あそこですね?」


その人物は ひょいっと ジョッキを4つ持つと、ボーゼンとするサクラとラルゴをおいて さっさと運んでしまった。


サクラは我が目を疑う。


「…………イシル……さん?」


先ほど『笑う銀狼亭』のベルを鳴らし、入って来て、サクラの手からジョッキを奪ったのは イシルだった。


「おーい、日替わり3あがってるって、次もすぐあがるからね」

「あ!はいっ!」


サンミの声が飛び、サクラは我に返り 料理を運ぶ。

イシルはエールを運び終えると ラルゴに近づいた。


「はじめまして、イシルと言います」


にこやかに ラルゴに笑顔を向け 挨拶をする。

さりげないが、誰もが魅了されるような笑顔で。


「……ラルゴです、どうも」


ラルゴは面食らっているようだ。

サクラはオーダーを運ぶと あわてて二人の元に戻ってきた。


「イシルさん、どうして……」

「これをお忘れでしたので」


そう言って ハンカチを差し出した。


「あ!ラルゴさんのハンカチ!」

「ありがとうございました、ラルゴさん」


イシルはそのままサクラに渡さず、ラルゴに返してしまった。

そして ラルゴの背を押し、流れるようにラルゴを席に誘導する。


「サクラがお世話になっているようで、お食事中でしたよね?どうぞ、お座り下さい」


ラルゴさんのハンカチ……確かにポケットに入れたのに……忘れてた?


「サクラさん」

「はいっ!」


サクラは 授業参観にお父さんが来た時みたいに緊張してしまった。

イシルはにこやかに注文する。


「エールを2つお願いします」

「はい!」


サクラは調理場に顔を突っ込む。


「サンミさん、イシルさんが!イシルさんが!」

「わかったから、注文はいいのかい?」

「あ!エール!」

『チリリーン』

「はーい!いらっしゃいませ!」


また客が入る。サクラはバタバタと走り回る。


イシルとラルゴは意気投合して……というか、ラルゴが気持ち良さそうに喋っている。

イシルはにこやかに微笑みながら相づちをうっている。


気にはなるが、何よりイシルが村に来てくれた。一歩前進!

ハンカチ……忘れてよかった。


その後、ラルゴはイシルにエールを奢られ、三杯ほど飲んで 上機嫌で帰っていった。





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