37話 ハンカチ







神は『風魔法』を追加しといてくれた。

気が利くね!神よ。

なので、洗濯中である。

ラルゴから借りたハンカチも洗って返さなくてはいけないし。使ってないけど。

人様のハンカチで 口なんかふけませんよ、申し訳なくて。


風魔法があると 乾燥もできる。

日に当てたいから、ある程度まで乾かして干しておく。便利~

火魔法と風魔法足したら 温風でるかな?電気のがいいかな?ドライヤーみたいに……

色々試してみる。お、でたでた、面白い!

じゃあ、お風呂とかも 水張ってから 火魔法で沸かすんじゃなくて、水魔法と火魔法足せばいいのか?給湯器みたいに……

ピューッと お湯が出る


「あははー、水芸ならぬお湯芸ー」


「面白いことしてますね、サクラさん」


あ、アホなとこ見られた。

イシルが研究室のほうからやって来た。

キラキラと風に吹かれた髪を耳にかきあげる姿が様になっている。


「魔法の掛け合わせなんて、器用ですね」


「そうなんですか?」


「ええ、サクラさんくらいの魔力量の人は普通出来ません。みなもとの力を理解しないと 思い通りに出来ませんから」


「それは……火はどうやってできるかってことですか?」


「そうですね。イメージできなければ発動しません」


火は空気中の酸素が 粒子と反応し、振動し、それを燃料としてできる。燃えやすいもの、燃えにくいもの、色々ある。これは 科学だ。

理科の授業程度なら覚えている。だから出来たのか?

イメージって、もしかして給湯器とかのほうかな?


「イシルさんは『源の力』とやらを理解しているんですか?」


「どうでしょうね、僕は長く生きているので、体が理解しているんだと思います。」


「イシルさんて、いくつなんですか?」


サクラは何気なく聞く。


「僕ですか?1200歳ですよ」


「……は?」


1200…………?


それは 人間で言ったらいくつなの?


モリガンさんが『イシルさん』て、さん付けしてたの違和感ありありだったけど……


1200???


1200年前は……


平安時代!?


イシルさん麿まろ麿まろなの?


「ところで サクラさん」


「はい?」


鳴くよ794年ウグイス平安京……


なんですか?」


ラルゴのハンカチを指して イシルが聞く。


「あぁ、今日 お客さんが貸してくれたんですよ」


「男物ですよね、


(あれ?)


「はい、ラルゴさんが、口を拭いてと……」


(笑顔なんだけど……)


「口を、ですか」


(目が……笑ってない)


「あ、使いませんでしたよ。サンミさんがタオルくれたので。でも、借りたのでちゃんと洗って返そうと……」


「お客さんって、サクラさん、接客してるんですか?」


「はい……いけませんでしたか?」


イシルは一点を見つめたまま、考え込んでしまった。


(空気が凍りついてますよ?お父さんモードですか!?イシルさん)





◇◆◇◆◇





あの後、イシルは研究室にこもってしまった。

ダイニングには 一人分の晩ご飯が用意されている。


『魚のホイル焼き』『豚汁』


サクラは暖め直しながら キッチン ダイニングを眺める。


「一人で食べるの はじめてかも」


いつもイシルが一緒にいてくれた。


「こんなに広かったっけ?」


人の気配がないというだけで こんなに広く、寂しく感じるものなのか。

玄関も、リビングも、廊下も、階段も、すべてが冷たく感じられる。

外からの光りも、音もしない。

音がしないのが逆に耳に痛いくらいだ。


「いただきます」


白身魚のホイル焼き、キノコたっぷり、バターたっぷり。

舞茸、シメジ、えのき、ヒラタケ、贅沢に入ってる。

糖質制限食としてキノコは優秀だ。

サクラのために入っている。


豚汁は 芋が入っていない。個人的に 豚汁の里芋が大好きなんだけど、イシルは入れない。サクラのために。ジャガイモも、入れない。

豚肉、大根、玉ねぎ……人参が入っていないってことは、糖質が高いのかな?ごぼう、コンニャク……コンニャクって、、、

いつもなら、ここでコンニャクの突っ込みを入れる。


『僕がつくりましたよ』


そう言うはず。


今日は海藻サラダ。海藻も糖質制限のためのもの。

みんな、みんなサクラのために考えられた食事。


『サラダから食べないとダメです』


この中に イシルの食べたいものは入っているのだろうか?

イシルの好きなものが入っているのだろうか?


「イシルさん、人のことばっかり考えて……」


ポタッ、ポタッと、雫がおちる。


「あれ?」


一度落ちると 次を誘い ポロポロと涙がこぼれる。


「涙?」


泣いてるつもりなんかなかった。

悲しい とかではなく、溢れてきた。

拭っても、拭っても 溢れてくる。

この家に イシルは ずっと一人でいたのかと思うと 止まらなかった。

寂しくて、心細くて、怖くて、不安で……


イシルが一人で耐えていたのかと思うと 苦しかった。

やるせなさでいっぱいになった。


寂しい……そんな簡単なものではない。これは……


『孤独』


サクラだって一人で住んでいた。

でも、外に出れば 人は いた。職場に行けば 仲間が いた。

テレビがついてる、車の音がする、街の灯りがある。

生活の匂いがする。他者の息づく気配がする。


完全なる『孤独』なんて、考えられない。


イシルが村に出入りしなくなってからだけでも5年以上はたっている。

サクラにはこんな環境では 1年だってやってく自信は ない半年だって、一週間だって、無理かもしれない。


1200年の中で イシルはどのくらいの間『孤独』の中にいたのだろう……



「一人でたべても 美味しくないよ イシルさん」


その日の夜は とても長く感じられた。



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