31話 別れの日




イシルとサクラは ランの消えていった方向を ぼんやり眺めていた。


「……行っちゃいましたね」


「いつものことです」


イシルはきびすを返す。

サクラもイシルの後を追う。


「嵐みたいでしたね、突然やって来て」


「やっと静かになります」


はきっとランと書くのかもしれない。


ランがくれた白い花は桔梗に似ている。

大きな花弁をくるくると回しながら サクラはくすくす と 笑う。


「……何ですか」


「そんな事言って」


「……何がです?」


「イシルさん 毎回ああなんですか?」


イシルはばつの悪そうな顔をする。

サクラはまた ふふっ と 笑う。


「情をうつすなって言ってたのに」


「うつしてませんよ」


「本当ですか~?」


ランが旅に出る前に 好きなものあんなに作ってあげて


「結構 ランのこと好きなんですね」


そう言えば イノシシに襲われた後も ランに説教してたな。


「なんだかんだ言って 心配なんですね」


優しい言葉じゃなくてもわかるよ。


「イシルさん、結構楽しそうでしたよ?」


「それ以上言うと 口をふさぎますよ」


サクラは花を口にあてて ふふふ と笑う。


「照れちゃって 可愛いです。イシルさん」


イシルが振り返り サクラの腕を引く


「え?」


体が一瞬 ふわっ と浮き 首の後ろを 大きな手に支えられる


少し冷たい指先が サクラの頬に触れ 顔を持ち上げる


そして


くちびるが 触れた


「!!」


イシルの唇の感触が……


ゆっくりと


サクラの唇から


離れる


「サクラさんの口を封印しました」


サクラは呆然と立ち尽くす。


「髪紐が取れそうですね、帰ったら結び直してあげましょう」


イシルは サクラの手を引いて 家に戻る。

一言 呟いて。


「また ランディアに邪魔されましたね」


サクラとイシルの間には 一輪の花

大きな花弁の 白い花


只今サクラの頭の中は絶賛フリーズ中。

手を引かれるがままに家に帰る。


……キス された?


花びらごしに だけど。


直接じゃないから キスじゃないの?

花を持ってなかったら?

あれ?

なんで?

封印のまじない?だから??

私 調子のって喋りすぎた???

待ってくれ!頭が追い付かない!!

難易度高過エスカレートしすぎやしませんか!?

これは普通なんですか!!?

誰か……誰か私に 異世界の常識を教えてくれーー!!!





◇◆◇◆◇





サクラは リビングでイシルに髪紐を結び直してもらっている。

どうやって帰ってきたのか、我にかえったときには すでにソファーに座っていた。


イシルがサクラの髪を手でく。

肩までしかないサクラの髪

短くてもまとまるよう イシルは サイドを編み込んでゆく。

少し癖のある 柔らかい髪。

髪をすくい 指を絡め 器用に編み込む。


サクラは イシルに 髪をひとすくいされる度に イシルの指先を意識してしまう。

イシルの指先が 頭を優しく通過するたびに

サクラの頬に触れた手を 思い出してしまう。

まだ さっきの動揺がおさまりきれていない。

なにか……

なにか 話をしなければ……


「上手いですね……イシルさん」


見えないのに 慣れているのがわかる。


「いつも自分でやってますからね」


気まずいのは私だけか?


「シズエさんにもやってあげてたんですか?」


「……いえ」


あれ?この会話は間違いだった?


「シズエは短髪でしたから」


「あー……」


シズエさんはショートだったのね。

話……終わっちゃったよ。


イシルは両サイドの編んだ髪を後ろでまとめて ハーフアップにすると 髪紐で くるくるっと 結ぶ。


「……ランディアがくれた髪紐ですか」


「はい、運動するとき 髪が邪魔だろうからって」


紐の先端に 小さな飾り石がついている。


「綺麗な色ですね」


ランディアの蒼い瞳と同じ色だ。


「マーキング……ですかね」


「え?」


「いえ」


なんだ?なんかしらんが空気が少し重くなった気が……


できましたよ と イシルが言ったので 触ってみると、キレイに形作られている。


「ありがとうございます」


この、なんだかよくわからない いたたまれない空気を なんとか挽回しなければ……


「私も イシルさんの髪 やりましょうか?」


「お願いします」


今度は サクラが イシルの髪を編む。

キラキラ サラサラの髪


「綺麗な髪ですね」


うっとりするほどに。

すくうと さらりと 滑り落ちる。


まずは トップをとって ハーフアップ、

後ろに垂らす部分を 三つ編みにしていく。

イシルのこめかみ辺りから指を入れ スッ と 髪をすくう。


「人にやってもらうのは 少しくすぐったいですね」


「あ、すみません!自分でやりますか?」


「いいえ……サクラさんにやってもらいたいです」


イシルがはにかむ。

なんだこの美しい生き物は……

トキメキがとまらないじゃないか!

あぁ、そうか、また私は墓穴を掘ったな。

自らスキンシップをはかっちまったぜ!


後髪が終ると 今度はサイドを三つ編みに。

耳の上辺りから一房ひとふさとり、編んでゆく。


「サクラさん、僕は……」


イシルがサクラを チラッと見て 停止する。


「え……?」


サクラのまわりに 金色の粒子が舞っている。


「サクラ、さん?」


粒子が集まり 金色の光に包まれる


「サクラさん!!」


輝きがまぶしく サクラの姿が霞んでゆく

イシルは手を伸ばす


「サクラ!!」


が そこにはもう サクラの姿はなかった。




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