20話 放浪者

黒髪の端正な顔立ちの男が ぎゅう と サクラを抱きしめる。


「やっぱり寒い日は人肌が一番だなぁ」


そう言うと サクラの首筋に顔をうずめ すうっと息を吸い込む。


「サクラの肉は甘い匂いがする」


低く甘い囁きが耳をくすぐる。


「柔らかくて……」


首筋を撫でるように頬でたどり


「旨そうだ……」


すりっ と 襟元から肩口に侵入し 素肌に口を寄せる。


『かぷ』


「うわーーーー!!!」


肩に噛みつかれたところでサクラは我に返った。


″ばんっ!!″


「うおっ!」


サクラが叫んだのと 男が弾かれるのと 何者かが部屋に入ってきたのが同時だった。


「……イシルさん?」


入ってきたのはイシルだった。

イシルはサクラの肩を抱き、庇うように剣を片手に構えている。


こんな時に何ですが キュン死寸前!

真剣なイシルさんは五割増しイケメン

そして 近すぎる!!


弾かれた男が 「いてて……」と言いながら起き上がった。


「アサシンナイフかー、物騒なモン持ってんなー」


「弱っていたから油断していました。どうしたんです?その姿は」


無駄のない筋肉 野生の獣のようにしなやかなからだ

均整のとれた肉体をもつ男は 腰から下が獣だった。


「サクラが契約してくれたからさ、満月でもないのに人化しちゃったんだよね」


「契約?どういうことですか、サクラさん」


「どういうことでしょう?」


さっぱり意味がわからない。


「てか、誰?」


男は八重歯をみせて にぃっ と わらう。

顔のわりに人懐っこい笑顔


「オレに名前をくれただろ?『ラン』って」


「ラン て、まさか……黒猫?」


「正解ー!」





◇◆◇◆◇





「ランディアは名前ではなく通り名なんです。放浪者という意味の」


イシルは落ち着くよう、サクラにお茶を入れてくれた。


「すみません、てっきりランディアっていう名前かと思って、縮めて『ラン』と呼んじゃって……」


「僕もきちんと説明しませんでしたので、すみません。それに……」


ちゃっかりランも席についてお茶を飲んでいる。猫舌なのか、かなりフーフーしてる。

あ、ちゃんと服は着ました。


「こいつが契約なんかするとは思いませんでしたから」


イシルはランを睨む。


「だってさー、これから冬だろ?外でなんか寝たくないし」


ランは、にっ と 人懐っこい笑みをサクラにむける。

何だろう……黙っていれば冷たい感じがするのに 笑うと途端に可愛くみえる。イケメンの特性だな。


「サクラさん、この笑顔に騙されてはいけません。コイツはこの笑顔で人をたぶらかすんです」


ホストか!?


「いつもみたいに娼館にでも転がり込めばいいじゃないですか」


ヒモか!?


「疲れるから嫌だ」


最低だな おい。


「僕はお前をここに置くつもりはないと言ったはずです」


「でも飼い主ここにいるし」


「あのー」


サクラがおずおずとイシルにう。


「契約ってなんですか?」


「主が従者に名を与えて、従者がそれを受け入れれば成立します」


あれだ『ランが仲間になりたそうにこっちをみている』てやつだね。

倒してもいないし、承諾した憶えもありませんが。


「ランは私の従者てことですか?」


「ええ、残念ながら。でも、従者は主を傷つけることは出来ませんから、安心してください」


「え?でもさっき……」


「何かされたんですか?」


イシルが眉をひそめる……言いにくい。


「肩を……噛まれました」


「始末しましょう」


「わー!まてまて!その後弾かれて 何もできなかったろう!甘噛みしただけじゃん!!」


イシルがアサシンナイフを抜く。


「何か するつもりだったんですか?」


イシルさん、笑顔ですが、何だか黒いオーラがみえますよ?

ムスメの部屋忍び込んだ彼氏をみつけて激怒するお父さん状態ですよ?


「オレがイシルに勝てるわけないんだからさ!シャレになんねぇって!オレとイシルがり合ったら この辺跡形あとかたもなくなくなっちまうよ!サクラも危ないって!」


「サクラさんは僕が守るから心配いりません」


「村はどうすんだよ!村もなくなっちゃうぜ!!」


え?村まで??そんなに???


イシルは「……仕方ありませんね」と 剣をおさめる。

ランは結構口が回るなぁ。


「解約はできないんですか?」


「できますよ。お互いが解約を望めば」


「希望します!!」


「オレはイヤだねー」


「だそうです」


「そんなぁ……」


テーブル越しにランがサクラを覗き込む。


「サクラはオレがイヤか?」


ちょっと拗ねた感じで、うかがうように懇願するあおい目は あの黒猫の瞳で……


『だめ?』と その瞳が問うてくる。


サクラは無下に駄目とは言えなくなってしまう。


その様子を見て イシルがスッと間に入り、サクラの視界をさえぎる。


「とりあえず今日はもう遅いのでサクラさんは寝てください。コイツは僕がいるので大丈夫ですから」


イシルはサクラを部屋へ送り出した。





◇◆◇◆◇






「……それで?」


イシルはランに向き直る


「術者は見つかったんですか?」


「……ダメだった」


ランはようやく冷めた紅茶に口をつけた。


「今回はムリして遠くまで行ったからさ、途中でへばってイノシシなんかにやられちゃったわけ」


ランはもともと『人間』だった。

がすぎて 呪いをかけられている。

呪いは術者にしかとけない。

術者に解かせるか 術者が死ぬか。


「オレだってまさか人化するなんて思わなかったんだよ」


魔力は月の満ち欠けに左右される。

満月に近くなるほど魔物の力が増す。

満月に近くない今、ランが人化するとは思わなかったのだ。

不可抗力だ と。


「なぜサクラさんと契約なんかしたんですか?」


ランは チラッと一度イシルをみると

紅茶を見つめて ぽつり と こう言った


「……あったかかったからさ アイツの手が」







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