第27話 幼さは呪い
―――恋というものは、とても綺麗なものだと思っていました。
私は昔から、本がとても好きでした。
小さい頃は寝る前に母に読んでもらう童話が毎日の楽しみで、読み終えた時には興奮から逆に目が冴えてしまい、よく困らせてしまっていたことを覚えています。
その中でも特に私が好きだったのは、シンデレラや白雪などの恋愛要素のある恋物語。所謂ラブストーリーというやつです。何度もせがみ、いろんなお話をたくさん聞かせてもらいました。
不幸な主人公が最後には王子様に見初められて幸せを掴み、ハッピーエンドを迎えるお話に、私は自分を重ねていたのです。別に私の生まれが不幸であるわけではなく、あくまでも物語の中の世界に、ですけどね。
小さい私にとって、世界はとても狭いもの。空想の世界に想いを馳せることこそが、私の冒険であり、旅でした。あの時の私は本の世界の中に、確かに存在していました。
だから全て読み終え、最後におしまいと言いながら本を閉じる母に、お姫様の物語を見届けた幼い私は、目を輝かせながら問うのです。
―――ねぇ、お母さん。私もいつか王子様に会えるかな?
その時の私は、きっと目をキラキラと輝かせていたのでしょう。
母は私の言葉を聞いて少し驚いた後、優しく微笑みます。それは意地悪な継母とは程遠い、慈愛に満ちたものでした。
―――ええ、きっと刹那だけの王子様が見つかるわよ
そう言って、私の頭を丁寧に撫でてくれました。その感触がとても心地よく、あっという間に眠気が夢の国へと誘います。
―――そうだと、いい、なぁ…
その言葉を私は心の奥に置いてある宝箱に丁寧に仕舞いながら、まどろみの中に落ちていきました。
その日見た夢の内容はもう覚えていないけど、とても幸せな夢を私は確かに見ていたのでしょう。
それが、私を苦しめ続ける呪いになると、気付きもしないで。
幼さというのは、時に残酷です。
純粋で無垢な気持ちから生まれた願い。それは私の心の底で根を張りました。
恋とはとても綺麗なもの。王子様に恋をした私はハッピーエンドを迎えて、幸せな毎日を過ごせるはずだと。
そう、思ってしまったんですよ。信じてしまったのです。
だからそれ以外は認められない。幼い私が拒絶する。
穢れのない、言い換えれば潔癖な私には、それがどうしても許せない。
物語のお姫様は、好きな人がいる相手を好きになったりなんてしないのですから。
だから認めることができないのです。ずっとささやき続けるんです。
―――私のそれは、恋じゃないと
…そうでしょうね。これは恋ではない。もっと深く、泥付いたなにか。
とても醜くねとついた、ヘドロのようなものなんでしょう。
凪くん。貴方は気付いていないでしょうけど、今朝のことは偶然ではありません。
私は、タイミングを見計らって貴方に声をかけました。
貴方が白瀬さんや宮間さんと一緒にいる姿を見かけて、歩くスピードを緩めたんです。
貴方の姿を、少しでも長く見ていたかったから。
…まるでストーカーですね。大丈夫、自覚はあります。
きっと、このことを知られたら貴方は私のことを気持ち悪いと思うでしょうね。
何年も想い続けて、なのに声もかけられずこうして後ろ姿を眺めて満足してるとか、それこそ童貞みたいじゃないですか。凪くんのことを笑えません。
それでも、私はただそれだけで満足でした。
貴方の姿を見ているだけで、胸が暖かくなるんです。
だから私はそれだけで幸せで。
それだけで、良かったのに―――
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