第11話 遠い世界

白瀬楓は美少女だ。それはほかならぬ僕が一番よく知っている。




その美貌が高校生になってからますます磨きがかかり、多くの人の目を惹くようになったことも分かっているつもりだった。


そんな子が僕の彼女であることが誇らしかったし、楓の隣を歩けることが僕の自尊心を満たしていたこともまた事実。




気が付かないうちに、僕は調子に乗っていた。舞い上がっていた。




だから彼女の言葉に二つ返事でOKを出したのは、今思えば愚かなことだったけど、当時の僕にはなにも問題などなく、ただ純粋に喜ばしいことだと思っていたのだ。




急遽欠員が出たことで宮野が誘ってきた読者モデルの仕事。


困っているようだから、私が出てみてもいいかなと聞いてきた彼女に、僕がなんと答えたかは、言う必要なんてないだろう。


快く送り出しあの時の僕のことを、今は絞め殺してやりたいくらい恨んでいる。




あれもまたきっかけのひとつであり、楓の知名度と地位を押し上げられた大きな要因。


人とは違うものを持つものが、多くの人から認められるきっかけとなる出来事。




違う選択肢もあったのに、僕は自分から進んで背中を押したのだ。




なにも考えず。先のことなど頭にすらなく。


ただ自分の彼女が、多くの人に認められる。


それを我がことのように思っていた。その評価が、僕にも当てはまると勘違いしていたのだ。




変わったのは楓であり、僕は本当にそれをただ見ていただけなのに。


何故か僕には、ある種の全能感のようなものが芽生えていたんだ。




完璧な彼女。人気者な彼女。自慢の彼女。




それを生み出したのは僕だ。僕が今の楓を作り出した。


僕が楓を変えたという感覚に、当時の僕は酔っていた。




僕自身は、中学の頃からなにひとつ変わっていないというのに。


そんなことにも、気付けなかった。




むしろ心の醜さだけは増し続けていたことに気付かない馬鹿さ加減だ。


だから僕が嫌われるのは当然のことだった。当たり前の話だ。


楓を慕って集まってきた生徒からすれば、なにも持たない調子に乗った痛いやつが何故か彼女に好かれ、彼氏の座にのうのうとついているのだから。




僕の良さなんて、僕にすら分からないんだ。本当に僕にはなにもなかった。


楓が何故僕を選んでくれたのかといえば幼い頃からともに過ごしてきたことしか思いつかない。


なにも知らない彼らからすれば尚更だ。


傍から見たら、僕はさぞかしウザくて、うんざりするほどの道化者だったことだろう。




そんなことにも気付けなかった。だから今の現状は当然であり、僕自身がやってきたことのしっぺ返しでもあるだろう。




そう思っていたから、これまで素直に受け入れていた。


惨めな自分、過去の罪と向き合ってきた。




だけど、これはいつまで続くのだろう。まだ高校二年の春、卒業まであと二年近くはある。


それまで僕は、いつまでも下を向き続けないといけないんだろうか。


僕は僕のことを、いつになったら許せるんだろうか。




だから最近、こう考えてしまうのだ。




楓と別れてしまったほうが、いっそ楽になれるんじゃないだろうかと―――














「次の仕事もよろしくってさ。近いうちに連絡くると思うから、予定は空けといてよ」




「あ、うん。でも…」




楓が遠慮がちに僕に視線を寄せてきたことに気付いたのは、思考の海からようやく水面に上がってきてからのことだった。




「いいんじゃない?求められるってすごいことじゃないか。行ってきなよ」




そう言って僕はあの時のように背中を押した。台詞も同じ。なんとなく懐かしい気持ちにすらなる。




楓はまだ読者モデルの仕事を続けていた。


宮間に比べると仕事に入る時は不定期で、人数が足りない時の臨時要員のようなものらしいが、それでも楓が参加した時の雑誌の売れ行きは好調らしく、ヘルプで参加することも多かったりする。




なんでこんな事情を知っているかと言われたら、楓がモデルの仕事に参加するときは、必ず僕に了承を取ってくるからだ。


必要ないと言っているのに、毎回報告してくるのだからいやでも事情に詳しくなってしまう。




なるべく女子だけの撮影を選んでるようだけど、そりゃあモデルの仕事には普通に男も参加する。


むしろ男女まとめての撮影のほうがよほど多いだろう。


待ち時間で会話する機会だって多いはずだ。


それが雑誌に載るほどのイケメンときたら、彼氏なら危機感を普通なら持つのだろうし、楓が気にしているのもそこだろう。




だけど、僕は別に楓が浮気するだなんて思ってはいない。


楓の性格からしてそんなことをすれば、きっと罪悪感で苛まれるはずだ。


それに顔に出やすい子だから、僕でもなにがあったかすぐにわかってしまうと思う。




だから別にいい、言わずとも分かることだとこっちは思っているのだけど、なんとも律儀なことだ。


僕になんて断りを入れなくても、なにも問題ないだろうに。




「……そういう、ことなら」




楓は不精不精ながら頷いた。どこか不満そうな顔。


さっきまでの会話が、まだ引っかかっているのかもしれない。




「彼氏がそういうなら問題ないね。良かったじゃん、楓。藤堂も楓が人気出てきて鼻が高いっしょ」




それは皮肉なんだろうか。僕には宮間の目が笑っているようには見えないんだが。




「あ、そうだ!実は雑誌のサンプル貰っててさ。楓驚かそうと思って教室で見せるつもりだったんだけど、藤堂もいることだしせっかくだからここでいっか」




そう言って宮間は自分のバッグへと手を突っ込んだ。


気のせいだろうか。僕の方を見た宮間の口元が、嫌らしそうに笑っていたような気がする。




「この前の?もう出来てたんだ」




「そそ!しかもね、ほら!じゃーん!楓が表紙なのよ!」




楓の言葉に頷きながら、宮間は一冊の本を取り出した。


それは有名なティーン向けの雑誌だった。


僕も購入したことがある。もちろん楓が載っていたからだ。




そのときは一ページの端のほうにちょこんと載っていたのだが、今僕の目の前には優しい笑みを浮かべる楓の姿が大きく写りこんでいた。




「え、嘘…」




「ホントホント!ね、すごいよ楓!あたしもビックリしたんだから!」




驚く楓。興奮した様子でまくし立てる宮間の姿に、何事かと視線を向けてくる生徒達。


何人かの生徒は察したのか、女子の黄色い声も聞こえてくる。




その甲高い声が、妙に耳障りだった。




「どう、彼氏クン?嬉しい?」




ニンマリとこちらに表紙を向けてくる宮間。


それは昔映画で見た、チェシャ猫の笑みに似ている気がした。




「……ああ、やっぱり楓はすごいよ」




なんとも意地が悪いことだ。


やはり宮間は怖いやつだと思う。




これを教室でやられていたら、僕はきっと針のむしろになっていたことだろう。






だけど、そこに写る楓の笑顔は確かに綺麗だった。






それが僕に向けられたものではないことに、寂しさを覚えてしまうくらいには。

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