第12話 軋むプライド

「…それだけ?もっと他になにか言うことあるんじゃないの?」




宮間が訝しむような目を僕に向けた。言葉が足りないとでも言いたげだ。


自慢の彼女がこうしてティーン向け雑誌の表紙を飾ったのだ。それに関してもっと褒めるべきなんじゃないの?


こんな感じのことを考えているであろうことが、ありありと伝わってくる。そんな目だ。




「ごめん。なんていうか、言葉が出なくて。でも本当に、心からそう思っていることなんだよ」




「ふぅん…まぁ、それならいいけど」




宮間は一応言葉の上では納得はしてくれたようだが、その目は納得していないと告げていた。目は口ほどにモノを言うとは、よくいったものである。




(悪いけど、これが僕の精一杯なんだよ。欧米人じゃないんだから、身振り手振りで喜びを顕になんてできるもんか)




内心僕は宮間に謝る。それと同時に悪態もついてしまったが、これに関しては彼女も僕に似たようなことを思っているだろうし、喧嘩両成敗とでもしておいてもらいたいところだ。楓のことを除けば、僕は宮間にそこまで悪感情を持ってはいなかった。




宮間が楓のことを友人として本当に大事に思っていることは知っている。彼女が楓のことを悪く言っている姿を僕は見たことがなかったし、実際に影口を叩くような生徒がいたらそれを裏で宮間がたしなめていたらしい話も耳にしていた。




だから彼女が今回の件に関して、当事者である楓以上に喜んでいるであろうことは想像に難くない。楓にそんな友人がいることを、素直に喜ぶべきなのだろう。




だからといって、それを僕に強要することはやめて欲しかった。僕は宮間のような陽キャじゃない。感情を表に出すのは苦手なんだ。ましてやこんな人が多い朝の登校時間、今だって注目を浴びている最中だ。




(こんな中で両手を上げて、さすが楓、ほんとにすごいよといえばいいのか?さらし者もいいとこだろ)




そんな猿芝居、やる気なんて到底起きない。声を張り上げたところでどうせ棒読みだ。あるいはその声だって、緊張から震えてしまうかもしれない。


僕は小学校の劇で、木の役か村人くらいしかやったことがない大根役者である。




なれたとしても道化がせいぜい。それも、彼女の活躍を称えることで注目を集めるだけの間抜けなピエロだ。


僕にできるのは太鼓持ちであり、それで買えるのは失笑くらい。割に合わないにも程がある。それならばおとなしく袖幕で黒子に徹するくらいが僕にはちょうどいいはずだった。




僕という存在、その全てが楓という主役を引き立たせるための陰だった。


僕自身が脚光を浴びることなんて、絶対にない。そして僕もそれで良かった。


僕は僕のまま、それなりの学生生活を送れれば、それだけで満足だったのだ。




僕は楓のように自分を変えたいなんて、この段階に至ってもまだ考えようとはしていなかった。




あるいは僕では楓のように上手くいくはずもない、到底無理だと決めつけ、自虐的になっているのかもしれなかったが、どのみちこの足を前に進めることを拒絶していることには変わりがない。




先天的な性格面での臆病さと後天的に培わられた卑屈さが綯交ぜになり、全てが悪い方向に加速している。そこに無駄なプライドが覆いかぶさり、姿を見せることを拒絶しているのだからタチが悪い。




この悪循環を止める方法は、今は思いつかなかった。










「……でも道理でこの前のお給料が良かったと思った。間違いかと思ったもの。そういうことだったんだね」




「そうそう。ちょっと色付けたって言ってたしね。ねぇ、せっかくだし、今度の休みにでも服見に行かない?いい店見つけちゃったんだよねー」




いつの間にか彼女達は会話を再開していたらしい。僕はまたおいてけぼりを食らっていたが、足だけはしっかりと歩調を合わせ、ふたりの隣に並んでいた。




(慣れたんだな、他人に合わせることだけは)




ハリボテの虚栄心と、見栄で心を隠す身体。


体は前に進んでいるのに、心だけは置いていかれる。


心と体にズレがあった。そのズレは、今も徐々に広がっている。歯車がかみ合わなくなっていくようだ。ほんとの僕は、今はどちらにいるんだろう。よくわからない。ぐちゃぐちゃだ。こんな毎日が、これからもずっと続くんだろうか。




僕はただ、普通に過ごしたいだけなのに。隠しきれない承認欲求やプライドなど微塵もなく、ただ心からそう思う。


見せかけだけは上手くなっていく自分。そんな自分が、どうしようもなく嫌になっていた。






「それもいいんだけど…あ、そうだ!ねぇ、凪君。ちょっといいかな?」




「え…なに、楓」




急に話しかけられたことで思わず驚いてしまったが、それを隠して名前を呼んだ。


楓の顔は笑顔を取り戻していたが、なにかいいことでも思いついたのか、そこにはどこかイタズラっぽい雰囲気がのっている。




その笑顔を見て、僕はドキリとする。いい意味ではない、悪い予感が胸を走った。




「うん、さっきお給料の話してたでしょ?ちょっと下世話な話かもだけど、いつもより今月は余裕があるんだ」




「ああ、そういう…」




「うん、それでね」




頷こうとした僕に、楓は矢継ぎ早で話しかけ、二の次を言わせなかった。


彼女にしては珍しく興奮しているらしい。よほどの名案が思いついたのかもしれなかった。




「私がお金全部出すから、今度のお休みは少し遠出してみない?たまにはいつもと違ったデートも、悪くないんじゃないかなぁって」




もっとも、それは僕にとっていい案であるとは、限らないわけだけど。






ピキリ、と。






歪みつつあるプライドに、また僅かにヒビが入る音を、僕は確かに聞いていた。


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