第10話 混ざれない会話
宮間秋乃は楓と同じグループに所属している、僕らのクラスのカーストトップのひとりだった。
他の取り巻きとの明確な差は楓と中学の頃からの友人であること。
そして彼女自身もまた、上位に立てるだけの何かを有していることである。
その何かとは容姿だ。楓にこそ劣りはするものの、宮間もまた美少女に分類される可愛さを持っており、楓が台頭するより以前から、彼女はカーストトップグループに属していた…いや、支配していたというべきだろうか。
髪を茶髪に染め、性格もキツイところがあるが、基本明るい姉御肌。
敵も多いが人望は申し分ない、典型的なギャルタイプだ。
さらに現役読者モデルという肩書きまで持っており、中学では実質女子のトップに立っていたのが宮間秋乃であった。
いわば宮間は生粋のリア充であり、中学の後半から存在感を発揮した実質高校デビュー組である楓とは、そもそもの人種が違うといっても過言ではない。
生まれついての陽キャの宮間と、自分を変えようとした地味な元陰キャの楓。
本来ならこの二人は、水と油の関係であるはずだった。
「そんでさー、楓が帰った後の男連中ったら露骨にテンション下がっちゃったのよ。そしたらこっちだってノれないじゃん?だからあの後さっさと解散しちゃったわけ。もうグッダグダよ」
「そうだったんだ。じゃあやっぱり悪いことしちゃったなぁ」
それでもこうして仲良く並んで登校しながら会話を弾ませているのは、宮間が楓のことをいたく気に入っているからだ。
楓がスクールカーストを駆け上がったのも宮間の存在が間違いなく大きいだろう。
僕が楓にアドバイスをした翌日、彼女が同じクラスでもあった宮間に意を決して話しかけて以来、親身になって楓をサポートしているのが宮間だった。
―――宮間さん、私と友達になってくれませんか
あの時は僕も心底驚いた。まさか楓がいきまりクラスの頂点。
学校の女王に話しかけてる等とは夢にも思わなかったのである。
確かにオシャレに関しては宮間の右に出るものはいないだろうけど、あまりにも大胆な行動に、クラスの目も釘付けになっていた。
それは宮間も同じだったことだろう。珍しく友人と話すことなくひとりつまらなさそうに窓の外を見ていた彼女はキョトンとした表情を浮かべてこう言ったのだ。
―――白瀬、アンタ喋れたんだ
そのファーストコンタクトは、なかなかにひどいものではあったが、その後楓を受け入れた宮間の助力もあり、確かに楓は綺麗になっていった。
そして変わっていった。
僕なんてもう、必要がないほどに
「いーのいーの、楓は気にしなくて。あいつらが猿なだけなんだからさ。あたしみたいな美少女だっていんのにあんな顔するとか冷めるっつーの。高山だけは頑張って盛り上げようとしてくれたけどね。歌上手かったしさー」
「そうなんだ。高山くんはそういうところ相変わらずだね」
そして実際、今の会話に僕は入り込む余地はない。
女の子同士の会話に混ざるほどのトークスキルが僕にはないというのもあるが、一番の理由はそこではなかった。
宮間が合流したことで朝の登校が再開されたが、今は僕、楓、宮間の並びで歩いてる。
これ自体は別にいい。僕は宮間が苦手だったし、隣に来られても正直困る。問題は宮間は楓としか話すことなく、会話に切れ目を一切挟まずにいることだ。この場のペースを、宮間が完全に握っていた。
そのことに楓はきっと気づいてないだろう。朝から友人と話す彼女は、とても楽しそうに僕には見えた。
人間とは楽しい時間を過ごしているときは周囲になかなか目が向かないものだ。
僕が目の届く範囲、隣を歩いているというのも大きいだろう。少なくとも離れているわけではないわけだから、無意識に安心している部分もあると思う。
とはいえその間、宮間が会話を僕に振ってくることはないし、さっきからずっと楓と共通する話題しか口にしていない。精神的には、僕は孤立してるも同然だった。
宮間は取り巻きのように僕に対し露骨な嫌悪を向けてくることはそこまでなかったが、こうして僕を楓から切り離そうとすることに関しては他の連中より積極的であった。
しかも楓に気づかれないよう、さり気ない行動を心がけているあたり用心深い。
いくらでも言い訳が聞く状況を作り出すのに長けているのは、さすがといったところだろうか。
ある意味楓とは正反対の敵を作りやすい性格が、こういった時に活かされている。
人の悪意に鈍感な楓では気付くことはないだろうし、気付いたところで楓の性格ではきっとなにも言えないだろう。
宮間という壁により、僕は楓と会話することができなくなっている。
明確なお邪魔。人の恋路を邪魔する継母みたいなやつというのが宮間に対する印象だった。
(まぁそれでいいんだけどさ。これはこれで気楽だ)
とはいえこれに関してはさほどダメージがあるわけじゃない。
むしろ今日に関しては感謝してもいいくらいだ。少なくともあの場を切り抜けることができたのは宮間のおかげだし、会話の流れをうやむやにできたあたり、案外今日の僕はついているのかもしれない。
こんな後ろ向きな考えが浮かぶ時点で、きっと駄目なんだろうけども。
僕はふたりの会話を聞き流しながら、さっきまでの続きのように、ぼんやり空を眺めていた。
周囲の視線から目をそらしたかったというのもある。
学校まであと少しといったところまで近づいているため、生徒の数は確実に増えていた。
さらにいえば電車登校の生徒の時間にぶつかってしまったのもあるだろう。
立ち止まって時間をかけてしまったのは失敗だった。
(こっちみないでくんないかな。うっとおしいよ…)
ふたりの美少女の隣を歩く僕は、明らかに場違いなやつだ。
僕は悪い意味で注目を浴びていることだろう。見知らぬ下級生にまで僕の噂が飛び交うのは勘弁してもらいたい。
僕はただ、静かに学校生活を送りたいのに。
多くの視線に晒されながら気にもせず、自らの魅力でキラキラと輝く楓と宮野は、僕にとって空に浮かぶ雲より遠い存在だった。
「あ、そういえばさ!この前の撮影良かったって褒められたよ!あのカメラマンって誰かを褒めるなんて滅多にないって聞くのに、さっすが楓!」
だからこれ以上目立つようなことをして欲しくなんてなかったのに、隣を歩く宮間は大きな声でそんなことをのたまい始める。
「そんな…私は言われた通りにやっただけだから…」
「それで注文以上のことを楓はやったってことだよ。それができる子って少ないんだって」
ふたりの会話はますます弾み、周囲の関心をより一層引いていく。
やめてくれよと、僕は思った。
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