紫陽花とカタツムリ
『
『だってあたし、七美大好きだもん!』
言葉は、雨に流されず留まり続けている。
太陽が一番輝くはずの、夏至なのに。
空を包む灰色の毛布は、その向こうで流された涙を受け止めきれずに大粒の雫を降らせている。
学校の帰り道も、今日はくすんで見えた。
「大好き、か……」
口に出してみると、顔は熱くなるのに、心は凍えてしまう。
その温度差が、痛くって。
ありもしない逃げ道を探して見回した私の視界に、鮮やかな青い紫陽花が刺さった。近づいてみると、雨に揺れる葉の裏に一匹のカタツムリがしがみついている。
紫陽花とカタツムリ。梅雨の代名詞とも言える組み合わせだけど、私は本当のことを知っている。
『カタツムリは紫陽花の葉を食べない。毒があって、死んでしまうから』
紫陽花にいるのは、雨風をしのいでいるだけ。
夢のない雑学だ。
いつも一緒で、自他共に認める一番の仲良しだとしても。
私の本当の気持ちは、真衣には伝えられない。
きっとそれは毒で、あの子を苦しめてしまうだろうから。
まだ濡れていない茎には、カタツムリが通った跡がキラキラと輝いている。
真衣が大好きって言いながら抱きついてきた腰も。
すべすべだねっていいながら触れた手の甲も。
私に変な顔をさせるためにつままれた頬も。
あなたが触れたところは、私の中でずっとキラキラしていていて。
そのキラキラは心に刺さったままどんどん増えて、私の心をもっと重くしていく。涙の底で溺れて死んでしまった方がいいんじゃないかって、最近はいつも思うんだ。
強まる雨風が、ローファーとスカートを、重く冷たくしていく。
カタツムリは身をよじる紫陽花の葉を、ゆっくりと這っていく。今にも吹き飛ばされてしまいそうで、手を差し伸べようとしたけれど。
暴れていた葉の一枚が、急に静まった。
カタツムリの重みと釣り合いが取れたようで、今では触覚を伸ばしてリラックスしているようにも見える。
「……ああ、これでいいんだね」
誰よりも小さくて本当は弱いあなたが、雨風をしのげるのなら。
思いを伝えられなくても。
あなたを満たすことができなくても。
私は毒を持ったままの、青い紫陽花でいいんだ。
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