第13話 高天原にて

 天の安の河の河原にて集められた天つ神・八百万の神は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の御到来を今か今かと待っていました。

 辺り一面に光が満ち、黄金色に染まった視界に八百万の神はまぶしげに目を細めた。とその時、一筋の光の矢のようなものが高速で神々の間を通り抜けたかと思うと、それは天つ神のちょうど中央で静止。瞬く間に輝く光りを纏った天之御中主神がお出ましあそばされました。八百万の神は挨拶の言葉と共に平身叩頭します。それをご覧になった天之御中主神は

「遠慮はいらぬ。今宵一堂集まってもらったのはほかでもない、重要な報告があるからだ。それについて朕は卿たちといろいろ話がしたい」

 そう仰るとまばゆいばかりの光の衣を翻し、天之石位に鎮座されたのです。高天原の最高神である天之御中主神(天)自らが天つ神・八百万の神を集めて発言されるとあって、これは相当重い詔があるに違いない、と神々はただならぬ雰囲気を察し、畏怖の念を抱きながら天からの御言葉を待ちました。

 天之御中主神は鈴の音が鳴り響くような吟声をあげられました。

「卿らも知ってのとおり、葦原中国(日本国)は天つ神の総意によってイザナギノミコトとイザナミノミコトを下界につかわせ国生みをさせたのだ。

 しかし、近年の葦原中国をみると、民の心は既に国から離れているのではないだろうか、と考えずにはいられない。

 民は「個」の幸福のみを願う傾向にある。近年は多くの民が子を孕むことを望まず、また子を産んでも、ろくろく育てることも出来ず、あろうことか我が子を殺める極悪非道な民がいるのも事実。これは民が「個」に固執し国の先行きなど無関心である証拠ではなかろうか。

 そして葦原中国を知らす立場にある天皇からも既に民の心は離れようとしている。平和の時代を築いた上皇は高齢にあって、今は病に伏している。もはや民の心を取戻し掌握するには薄弱。再び民の心を国に向けることがどうしてできようか。このまま民が「個」を重んじ、国よりも「個」を優先させるようであれば、国力は衰退の一途を辿るのみ。繁栄はおろか国の危機にも対処不能となりうる。朕はこうした近年における国状を憂い、これまで様々な試練を与えてきた。ある時は八十禍津日神(やそまがつひのかみ)に命じて大山津見神(おおやまつみのかみ)と共に大地を震わせ、またある時は、大禍津日神(おおまがつひのかみ)に命じて大綿津見神(おおわたつみのかみ)と共に大波を起こした。これらの禍を機に、民が「個」への執着をうち捨て、今一度国をおもって結束し、必ずや国難を乗り越え繁栄するように、そう朕が信じ願って与えた試練である。しかし、已然大多数の民の関心は「個」にあって期待するほどの成果は見受けられない。民が国よりも「個」を重んじる上に、うしはく立場にある官の体たらくが民の信を損ね、これが更なる凋落の呼び水となってしまっている。

 現況の葦原中国はもはや朕の知るところにあらず。それは崩壊を意味する。いよいよ威勢を増した常世国が葦原中国の内部からの弱体につけ込み、やがて近隣の常世国、異郷の民によって陸・海・空は奪われ蹂躙され、葦原中国の民は滅亡してゆくだろう。

 天つ神の命によって建国させた葦原中国がそのような状態に晒され滅亡してゆくのを朕は見るに忍びないのだ。

 ならば、早急に手を打つ必要がある。そこで、だ。朕はこれまで天皇家が知らしてきた葦原中国を百二十六代目の今上で終わらせてはと考えている。平和の一時代を築いた上皇の崩御と共に葦原中国を沈め、海上をまた元の混沌に戻してしまおうかと」

 天の御言葉に八百万の神は一葉に驚愕。口々にする驚きの声は夏蠅が飛ぶが如く満ちあふれたのです。しばらくして、天之御中主神の斜向かいに座しておられる天照大御神が静かに口をひらかれました。

「天、上皇の崩御後すぐに葦原中国を沈める、というのは少し性急すぎるのではないでしょうか。ご承知の通り上皇は高齢で、病に伏せっている状態。いつ崩えってもおかしくはない状況です。であるからこそ、生前退位を申し出て太子に譲位させ令和という世を迎えたのです。せめて、この令和の世で民の心が再び国に向けられるまで、もう少し猶予を与えてみては如何でしょうか」

 これを受け天は

「それでは時量師神(ときはしらしのかみ)に命じて、上皇の寿命を百前後にまで設定しよう」と、仰った。このお言葉に対し、天の右横に坐しておられた神産巣日神(かむむすひのかみ)が異論を唱えられました。

「そもそもなぜ葦原中国を沈めてしまう必要があるのでしょうか? 確かに現状では民の大多数が国よりも「個」へ執着しております。が、しかし、天皇の生前退位と譲位に於いては大多数の民がこれを寿ぎ、令和という新時代の訪れを歓迎したのです。まだまだ民は天皇という存在を心の拠りどころとして、決して置き忘れているわけではございません。

 そして、先だっての大禍津日神(おおまがつひのかみ)と大綿津見神(おおわたつみのかみ)がもたらした禍においては、多くの民が絆に目覚め、心を合わせ葦原中国の復興と安泰を目指して現在も努力を積み重ねているのも現状です。あのような大惨事に至っても尚、民が互いに助け合い、略奪や暴動などは起こらず冷静に対処していったことは、賞賛に値すべき行為です。こういったことから、異郷の民からは、葦原中国の民の言動が賞賛の声と尊敬の眼差しを受けているのです。我らが葦原中国の民は、かつて聖帝(ひじりのみかど)が称したとおり、大御宝(おおみたから)なのです。それを島もろとも沈めてしまうおつもりなのですか」

 神産巣日神のお言葉に天はしばし深く頷かれてから感慨深げに仰いました。

「大御宝か・・・。聖帝の世であった葦原中国は天皇と民が苦楽を分かち合い、国の安泰と繁栄をもたらした良き御世であった。が、しかし、今の葦原中国は・・・」

 と、ここまで仰って深く長い溜息をおつきになられました。近頃の天は葦原中国の現状をお嘆きになられて溜息をつかれることが多いのです。 

 現代日本で豪雨や雷雨や突風、竜巻などといった現象が、国内の至る所で発生し予測不能で神出鬼没のいわゆるゲリラ豪雨として、気象庁を悩ませているのはこのためです。

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